今週のお題「夏休みの宿題」ということで、自分が小学生だったころと現在の子どもたちの宿題を比べてみたいと思います。
夏休みの宿題・平成
まずは、自分が小学生だった30年ほど前の記憶を掘り起こしてみます。
自由研究
私が小学生だったころの夏休みの宿題で一番苦労したのは、やはり自由研究。
平成は全員が何か1つ提出するのが当たり前で、工作や絵画、何かを調べてまとめたものなど、毎年考えなければなりませんでしたよね。
私は小学生のころ雪の多い地域に住んでいたので、冬休みが長くて(その分夏休みが短い)、冬休みにも自由研究がありました。
自由研究は何をするのか決めるまで、考えるのが大変。
「自由」ってすばらしいことだけど、場合によっては本当に難しいし苦しいと思う。
使う材料などは親に相談しなければならないし、あまり勝手なことはできず。たまにものすごく変わったこと・気合の入ったことをする子がいたような気がしますが、私は無難に、それなりに済ませていました。
記憶にあるのは…
・家にあった空き箱を使って作った何かの動物(ぞうだったかライオンだったか)
・紙粘土で作った何か(キャラクターだったような)
・ろうそくを溶かして固めて作った何か(ゆきだるまだったかうさぎだったか)
・地球温暖化についてまとめたレポート(たしか高学年の頃、温暖化の話が出始めた)
がんばって思い出してこれだけ。枠で囲むほどのことじゃないですね
しかもどれも苦労したはずなのにぼやっとしか出てこない。
6年間で毎年夏冬、計12回あったはずなのに、あとはぜんっぜん思い出せないです…。
兄弟はよく木の板を使って小さなイスやペン立てなど色々作っていて、今も実家に残っているものがあります。でも私のものはたぶん1つも残ってません。実用的であとに残るしっかりしたものを作っていなかったってことですね。
その他の夏休みの宿題
自由研究以外だと、絵日記やドリル・プリント、読書感想文があったと思います。
絵日記は、毎日だったときと○日分って決まってるときがあったような。
毎日日記の文章を書くだけでも大変なのに、絵もつけるって…せめて文か絵のどちらかだけにしてほしかった。
ドリルやプリントは早めに終わらせていた記憶があります。早く楽になりたかったか、遊びたかったんだろうな。
読書感想文は、書いたはずなのに何を読んだかも覚えていません。書いていないか、書いたけど本をちゃんと読んでないのかも笑
夏休みの宿題・令和
続いては子どもたちが小学生になった令和の夏休みの宿題を書きだしてみます。
令和初期
娘が小学生になったばかりのころの宿題は、私のときとそんなに変わりなかったように思います。
自由研究も1人1つ、あるいはたくさんできたらできた分持ってきていいよって感じでした。娘は一番楽そうだからとよく絵を描いていました。
違うなと思ったのは、「絵日記が1日分」だったこと。
1回でいいの!?っておどろきました。どの日のどの出来事にするか、じっくり考えられるのは良いですよね。
絵日記が1回になった分、「1行日記」みたいなのがあって、「今日はおばあちゃんちへ行った」「今日はプールへ行った」だけでOK。それでも娘は書くことない、めんどくさいって言ってましたね。
うちの子たちはコツコツ派なので、ドリルやプリントは1日○ページずつ、など決めて少しづつ進めています。感心したのが、帰省や旅行にまで宿題を持って行くこと。今日くらいいいんじゃない?って言っても、譲りません。リズムを崩したくないようです。かさばらないようプリント数枚とかにさせていますが、ホテルの小さいテーブルで広げて頑張っていました。
現在の宿題
昨年あたりからでしょうか、「自由研究はやってもやらなくても良い」となってきたのは。
今は親も子も忙しいから、やむを得ないですよね。
何をやるかも自由だし、やるかやらないかも自由。
我が家の子どもたち、昨年は自由研究も取り組んでいましたが、今年はやらないと言っています。
あとはキャラクターが描いてあるドリルだったり、先生お手製のプリントだったり。
その他に自分で考えた「自主学習」をして報告してとか。
最低限これはやりましょうっていうのがあって、読書感想文などは、やりたければやっても良いしやらなくても良し。
転校するとその学校それぞれ、力を入れる部分が若干違うように感じます。
私立になるとまた全然違うんだろうな。
夏休みの宿題の出し方はその地域や学校、先生によって色々だと思いますが、全体的に年々自由度が高くなってきている気がしますね。
今年の宿題も、順調にコツコツ進めている子どもたち。
無事に終わりますように。