人間の志向の本質は「好きなこと」よりも「嫌いなこと」に現れると思っています。
「嫌い」という昏くネガティブな感情から目を背けず、己の本音に正面から向き合うこと。「嫌い」の解像度を上げてみることで、自己理解が深まるのではないでしょうか。
わたしが「嫌い」と感じるさまざまなものごと。
例えば、「時間を微々たるお金に換える」系の費用対効果が微妙な節約術▽yuringo738.hatenablog.com
例えば、狭量な主観に基づいて他者に対して無闇矢鱈に「かわいそう」を連呼する人々▽
例えば、郵便受けに勝手に投函される企業名入りタオルを筆頭とした「粗品」の文化▽
例えば、「空腹が最高の調味料」みたいな屋外レジャー及び準備片付け経費清算の手間が煩雑なBBQ▽
「嫌い」という負の感情に蓋をすれば心身に不調をきたします。「嫌い」の感情は、世の中に溢れる危険を察知する大切な本能です。「辛い」の漢字に横棒を一つ足せば「幸せ」になる、などといって無理やりポジティブな言葉に変換したり、「嫌なことも成長の糧」などといってマッチョ丸出しの思考で前向きに捉えたりするのは百害あって一利なしと考えます。
嫌いなもんは、嫌い。
「嫌い」の解像度を上げると、おのずと「自分が快適でいられる、目指すべき暮らしの方向性」見えてくるのではないでしょうか。
ところで「負の感情」は素晴らしい文学作品を生み出す源泉でもあります。美しく取り繕った言葉になど何の価値もありません。作家固有の「嫌悪感」や「怒り」が溢れた作品に惹かれます▽
「嫌い」の解像度を上げて、心穏やかに愉快に過ごしましょう。