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過去の出来事にプラスの意味付けすることは大事なこと。
嫌なことがあったら、その嫌なことをプラスに意味付ける。理不尽で嫌なことがあったら起こった事実は変えられないので、事実を自分の都合の良いように意味付ける。
例えば、前の人に阻まれて、電車を一本乗り遅らせてしまったとする。前にいた人を恨んだり、イライラしたりするだろう。でも、あの電車に乗っていたら車内でトラブルがあったかもしれないと思うと、前を阻んだ人は私を助けてくれたのかもしれない。それに電車を待つ時間ができたから、駅そばでも食べに行くかとなる。こんな発想をするように心がけている。
でも、あのトラブルは参った。凹んだ😣。だって・・・。
そう❗️😃💡
この「だって」という思考になると危険信号。「だって」とは、自分が正しいと相手に正当化する思考回路の入口だ。正当化するには、私のことを正しくないと考える人がいて成立するもの。そういう相手に「だって」で反論して、相手が心から「そうですか」と認めてくれることはとても少ない。まあ、言い争いなら反論して主張することは必要だが、過ぎ去った出来事に反論しても、心の燻りは消えない。
だから、過去の事実をプラスに意味付けするのは大切。意味付けは、相手が納得しようとしまいと、自分が勝手に意味付けたのだから、相手がどう思おうと構わない。でも、これは人が生きていく術であって、歴史に故意のプラスの意味付けはよくない。故意にマイナスの意味付けも良くないが😔。ここは主義主張の意見の割れることなので、今回は深入りしない😅。
みなさんの思考方法の参考になれば嬉しいなぁ😄。って、もうしているかな☺️
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