以下の内容はhttps://ystmokzk.hatenablog.jp/entry/2025/05/06/193216より取得しました。


the pillowsというバンドについて(8枚+35曲レビュー)【後編】

 思えば自分がthe pillowsのライブに行ったのは多分1回だけで、そういう意味ではさほどファンじゃないのかもしれないなんてことも少し思わないでもないけども、なんとなく「BUSTERS!」みたいなノリはあんまり好きじゃなかった気もしないでもないけども、でも35曲分、いや今回取り上げ損ねた大好きな曲が他にも幾らでもあるけども、とりあえず35曲分、好きな曲について何が好きなのか、何に価値を感じるか徹底的に書き残しておきたくなるくらいには好きだったんだろう。解散からもう2ヶ月以上経って、まだしみじみと寂しいけど、書き残そう。

 流石に今回が一連の記事の最終章。35曲選んだうちの残りを一気に見ていきます。前回と前々回の記事は以下のとおり。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

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 今回こそ最後の記事なので、記事の末尾にSpotifyで作成したプレイリストが付きます。

 

 

21〜25:恋することの恋しさ

 恋愛の曲は洋の東西問わずポップソングの最大手ジャンルですが、彼らの、というか山中さわおの、コンプレックスと情けなさと小気味好いセンスとに彩られた恋の歌がどんな感じなのかを、以下の5曲を例に改めて見ておきましょう…と思ったけど、言うほど恋の歌かこれ?と思われるものも結構混じったかもしれません。

 

 

21. ムーンマーガレット(アルバム『PENALTY LIFE』2003年)

 アルバム『PENALTY LIFE』は彼らの中では比較的難渋な一枚。ストイックな1曲目からゴツゴツでダルダルな2曲目に繋がる冒頭のキャッチーさを削いだ流れは人を寄せ付けず、そのくせ3曲目で急に少年誌めいた疾走感を出してくる。2曲目と3曲目入れ替えるだけでもアルバムのポップさが変わりそうな気はする。先行シングルはダサカッコイイ路線だし、さらに重く暗い曲がレコードでいうところのA面・B面それぞれのラストに置かれ、捻くれ返った『ファントムペイン』とそれこそポップな疾走感の代名詞的な『I konw you』が平気で連続する。とっ散らかってる印象だけど、曲単位で聴くと中々いいものがあったり。

 この曲はその筆頭。イントロ等のちょっとした苦味のようなノイジーさを抜けると、バンド史上でも最上級の甘く可愛らしいメロディがAメロBメロサビと駆け巡り、ギターのオブリガードも気の利いたドラムのキメ等も絶好調、おまけに歌詞までなんだかどこまでも少年めいた恋心と詩情がパッと咲く、彼らでも最高峰の”kawaii”が詰まった爽やかなラブソング。作者本人はこれが思いの外ファン人気があることを少し不思議そうにしてたけど、いやー普通これがシングル曲でしょ*1(笑)可愛いのついでにタイトルまで「ムーンマーガレット」なんて、こんな可愛いに振り切った曲the pillowsで他にあるか?意味はよくわからんけども。

 最初は少し遠くから響いてくるイントロは、次第に普通に前に出て来て、遠吠えのようなトーンと7th含みのノイジーでちょっと意地悪なカッティング*2とを繰り返す。この間奏やアウトロにも登場するフレーズ自体は少々オルタナめいた雰囲気もある。案外ドラムの細かいフィルも多く、このイントロならもっとオルタナした捻くれた曲になってもまあ別におかしくはない。

 けど、短いブレイクを挟んでパッと開けたコード感の演奏を伴って出てくるメロディの、実に溌剌として抜けのいいことに意表を突かれる。景色が鮮やかにパッと開けるような、彩りが広がっていくような感覚。それはオルタナよりもむしろギターポップに近いものかもしれない。溌剌としたメロディを濁らせないようシングルトラックで歌い、そしてそのオブリガードとなるリードギターの、伴奏としていつになく滑らかで饒舌なフレージングはどこかThe SmithsのJohnny Marr的な要素さえ感じさせる。

 テンポよくBメロを挟んだ上でどっしりと展開されるサビもまたポップで、なんならJ-POP的というかもっといえば歌謡曲の平成版みたいなメロディにさえ思えるくらいにガッツリとポップで、なんならリードギターも歌の裏で歌メロディとユニゾンしていて、ライブとかでボーカルとギターが一緒に身体揺らしてそうなその絶妙なダサさに、なんかむしろ清々しいものを覚えるような気持ちになる。オジさんだからこその愛嬌というか。この曲は間奏もそれまでと違うコード進行と展開を持ってくるし、最後のサビでもメロディの追加と程々の突き抜けの後にラララララ…と付け足す的確なラフさがあり、そして最後イントロと同じフレーズに戻ってサクッと締めるところまで含めて、手管を小気味良い愛嬌に全振りしたような良さに満ちている。

 歌詞もまた、自身の妙ちくりんな比喩センスと恋愛観を極力エンタメな恋の歌に捧げた感じがあって、それを「えっなんでこの曲そんなに人気あるの…?」って本人が言うのが逆に不思議なレベル。照れ隠しかな。特に見事なのは2回目ヴァースの一節。

 

急に寒くなって古いマフラー 引張りだした 似合わなくて変だ

キミの誕生日 渡しそびれた手袋は どこかで握手してるだろう

 

いやホントこの曲でシングル切れば良かったのに。

 

愛を知って やっと走って

暗闇でギュッとキミの手を にぎれたんだ

今夜全部 今夜全部 悲しみを全部飲み込んで 笑いたいんだ

愛をもっと 愛をもっと

 

上記の淡い悲恋を感じさせるフレーズの割に、そこはにぎれたんだ!the pillowsの恋の歌で最後の最後で恋が成就してるっぽい事例は珍しい感じもするし、その甘々なハッピーエンドっぷりがこの曲をどこまでも安心して聴ける理由のひとつにもなってる。

 

 

22. 僕らのハレー彗星(ミニアルバム『TURN BACK』2004年)

 2004年はバンド結成15周年ということで、トリビュートアルバムも普通のアルバムも出たけど、最初に届けられたのは6曲入りのセルフカバー*3ミニアルバムだった。この妙にチープなジャケットといい、フルアルバムサイズにせず6曲というシングルでもないサイズといい、「サラッとリリース」することに注力してたっぽい感じがいかにもこのバンドらしい。

 悲運のシングル曲『Tiny Boat*4のセルフカバーも小気味良いけども、最大のトピックはやはり初期(the PILLOWS表記で上田ケンジ含む4人体制)の大名曲であったであろうこの曲のリメイクだろう。夢見心地に将来の約束を不確かで不用心にもしてしまう危なっかしくもひたむきな青春の感じと不釣り合いの宇宙的なスケール感の対比を不思議な曲展開で表現しようとした原曲を、順当に当時のバンド様式に沿ったオルタナ式にブラッシュアップし、シューゲイザー要素さえも摘み入れて原曲の良さを理想的にブーストした名演。代表曲のひとつとして復活させたような趣。それくらいの価値がある。

 イントロのギターの音圧ひとつで、この曲をリメイクした価値が感じられる。クリーン気味なアタック感のあるギターと轟音要素の歪んだギターの重ね方が心地良く、原曲由来の地に足の付かないコード感も相まって浮遊感と重力感とが絶妙にブレンドされたそれは、曲タイトルから来る宇宙的スケール感を漸く表現できたような趣がある*5*6。というかイントロの感覚からして第3期以降のthe pillowsとしては異色な曲だろうし結構新鮮。

 歌が始まってもどこか宙に浮いたような感覚は変わらない。ぼんやりと何もない夜空を見上げた時の、綺麗なような、何もないような、少し吸い込まれるような、意識が空中に拡散していくような、頼りないのに自由を覚えるような、そういう感覚を表現するのに、このコード感は当時から絶妙だったのかも。そこまであからさまにエコーを響かせないギターでこういう雰囲気を表現するのも地味に鮮やかだし、同じ音域を滞留し旋回し続けるベースのボトムが効いてる感じもある*7。そこからのサビへ向かうBメロでは、彼らが第3期以降に得たオルタナ式のギミックでパンキッシュな変化をさらりと挟んで来るのが技巧。

 Bメロ最後の1拍のブレイクから展開されるサビの、あまりサビらしくないじわりとした始まり方はこの曲の大きな特徴で、はっきりとサビっぽくない停滞感があるかと思ってたら、急に「ずっと」の連呼で強烈な上昇の重力感を覚えさせる曲構成が、彼らの全キャリアの中でも特殊な感じがある。それはそれとしてBメロから明確に分厚いアタック感を有して展開される分厚い歪んだギターのほどほどな轟音が気持ちよく、シャウトの抜けとよく合う。そんなサビが最後、中期The Beatles的なシュールなコーラスワークと非西洋的フレージングのギターリフで締められる展開に、昔からのThe Beatlesフリークっぷりも覗かせる。

 最初のサビ後の間奏からはフェイザーさえ轟音に混じったり、ギターソロのフレージング自体はそんなに変わってないけど周囲をスペイシーな轟音に囲まれた中でエモーショナルに引き絞って放たれるロングトーンの心地よさなど、この道の経験の積み重ねによる小技の数々が活きている。そのうえでラストサビの、それまで以上に連呼されるシャウトのロック的な格好良さは、このボーカルの真骨頂のようなものを感じさせる。その後のアウトロの、一旦静かに展開しながらも次第に轟音が吹き荒れつつ、案外ちゃんと締めるところは原曲どおり。

 この曲の歌詞を恋愛として扱っていいのかは少し微妙で、そんな領域にも至っていない、ただなんとなく「きみとぼく」がいつまでも一緒にいたい、いないといけないと思ってるだけのような感じもありつつ、でもそんなあどけなさが、手だれのオルタナバンドとなった2004年の彼らの手で強靭な楽曲として歌われ直すのも趣深いところ。

 

君も気がつけば 今のあどけない笑い方は忘れて

もしかしたら 僕だってこわれて歌えないかもしれないよ

回り続けてるこの星も いつか眠る日が来るさ

だけど嘘じゃないよ 君が必要さ どんな時も

 

初期の歌詞だから「キミ」じゃなくて「君」表記なんだな。なんだかんだで2025年になるまで眠らず頑張り続けたバンドにエールを。長く続けたバンドとそのファンの関係性にも読めてしまうのは、絶対書いた当時の本人が意図していなかった、ある種の偶然と奇跡の類。そりゃ35周年ライブで1曲目にぶん投げられもする。びっくりしたろうな。

 

 

23. Kim deal(アルバム『HAPPY BIVOUAC』1999年)

 アルバム『HAPPY BIVOUAC』の頃がバンドの最盛期に思えるのはサウンドの一貫性もあるけども、歌詞の独善的に突っ走るのを少しの虚無感を胸に秘めたまま豪快に押し通せる謎の全能感にも要因があると思う。この曲はそれが極まった一例。よくよく考えると「なんだそれ…!?」となるけど不思議と爽快感と上昇感のあるイントロで始まる大変キャッチーに突き抜けてくるパワーポップであり、また、恋愛と崇拝がないまぜになったまま加速していく、地に足つけないある種不安定なはずのマインドがなぜか妙に爽やかに駆け抜けていく、あまりにもこの時期のこのバンドの良さを体現した1曲

 イントロはじめ出てくるメインフレーズの、なんというか、これ“フレーズ”とも“リフ”ともましてや”カッティング”とも違うなんかだよなあっていうギターの妙。ギターによる葛折り?地味に何食ったらこんなのを思いついて曲にキャッチーなフレーズとして投げ込めるのか分からない。不思議と軽快に駆け上がっていく爽快感があって、このバンドのギターフレーズの中でも屈指の名作のひとつだと個人的に思ってる。

 その流れで出てくる歌だけども、この曲の歌もまた歌詞のとおりの「ちょっとばかり思い込みが強くて横着で孤立がちで妄想がちな男の子」そのままのメロディラインをしてる感じがあるのが奇跡的。一言目の「あ〜あ〜」からして世をよく知りもしないままに斜に構えて眺めるクソガキの感じが立ち昇り、でもメロディや伴奏の爽快感もあってか、本当ならいつだってこうありたいのにな…という気持ちに時々なったりならなかったり。がっつりthe pillows仕草なえらく重ねられたボーカルが特徴的な一曲でもある。

 Bメロの一旦快走感をブチ壊すパンキッシュ気味な展開も、よく歪んだギターのボトムと、そして何かエフェクトが効いたかのような響きで小刻みに連打されるドラムフィルインの豪快さで、勢い自体は全然止まらないままに、メロディのコーラスの追走もフィルインの強烈さも強力にキャッチーなサビまで貫いていく。間奏のえらくザラザラした音色のギターソロも、最後のサビ後のダーリン連呼も、絶妙に爽快な拙さがあって、ある種の拙さを鮮やかに爽やかに表現しようとしたらこういう技巧があるといいんだなと思えるもののオンパレードなのがこの曲なのかもしれない。

 それにしてもこの曲の、思い込みだけが思い込みだけでひたすらに突っ走ってるような歌詞は、このバンドの中でも格別のものがある。

 

束になって かかってもかなわない

無敵なんだ 彼女の声が今すぐ聴きたい 聴きたいな

 

僕の涙を乾かせるのは 街に溢れる優しい歌*8じゃない

世界中探してもキミしか居ない うたってよダーリン

 

これは恋なのか崇拝なのか、曲タイトルが実在の人物名*9だから、1番だけではよく分からないところもあるけども、2番の歌詞を見ていくと単なる憧れだけでもないなと思わされる。

 

僕を見て捨て猫のような キミが甘える幻に酔っている

雨の日に傘を二つ持って ウロウロしてるあの犬は僕なんだ

 

キミの孤独を見破れるのは 変な名前の占い師達じゃない

世界中探しても僕しかいない わかってよダーリン

 

こいつ哀れんでほしいのか向こうから来てほしいのか何なんだ…っていうその身勝手さが爽快な歌に乗って、なんだかちょっとばかしイタい感じもする歌の内容まで爽快に聴こえてくるのがこの曲の凄さだし、また曲タイトルをちょっと無視してシチュエーション考えないとこれもうなあと思うところでもある。そのちょっとしたイタさも込みで、実に快楽中枢の少年的なところに刺さりまくるタイプの曲だとよく思う。

 

 

24. エネルギヤ(アルバム『TRIAL』2012年)

 the pillowsの恋の歌には、ひたすら妄想気味に恋の対象を讃える歌とか、そんな相手に対して情けない振る舞いをしてしまう自分の惨めさを歌った歌とかが割と主流なところがあるけども、この曲はちょっと、いや結構そういうのと違う。何か具体的な恋愛関係とその破綻についての歌のようなリアリティが妙にある。前にも書いたとおりカップリング曲としてさらりと出す予定で作り始めたら妙に完成度が高くシングル曲に抜擢された経緯も、作者自身の具体的な失恋*10によって意図せず名曲として出力された節があるのかもしれない。

 楽曲としては、Cloud Nothingsの2ndに影響されたかのようなタイトでハードコア気味でシンプルでストイックで半ばハードコア気味とさえ言えるサウンドを軸に、メロディの繰り返しの多い中に閉じ込めようとするも閉じ込めようもないほどのエモーショナルさがどうにか抑え込まれ、しかし押さえ込み用もなく漏れては痛烈に炸裂する様に作者の表現力の本質を垣間見るような、緊張感に満ちた名曲。バンド停滞期に加え東日本大震災と個人的事情のボロボロの中にこういう半ば自暴自棄な楽曲が起死回生の1曲として仕上がることに、強靭な底力を感じさせる。

 この曲の演奏は実に素っ気ない。一体どこのドラムソフトのデモだろうかと思うほど質素なじっくりねっとりとしたドラムに、この時期特有の高域の死んだギターの荒い質感のアルペジオが重なり、他の楽器も入ってきてじっくりと場を温めるかと思うと、40秒過ぎにかなり唐突気味に当時のCloud Nothings*11なキック四つ打ちに強引にスネア等を入れるスタイルのドラムを軸にした、初見「えっこれだけ…?」と思わされる程度の激しさの演奏に切り替わる。派手なディストーションを掛けるでもなくそのままのギターの音で全然流麗でもないリフを放って緊張感を高めるこの手法は、当時なんかそういうの少しだけ流行ったな…と懐かしく思いつつも、何気にこのバンドでもここまで固くストイックなアンサンブルも珍しく、ましてこれがそのままサビの伴奏になるなど初見では思いもしない。

 ヴァースに入ると硬い雰囲気はリズムとともに少しほぐれ、しかしそれでも少なくて賑やかでない音数とその華やかさじゃない空気感の中に、いつものように重ねられたボーカルの響く様が、普段よりも余計に無機質に思えてくる。実際そういう音響をしているし、そう思わせるような、もしくは余計な情感をカットするかのようなメロディをしている。さもただただ事実をなぞっているかのように質感とメロディで擬態するボーカルの歌う内容の、あまりに具体的すぎるかつての恋路、というか男女交際の光景は、ここで筆者が語る語らないも関係なしに、リリース前にあったゴシップのことを否応なしに思わせる。

 

パンダのシャツがやけに似合ってた

星条旗のタオルではしゃいでた

カメラ向けると変な顔をした いつもいつもいつも可愛かった

 

似合わない服の僕に笑った ドアを閉めたらすぐ愛し合った

札束をおもちゃにして遊んだ 安い手品に驚いてくれた

 

この歌にかつての妄想気味の華やかさがないことがなんとなく伺える。

 曲はやはり唐突にイントロのあのハードコア気味演奏を伴ったサビに切り替わる。音程は少し跳ね上がるものの、メロディの譜割がそれまでとほとんど変わらないところにこの曲の構造自体から来るストイックさがあるし、また演奏もほぼイントロの使い回しであることにも華やかでなさがある。この少々投げやりな采配はしかし、かつての交際の光景が過去になってしまったことをなんとかポジティブに受け止めようとする歌詞に対して非常に冷淡に働き、本当に歌いたいことはそんなことではないだろ、そんなことのためだけにこの曲がある訳ないだろ、というポテンシャルをむしろ感じさせる。

 そんなヴァースとサビを2度繰り返した後に、ロクなギターソロもないまま鋭いフィルインの後、楽曲はミドルエイトに展開していく。ギターソロという楽曲の見せ場も振り切って急ぐように展開されたミドルエイトで、ボーカルは人間的な情感を露わにしたシングルトラックに切り替わり、演奏共々俄かに勢いを取り戻し、自重的な歌詞とともにメロディを一度乱暴に振り上げては、短いヴァースに戻り、そして最後のサビに入っていく。要は、ここで歌われることをまずひとつ、綴っておきたかったんだろう。

 

開くべき扉を通り過ぎた 臆病な男の末路

上手く立ち振る舞って 目を開けたらさよなら

 

やはりどこかキザな言い回しだけど、いつもの自虐と異なる漠然としていない様子を見ると、まるで笑えないし聴いてるこちらもある程度真剣になる。そして、最後のサビ、歌詞が英語になって激しいフィルインが何度も反復され、そしてこの楽曲は最後の最後にまたシングルトラックの声に戻り、一度だけの、そしてバンド史上でも有数の悲痛ささ極まるシャウトを放つ。この居た堪れなくなる一筋の強烈を聴くがために、この曲は名曲になっているんだと思うし、そう思うと作者本人がこれを恥ずかしく思いカップリングに追いやろうとした動機も少しばかりはなんとなく分かる。

 結論、これはthe pillows史上唯一無二の、あまりに傷ましく、それゆえ残念なことにとても素晴らしく感じざるを得ないラブソングだ。間違いなく彼らのシングルとして異質な存在感を放っているし、the pillowsにこの手の傷ましさを感じることになるとは、リアルタイムの時にも夢にも思ってなくて、当時彼らの音楽を聴かなくなってたこともあり、すごく衝撃を受けたことを覚えてる。

 

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25. ジェラニ(アルバム『NOOK IN THE BRAIN』2017年)

 第4期の4枚のアルバムのうちの真ん中の2枚は個人的にはどうにも元気がない感じを覚えてしまう。それまでの彼らのアルバムにあった「この名曲を軸にして良い曲を並べる」というスタンスが後退してる感じがする。ある種の激烈さやアレンジの妙がかなり失われ、それは山中さわおがソロも並行してやるようになったり、バンドがやはり機能不全のままなんとか作品を捻り出さないといけない事情があったりもしたのかもしれない。だからこそ『REBROADCAST』は相当頑張った作品なんだなとも思うけども。

 でも良くない曲ばかりでもない。円熟した彼らがさりげなく演奏したものが偶々良い形に重なった、みたいに思わせてくれる曲は幾つかあり、オルタナ回帰のアルバム中でとりわけオルタナじゃない感じのこの曲はその中でもとりわけ熟練の1曲。流麗ながら穏やかなギターフレーズが全体をリードしゆったりと楽曲が駆けていく、その中で加工少なめの歌がすっかり大人になった少しばかりの寂しさを抱えたまま、パートナーと少しばかりの輝きを探しに行こうと誘う、年月を経たが故のささやかで優しい恋の歌

 冒頭から始まるアンサンブルはリードフレーズがとりわけ饒舌に振る舞う。とはいってもかつてのThe Smithsめいたその美しさで触れれば皮膚が切れそうなそれではなく、適度にエイジングして角の丸くなった歪み方でのフレージングで、即効性で刺さるような煌めきがない分、しかし熟練の技巧じみた渋みと気品を感じさせる。歌の間も様々なオブリが滑らかに出力されるこの曲は、実は別にオルタナティブロックが特別好きな訳でもないという真鍋吉明というギタリストの、ナチュラルな素質がそのまま発揮されている感じがある。

 そのナチュラルさに寄せてか、この曲での山中さわおの存在感も実にナチュラルで、声はシングルトラックな上にエコーも最小限で、歌い方もオルタナ的歪みを噛ませない素朴なトーンで通している。リズムもthe pillows標準なきっちりした8ビートから少し外れた軽いスウィング感を持ち、それもまたナチュラルさ・素朴さを覚えるものなので、この曲は案外、バンド全キャリア中でもとりわけナチュラルさに特化した曲とも言えるのかもしれないけども、まあ地味にもなる。その地味さこそこの曲の妙味か。

 楽曲はまるでサビみたいにメロディが華やかに跳ね上がるBメロを後に、サビではそれまでよりもむしろ低い音程で、息継ぎのタイミングが難しそうな譜割でちょっとばかりシリアスなメロディを紡いでいく。ここも、かつてのカン!と抜ける感じとは真逆のテイストに少し寂しさも覚えつつ、しかしオルタナの掟の無理をかけずになかなか高齢になったメンバーから自然に出てくるものとしてはこんな感じかとも思えて、その素朴ながら芯の強さを感じさせるメロディと、相変わらず夜空についてどうのこうのと歌っている様には、作家としての不思議な一貫性を感じさせる*12

どこかにいる逸れた子猫 キミはずっと再会を信じていただろ

たった一つだけで良いじゃないか 答えのない希望は残ってる

 

今キミに優しくしたいんだ あどけなく笑っていてほしいんだよ

 

夜を待って星を見に行こう 邪魔になった明かりは消して

夜を待って星を見に行こう 重くなった心は置いて

輝きをフリーズ

 

よく考えたらこれも別に恋愛の歌じゃない気もするけども、こういう微妙な愛情表現の技法をナチュラルにエイジングしたこの曲の歌詞は、山中さわおという人がキャリアを通じてたどり着いたひとつの優しい境地ではあると思う。

 

 

26〜30:オルタナティブロック

 彼らは間違いなく、日本におけるオルタナティブロックの名手の一角でした。ここまででもそれは十分感じられたかもですが、ダメ押しのように5曲、ハイテンションでもオフビートでも、ともかくオルタナティブロック。

 

 

26. LAST DINOSAUR(アルバム『HAPPY BIVOUAC』1999年)

 This is the pillows!と言いたくなるような1曲ということであれば、これを選んでしまう確率が自分は最も高いかもしれない。アルバムだとこの曲の次にあの『カーニバル』が続くんだからもうどうしようもない。その2曲の並びだけで日本のオルタナ金字塔の名を恣にしていいほどの、あまりに眩しい場面。

 曲名のとおりDinosaur Jr.を手本とした轟音オルタナティブロックの形式をとりつつ、自分たちなりの轟音の快楽性を極めんと轟音に被せる幾何学的なフレーズや、リズムチェンジも辞さない貪欲な曲構成上の緩急の持たせ方など、当時のバンドの勢いが豪快に落とし込まれた名曲。後のシングル『その未来は今』は中々にこの曲の焼き直しっぽくもある曲。あとフリクリの次回予告でこの曲のイントロが流れてたことも思い出深いところ。

 楽曲はいきなりアクセル全開でフリクリ次回予告にも使われたその轟音イントロを吐き出してくる。最低限の疾走感を有したテンポの上で歪んだギターが壁みたいになって他楽器とともにこう突っ込んでくる、その単純な快楽性に気づく鍵にこの曲は十分になりうる。リードの弾く幾何学的なフレーズも、この轟音の中ではこうも有効に響かないだろうものを、この中だと絶妙に不思議なキャッチーさを添えてくる。この時期の「そんなリードフレーズありかよ」というセンスは本当に素晴らしい。また、最後の小節前ぐらいで轟音からせり出してくるベースの動きも心地よい突き抜け感がある。

 轟音そのままに歌も始まるけども、轟音に負けじとなのか、この曲のボーカルはかなり声に力が入ってる感じがあって、そしてその勢いのままのメロディのいい具合に大味な昇降の具合がこの曲だけのケレン味を生み出せている。メロディの跳ね上がるところは派手に跳ね上がり、低くなるところは吐き捨てるように低い。録音もダブルでぼかすことなくここぞとばかりにしっかりシングルトラックで、実に開放感のある響き方をしている。

 サビではさらに太く重い轟音が敷き詰められ、そしてメロディも一気に低いところを這うようなラインになる。サビで跳ね上がるのではなく轟音とともに這う形で突き抜けていくという発想をするのは逆転的で、その出口としてメロディが駆け上がる末尾は付くけども、上下が激しかったヴァースからの緩急の付け方がバッサリとしている。そして、それでも不足とばかりに、最初のサビ直後の間奏ではテンポを半分にしてじっくり轟音を燻らせ、2回目のサビではサビ自体にテンポ半分化を挟むざっくりした躍動感の盛り込み方を見せる。多分本家Dinosaur Jr.はこういう気の利かせ方はしない(笑)正直ベタベタなテンポチェンジだけども、それをこの派手目な轟音の下で行うというのは実にケレン味に溢れてるし当時はまだ全然目新しかったかも。

 細かい点として、こんな轟音の中にしれっとアコギのコード弾きが重ねられてることや、特に2回目のサビでボーカルのエコーが強調されてることなども、印象を高めるのに陰ながら役立っている。他にも叩きつけるような2回目サビから続いていくギターソロの、フレージングよりも勢い重視なノリの気持ちよさや、最後のサビの後に急に出てくるけどやはり気持ちのいいファルセットなど、何気に色々と手を尽くして、この轟音ポップをより効果的に成立させようとしている。最後の案外に哀愁のあるコードで終わるところまで含め、それらダメ押し的要素を惜しげもなく連発したことが、この曲をバンド内でも類を見ない名曲にまで押し上げたのかも。

 歌詞の方もこの時期のthe pillowsらしい「孤独なくせに妙に攻撃的で、そしてやたらと全能感があってヒロイックなものを背負おうとする」という、物語の主人公感マシマシの男の子仕様。

 

街をそっと見下ろして 気紛れに踏んづけたり

そこら中に火をつけた そう言えば何て名前だったっけ

 

悲しみを全部引き受けたって大丈夫 手加減なんていらない

どこでだって誰の前でだって ただ自分でいたい

 

 上述のとおりフリクリの次回予告で毎回流れたり、トリビュートの際にBUMP OF CHICKENがカバーしようとしていたと言及したり*13、その後コンパチ感のある『その未来は今』という曲が出たりと、バンドの中でも結構重要そうな位置にある楽曲になった。まあここまでスパッと「ぼくのかんがえたさいきょうのだいなそーじゅにあ」やってる清々しさは、元ネタを知ってても知らなくても惹かれるものだよねということなのか。

 

 

27. Vain Dog (in rain drop)(アルバム『Smile』2001年)

 アルバム『Smile』は、the pillowsとしてのフォーマットど真ん中を打ち立てた前作『HAPPY BIVOUAC』からの変化を求めて足掻き倒した一作のように思えてならない。先行シングルなし全曲書き下ろしの同作の、スカッとオルタナする楽曲が少なく、シンプルすぎたり、ドロドロしてたり、変な曲だったりが並ぶ光景は『HAPPY BIVOUAC』スタイルを再生産していくことが何らかの“最良”であることをうっすら自覚しつつ、そんなこと耐えられないとばかりに、自身のポテンシャルを乱暴に搾り出そうとするかのよう。極端すぎるタイトル曲の人を寄せ付けなさに代表されるそんな性質は、妙に自虐的な側面が強調された歌詞の多さもあって、山中さわおという人物の複雑さをバッサリと刻んだ名誉ある“失敗作”なのかもしれない。これこそが好きな人もいるだろうな。

 そんな様々にやり倒されるスタイルの中でも、鉄壁の完成度を誇るのがこの曲。スカッとするオルタナではなく、少しもニコリともしないニヒルな冷徹さで実に捻くれたギターリフを編み、不健康そうなコードを連ね、人間的質感を抹消するほどに重ねられたボーカルを乗せて形作られた、シュガーもウェットもヒートもレスなダークネスを怪しく花開かせることに成功した彼らのオルタナ裏金字塔と呼べる曲。個人的にはこの路線の名曲*14をもっと見たかった。

 のっけからドラムだけでフィルインとも言えない時間を淡々と刻み、その素っ気なさに、蜘蛛の足の動きじみた細く奇怪なギターリフが絡まり始める時点で、この曲の胡散臭い雰囲気は決した。the pillows全史を通じて見ても最高に捻くれて、かつ愛嬌の欠片も見せないこと自体が愛嬌とさえ言えるほどの域に達した、その後の低音の効いたアンサンブルが本格的に始まっても埋もれずにアンニュイでナンセンスに反復し続けるこのリフは、イントロの演奏がそのままサビの伴奏になることもあり、極論これを聴くためにこの曲があると言っても過言でないほどの存在感がある。

 歌が始まって以降も、リフは消えてコード進行は変わるものの重厚な刻みのアタック感は維持され、シンプルでソリッドなコード進行の上で、直線的・無感動的に進行するメロディを重ねまくって人肌感覚のなくなったボーカルが歌う。歌詞のぼんやりした風景描写の間に滲むアルバム全体に滲む自虐の精神も、なんだか演奏や歌唱が超然としているからか、泥臭い執着心のようなものは微塵も感じられない。挙げ句の果てに、なんだかシュールで投げやりな光景さえ歌われるようになってユニーク。

 

美しい星がそっと燃え尽きて 消えるのを見た

置き去りにされた僕の情熱は

予言者のブルドーザーに轢かれるんだ

 

こういう妙にすっきりとしたナンセンスが時々あるのも彼らの持ち味。

 サビは先述のとおりイントロと同じ演奏をバックに歌われる。あのトリッキーなリフをバックにリフの聞こえを邪魔するでもなく、リフと同じメロディを歌うでもなく、絶妙に毒々しいラインを描く旋律を挟み込む。明るさはなく、曲タイトルを歌うところで一気に音程が低くなるところの振り切った格好良さはこのバンドの歴史でもとりわけ独特。しれっと追加されるタンバリンの小刻みな鳴りも効果的。

 この曲が偉いのは、サビが終わった後の間奏でも延々とリフを繰り返す展開をストイックにやりきっているところ。この辺を変化がなくて地味と捉える向きもあるかもしれないけども、ギターソロもせずに延々とこの邪悪なリフを一貫させることによって生じる閉塞感や、感情を喪失したような感覚が強く漂っている。そんな中で、少しブレイクを挟んだり、ノイジーなシンセを追加したりなどして、フレーズというよりももっと雰囲気的な部分で緊張感をコントロールしている様がやはり彼らの楽曲でも独特。

 この曲のシックさに全振りした魅力は、どっちかというとthe pillowsというよりもSonic Youthとかdipとかそういう方向性の格好良さか。トリビュートアルバムではバンドが運営してたインディーレーベルのレーベルメイトであるnoodlesがカバーしている。

 

 

28. シリアス・プラン(アルバム『Wake up! Wake up! Wake up!』2007年)

 キングレコードからエイベックスに移籍して最初のアルバム『Wake up! Wake up! Wake up!』をリアルタイムで聴いた時、ぼんやりとがっかりした気がする。よりポップになってセールスに媚びた、という感じはそんなにしなかった。ただ、楽曲や演奏がなんかシンプルに纏まりすぎていて*15、捻りが減ったな…と感じた。この傾向はエイベックス期の『TRIAL』以外の他のアルバムにも比較的共通した印象があって、それは結局のところ、バンド自体がスランプに陥りつつあったんだろう。それでも気を吐いている曲は幾つかあって、今回のリスト取り上げられないのがとても残念な最終曲『Sweet Baggy Day』は淡々と進行する緊張感と終盤の爆発力の対比が鮮やかな名曲。

 それは置いといて、オルタナ枠5曲のうちの1曲としてこの曲。実際の音ではなく、コンセプトとしての“ローファイ”を演奏でも曲展開でも歌詞でも体現した、むしろ音質以外の点で徹底して“ローファイ”な雰囲気を目指した、という、生真面目にテキトーさを追い求めている様がよく考えるとシュールな気もしないでもない、でもその計算され尽くしたテキトーさが心地よい、という、そんなヘンテコな構図もまた妙で面白い1曲。1個前の曲の緊張感とこの曲のユルユルさとのギャップはかなりのもの。だからこういう配置なんだけども。一口にオルタナと言っても色々ある。

 

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 スネア1発の後に始まる演奏の、実にキレがなくヨレヨレな雰囲気がこの曲のペースを表している。意外にも2本のギターとベースとそれぞれで全然違う動きをしていて、案外ベースがメインのリフめいたラインを描き、それにギターがアルペジオとアタック感を載せている構図だけど、微妙に噛み合っていないような感じと、でもそんなの気にせず進行するところとがとてもユルい。というか、逆にそう思わせるよう緻密に組まれてるような雰囲気もあり侮ってもいけないような気も。ドラムのクラッシュを打つことすらせず、Pavement的な大味な揺れもなしに8分を淡々と退屈に刻むのも、the pillows佐藤シンイチロウ!という超然としたキャラクターの味があっていい。

 そう言えばこの曲も全編ボーカルは重ねられて、人間的な生々しさは割と消されてる。その割にヴァース部分のアクセントの箇所でハーモニーを重ねて、特にファルセットの入れ方にちょっとT-Rexを思わせる箇所があるのがマニアックな面白み。やっぱこの曲作り込んであるなと。制作意欲が全然ローファイじゃない(笑)1回目のヴァースをナンセンス気味なブレイクで終わらせ、そのまま何の展開もなしにまた次のヴァースが始まるのは中々にとぼけてる。

 この曲のサビは、ヴァースの末尾がブレイクする際に妙にメロディアスな口笛がベースとユニゾンしてから始まる。タイトルを連呼するだけの構成はその作者の「ホラホラやる気ないですよーこの曲ー」という主張と裏腹に、そのメロディは明らかにカラッとして思い切りのいいキャッチーさがあるし、演奏的にはグランジ風の叩きつけ感をスナック感覚で繰り出してくるし、リードギターは捻くれたトーンを捩じ込んでやはりグランジ風味だし、あんなにやる気のなかったドラムもここぞとばかりに一瞬ヌルッと重厚な躍動感を放つ。ナンセンスに弾いてる風のピアノさえ密かに重ねられて、きっちりとしたジャンクさ・クラッシュ加減が表現される。“きっちりとしたジャンクさ”って何だろうなと思うけどそう呼ぶ他ない。

 2回目のサビを雑に叩きつけた後にはミドルエイトまで展開される。やっぱこの曲は凝ってて、えせローファイなんじゃないのか…?と思われる場面。いやむしろ“ローファイ”な雰囲気を徹底的に作り込むという倒錯したコンセプト(?)を思えば、そりゃ当然ミドルエイトも作るわな、と。ここぞとばかりにしれっとジリジリしたファズギターでパワーコードを掻き鳴らすリズムギター側の遊び心と、その後の間奏のえらくミュートを活用してゴツゴツした感じを出しつつもそのままスッと最後のヴァースに入るギターソロの仕草もユニークで、いい感じのチャチさがこの曲らしい。最後のサビの後にもいい具合に大味なリードギターのフレーズが追加されていて、そのままギャグっぽく力尽きるように終わる具合に、このバンドのインディーロック成分をあのアルバム中で最も強く感じるなど。

 歌詞のテキトーさも、この曲の“ローファイ”さの演出に大いに貢献してる。やっぱこの曲ローファイ精神に反して作り込まれてるな。

 

月の別荘でゆったりハンモック

'ただ今留守です メッセージをどうぞ'

グーテン モルゲン キミから光合成

ビールが湧き出る蛇口を考案中

 

インディーロックなるもの、歌詞なんてこんなんでいいのかもしれないって時々思う。

 

 

29. GOOD DREAMS(アルバム『GOOD DREAMS』2004年)

 ここまで日本でオルタナティブロックを広めた第一人者の一角としてのthe pillowsのそのオルタナ模様も上記3曲で3者3様であるところを見てきたけども、このセクションのあと2曲はただただいい曲を並べる。そもそも「いい曲をザラザラしたギターロックで演奏すればそれでUSインディー形式のオルタナなのでは?」という、ある種の軽薄さに流れたような思いは筆者もあり、その意味でthe pillowsはやはりひとつの大きな憧れの対象だったなと、この曲と次の曲を聴き思う。と同時に、何かの気怠さ、疲れ、摩耗を表現するフォーマットとしてもオルタナティブロックというものはいまだに重要である気もしてて、ここから2曲はそういう意味でも尊いものだと思う。

 まずはこのアルバムタイトル曲。同名のThe Roostersの名曲をカバーした上で、改めて同じタイトルの自作曲を作るという気合の必要な作業を達成した自信がこの曲からは感じられる。荒涼とした大地を踏み締めていくオルタナの感覚を正面突破で体現した、身も蓋もなさとタフさと感情の爆発が程よく入り混じった、平坦そうに見えてドラマチックなところのある名曲。奇を衒うでもなく極端でもなく、正面突破のオルタナティブロックは語れることが少なくなるな。

 イントロの2本のギターの掛け合いは、思いの外歪んでいない、歯切れの良いクランチな音で演奏される。特にリードギターは、よく聞くと流麗でも何でもないカクカクとしたフレージングをしていて、それを最初は軽く弾き、本格的にアンサンブルが始まってからは強く弾くことで歪みを強くしている*16。対して、リズムギター側の3つのコードをざっくりと掻き鳴らす演奏が印象的。というのも、the pillowsにおいてはリズムギター側は2,3本の弦だけをきっちり8分で鳴らす事例が多く*17、それがバンドサウンドの特色にもなっているけども、この曲ではもっとクランチギターのザックリとしたカッティングを鳴らしていて、その具合が心地よい。2本のギターアンサンブルに特に拘っていた時期ならではの妙。

 そのままのコード進行・演奏スタイルでヴァースに入っていく。シングルトラックの歌で明け透けなメロディが伸びていく様がこの曲の直接的なエモーショナルさの起点にもなっている。最初のヴァースが終わった後そのままイントロと同じ演奏が繰り返されてまたヴァースが始まる作りもなかなかザックリしていて素朴だけど、サビ前では4つ目の、それまでの開放感と異なる緊張を有した響きで引っ張った上でサビへ突入する。この、結構強力なサビにブリッジなしのヴァースから半ば無理やりに接続する構造も、この曲の全体的にザックリした印象に繋がっていると思う。

 開放感のある明るさを有していたヴァースからサビでは一気にⅣM7のコードを先頭にしたシリアスなコード進行と雰囲気になり、ボーカルもまるで全編シャウトしている様な、泣きじゃくっているかの様な歌い方になるのがエモーショナル。ギターもここで一気に重苦しく歪み、ドラムもハイハットを大きく叩き、普段のキッチリ8分を崩して、引き摺る様な重みを感じさせるダイナミックなプレイをしている。そして、サビのメロディ構成が前半と後半に別れることによって、その繋ぎ目にフィルインが入り、また後半部分はシンコペーションの連続で、その上で畳み掛ける様なメロディパターンに変わった上で最後に上昇するメロディで抜けていくところの“くたびれたヒロイックさ”の具合が、この曲を特別なものにしていると思う。

 強引ながら魅力的なサビの時点でも十分ドラマチックなのに、2回目のサビ後のブレイクから展開されるミドルエイト、そこからの荒涼とした風景をじっくり歩んでいくようなギターソロからすぐに最後のサビに雪崩れ込んでいく展開は、間違いなくあの比較的地味なアルバムの、しかし地味さを積み重ねてきたからこそのカタルシスを感じれる場面。最後のサビ後も新たな展開を作ってタイトルコールをし、そしてシンコペーションフィルインを連発するドラムが強力に牽引して、この曲は立派な終幕を迎える。

 歌詞的にも、なんだか身も蓋もない不安と、それになんとか抗う意思のせめぎ合いのような感覚が、この曲の引き摺る様なテンションによく合っている。

 

道なんてない 前に進んでたって

歩いたんじゃない 倒れてないだけ

 

忘れられた僕の夢 僕以外の誰が見れる

降りそそいだ強い光 僕の影は僕の形してた

何度も何度も胸をこがして

生まれたばかりのような 夢を又見る

 

それにしてもサビ前半、何回“僕”って言うんだよっていう。自身を奮い立てようと必死な歌なんだなあと。

 

 

30. トライアル(アルバム『TRIAL』2012年)

 アルバムタイトル曲2連続はプレイリストとしてどうなのかと思うけど、やっぱりこのバンドの作るアルバムタイトル曲、特にアルバム終盤に満を辞して出てくるタイプのやつって気合いが入ってていいんだよな…。作者が感情を振り絞ってくる。

 そういう意味で行くと、振り絞り方がもっと激烈な曲は他に数あれど、この曲はバンド機能不全の果てのアルバムのタイトル曲ということでちょっと特殊。穏やかにドライブ感を出すテンポで、穏やかなDinosaur Jr.形式のドライブ感と平坦なメロディの起伏とでもって、“振り絞れるものが摩耗し枯渇しつつあることを激しくもなくぼんやりと認識する”形で感情をどうにか絞り出そうとする様の静かな痛切さがかえって響く、この時期だからこその名曲

 アルバムを通して聴くと、この曲の前に『持ち主のいないギター』という、バンド全体で見ても最も虚ろな歌や演奏が展開される7分声の楽曲が置かれており、その陰鬱とした空気を晴らし目を覚まさせるかのように、逆再生シンバルでこの曲は幕を開け、いきなり視界が開ける様な演奏が展開される。コード感やか細いギターリフからは幾らか荒涼とした雰囲気がありつつも、アルバムの流れで聴くここの開放感は格別のものがある。単体で聴いても十分素晴らしいけども。それにしてもコード感やテンポは『LAST DINOSAUR』と似てるのに、あちらの厚く重ねられたギターと比べて、こちらのギターの2本に完全に整理されて歪みもザラザラ感が薄く、アルバムない共通の性質で煌めきも薄く、厚みの薄くてくすんだ、見晴らしはいいけどもなんだか寂しくなるくらいの密度。この曲の場合、まさにそれがいいんだけども。

 この曲の特徴として、ヴァースにブリッジ、サビと、それぞれに別のコード進行とメロディが用意されている訳だけど、それぞれの間の変化がかなりなだらかだということがある。イントロからブレイクを挟み始まるヴァースの、ルートからサブドミナントマイナーに移行する時点で既に悲しさが滲み出してくる。エッジの削れたギターの音によるものなのか、そこまでその悲しげな響きが効きすぎていないのがこの曲にはちょうどいい。

 オルタナギターロックらしからぬ少し洒落た風情をⅡ→Ⅴ→Ⅲ→Ⅵのコード進行によって挟み込んでくるブリッジ*18を経て、実になだらかにサビがたなびいていく。大きくメロディが動くわけでもなく、歌や演奏が格別に激しくなるわけでもなく、ただただそこそこ早い曲のテンポとイントロ以来のⅣ→Ⅰ繰り返しの感傷的なコードの響きに導かれて歌が自然に出力されたかのようなナリをしたこの穏やかなサビメロディに、摩耗と隣り合わせの成熟・優しさのようなものを感じられて、なるほどあの不穏や不安がいつになく満ち溢れたアルバムの最終到達点として見事な、淡いが故にどこまでも減衰し切らずにこびりつくような感情の機微が表現されている。決してポジティブにはなれず、しかしいじけるでもなく、ただ、なんかちょっと虚しいまま流れていく感覚が、言葉としてもしっかりと表出する。

 

燃えてる星の行き来 目まぐるしいだけ

それでも価値があると いつかの僕なら言うはずさ きっと

 

この曲の歌い手が、かつてのたとえば『GOOD DREAMS』で歌ったようなギリギリでポジティブに寄り立つような精神が、なんだか過ぎ去ってしまったかのようなこの感傷の感覚は、バンドの内情を思うと大変苦しい話だけど、でも何故だか透き通って美しい。

 2回目のサビ後のギターソロは、やはりかつてよりもスカスカな空間の中を、オルタナにしては優雅なフレージングでサラサラと流れていき、自然に最後のサビに繋ぐ。そのまま穏やかに伸びていくサビが終わった後、最後にメロディが追加され、それがこの曲で最も直接的に不安げな旋律になっていること、そしてその歌われる内容が、どうにかして不安を払い除けようとする、この曲ギリギリのポジティビティーの地点であることを示し、この“うつろな快走”の印象を決定づけ、最後にイントロと同じ逆再生シンバルからの演奏、ヴァースのメロディを経て楽曲はあっさりと儚く終わってしまう。

 

絶望感の暗闇を 何度も抜け出したはずだ

最果ての星に紛れた ギターを探しに行く

 

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31〜35:その他色々

 そもそもthe pillows自体も、最後と思って作ったアルバム『REBROADCAST』と30周年ライブから後、5年もロスタイムじみた時間活動を続けた訳だし、このリストもそれと同程度の曲数を加えても問題ないと思います(?)元々30曲だったのを足りなくて増やしたんだし、最後はノンテーマでひたすらいい曲、このプレイリストの最後に相応しいかもしれないしそうでないかもしれない曲を。

 

 

31. Star overhead(コンピレーション『FooL on CooL generation』2018年)

 2018年は制作面でthe pillowsというものを振り返りそしてケリをつける年となった。山中さわお本人が最後のアルバムとして作っていたという『REBROADCAST』では“再放送”というタイトルどおり、所謂典型的な”the pillowsメロディ・サウンド”の復活が大きなテーマとなっていたように思えるが、彼が振り返るべきものはもうひとつあって、それは期せずして自分たちを日本の売れないバンドから世界中でちょっとしたカルトな人気のあるバンドに押し上げることになったアニメ『フリクリ』だった。丁度フリクリの方の新作制作もあり、バンドはコンピレーションアルバムにて過去の楽曲の再録と、そして2曲の”フリクリに充てた”新曲をここに残した。大変に”いつものthe pillows”的なソリッドな楽曲とサウンドを体現した『Spiky Seeds』、そして、イントロの段階から軽快なのになぜかメロウな気持ちになるこの曲。作ってた本人もバンドのこれまでとこれからを思って少しウルッと来てたのかも。

 改めて。全編を基本4つ打ちのリズムで軽快に駆け抜けながら、やたら細かく動き回るカッティング主体のバッキングが新鮮な演奏と、ハキハキと躍動しサビでキッチリとキャッチーに振る舞うメロディがよく出来たままテンション一定で終始駆け抜けていき、そんな中で過去の冒険へのノスタルジーを直接的に歌う歌詞がメロウな質感を残す、バンド最後期の名曲のひとつ

 楽曲は、曲タイトルを思わせる流れ星めいたちょっとチャチなSEでもって始まる。そのバックで早々にこの曲の基調である4つ打ちの準備はOKとばかりに4分で打つキックの響きに、最初ライジオのスピーカーめいた響き方でサビのラインを歌うボーカルが流れてきて、ここのなんというか、「冒険の始まりとその回想とを同時に行なってる」みたいな質感はこの楽曲中ずっと付き纏ってくる。そして、このイントロセクションの時点でもリードギターが既に饒舌。

 目覚ましの様な3連スネアの後に楽曲はサビからその正体を表し、年甲斐もなくはしゃぐような軽快な四つ打ちは、しかし『MY FOOT』等の時よりもより深く大味にズッチャッズッチャッと打つのがよりはしゃいでる感じがあって楽しい。そしてそれ以上に、リードギターの「今までそんな演奏してこなかったじゃん…」と思うやたらと細かくエッジを付けたカッティングフレーズ中心のバッキングが大変に楽しく、歌と同等かそれ以上にこの曲中ずっとこんな調子で細かく動き歌い続けるギタープレイに、初めて聴いた時はこのバンドの新境地を感じたものだった。雑にコードを弾くリズムギターとはどっちが“リズム”担当だよってくらいに思えるこのプレイが、結局このバンドでそういうのを聴ける最初で最後の機会みたいになってたのは後で驚くやつ。歌もバッチリにヒロイックでポップでキャッチーで、the pillowsの男の子っぽさがよく出てる。

 この曲においてはヴァースとサビというよりも、ヴァース→ブリッジの繰り返しとみなした方がいいのかもしれない。スピッツでいうところの『スカーレット』みたいな。あっさりと抜けていくそんなヴァースかブリッジかの部分でもよくギターが歌い、サクッとサビかヴァースかに移行するその無駄のなさ・機能性の高さに、リアルタイムの時は久々にソングライティングが冴え渡ってると思った。間奏でパッと出てくるギターソロの楽しげな演奏もヌケが良くて、本当に新境地だと思ったものだった。終盤の繰り返しの、楽しいのに少し寂しくなりそうな感じと、終盤でリードがさらに演奏トーンを変えて、ボーカルと並行してより歌い出すところの楽しさなんて、もしかしてバンドがかつてなく楽しい状況なんだろうか、などと思ったりした。それが実際は血を吐くほどの気迫で最後のつもりで絞り出したものであったとしても、聴いてる側が楽しそうに思えたんなら、それは楽しい音楽なんだろう。

 楽しいのにどこか寂しい、そんな空気は、歌詞を読むとより明確になる。

 

笑い話みたいな世界を 笑わないで過ごした

僕はどんな声してたっけ 他人事のよう

 

遠い日の散らばった夢は 星になって頭上にあった

なくしたとうつ向いていたよ 長い間ずっと

少年の抗った日々は 傷を負って無様だった

なのに今 思い出す度 愛おしく思う

 

作者本人はこの曲の歌詞を「フリクリの主人公が過去の無茶苦茶だった経験を思い出す感じ」と言っていたけど、どう考えてもthe pillowsの歴史を思い返すように読めてしまう。過去になってしまったばかりに視野が広がって、いちいちが美しく楽しく思えてしまう、そんな暖かく優しい心の弱さについての歌。バンドが無くなってしまった今、それこそ、思い出すたび愛おしく思う。

 

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32. ニンゲンドモ(アルバム『REBROADCAST』2018年)

 “再放送”とやや自虐的なテーマを与えた割に、最終アルバム『REBROADCAST』にはしっかりと新機軸の曲が幾つか据え付けられた。ぼんやりからのヤケクソなグランジを決める『ぼくのともだち』然り、そしてこの、かつての怪曲『Smile』でのヤケクソ極まる文句をそのままタイトルに持ってきて、あの時の乱暴な人格をそのままある種の“老害”にさせたような形でアップデートしてみせるこの曲然り。

 改めて。トーキングスタイルに挑戦しつつ実質それをメロディとして昇華し硬質なグルーヴをバックに、歌う内容としては都会の様々な光景にイキった悪態をつく“人間の小せえ人間”としての半ば自虐も混じった体裁を、女性コーラスとの併走で辛うじてスタイリッシュに表現するところも含めて危うさを見せる、結果としてバンド最終作で新機軸のキャッチーさを獲得した楽曲。これをリード曲にするというのも少々思い切った発想だけど、でもそれだけの完成度とキャッチーさは備えている。

 少々間抜けさを感じさせるユーモラスなギターリフとボトム低くワイルドに躍動するドラムでいきなり幕を開ける。ベースとリズムギターが入って全体のアンサンブルが姿を現すと、重厚感ある演奏に変なリフが少し浮いた、つまり中々the pillowsらしい凛々しさとファニーさを有したサウンドだと思える。しかし歌が始まると、スネアはつんのめるような位置で打たれるようになるし、そして肝心の歌が、「こういうのもクールだろ?」と言わんばかりのトーキング調*19になり、間違いなくそれまでのthe pillowsにない妙な緊張感が漂っている*20。流石にそのスタイルのまま貫徹するのは殺風景すぎると思ったのか、早々にnoodlesのボーカルがコーラスとして入ってきて、少し花を添えるような、いやゲストにそんな歌詞歌わすなや…と危うさを覚えたりとか。この曲、歌い出しの時点からやっぱ異質だ。

 

午前3時の大久保通り

ハンズフリーで軽やかに話す コリアン・ヒップスター

利便性は嫌いじゃないけどさ 闊歩するキミらの姿にいつも

ちょっと怯んでしまうんだよ

 

この後に「なあ」と歌われるが、「なあ」と言われても…という舞台設定で、あまりにも言ってる内容が個人的なグチすぎて、なんでこの人は格好いい風にこんな大概の人からすればどうでもよさそうなこと歌ってんだ…?というのもまた、中々に新境地。そもそも午前3時の大久保通りはコリアン・ヒップスターが闊歩してるもんなのか、と単純に思った。というか歌の舞台が明確に大都会なthe pillowsの歌というのも珍しい。牧歌的な要素ゼロな、人混みの中の煩わしさについての歌だ。

 この曲の面白いのは、本来のサビ的なセクションもあるにはあるけど、ともかくこのポエトリーというかグチというかなセクションが大半を占め、最初のサビに至るまでに4回も繰り返されるところだ。しかし、段々とテンションが上がっていき、各セクションの後半で声を荒げてフリーキーに歌う様子が面白い。『Skim heaven』とか『ターミナル・ヘヴンズ・ロック』とかで展開されたストレンジな歌い方がここでゾンビめいて我が物顔で復活してるのが面白い。

 延々とそんなイキリめいたポエトリーでも面白くはあっただろうけど、そこにそれなりにサビっぽい展開を挟み込むバランス感覚がthe pillows山中さわお。一気に直線的なドライブ感を高めて駆け抜けていく、かと思えばサビメロ最後で急ブレーキ的にリズムを落として哀愁を噛ませるのも忘れない熟練さを見せては、再度元の重厚な開放感に戻っていく様がしっかりとキャッチーさを産んでいる。間奏のリフ裏のリズムギター捌きもいつになくアグレッシブで、また2回目サビ後に始まるギターソロも流麗さを捨てて勢い全振り的なアグレッシヴさにオルタナバンドギタリストとしての矜持を見せる。最終盤のトレモロプレイまで、このバンドらしいギターの面白みをしっかりと効かせてくる。

 それにしても、歌詞の最後に辿り着くなんとも身も蓋もない思いと、それと折り合いをつけるために出した結論の言い回しとしてのクドさに、人間・山中さわおだなあって感じがつくづくする。

 

ニンゲンでいる事に心がすり減っても

それをどうしろって云うんだ

ニンゲンをはみ出していく僕らは戻れるのか

産声をあげた意思表示に詰まった願いに

Where are you singing now?

 

産声をあげた意思表示に詰まった願い」なんていう分かるようなでも野暮ったいような言い回しの、あまりに山中さわおな感覚。何だかんだでやっぱり、日本のロック史の中にしっかりと刻まれるべき価値のある癖強な人格なんだなあと思わされる1曲であることに間違いない。

 

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33. Midnight Down(アルバム『RUNNERS HIGH』1999年)

 the pillowsというバンドは1個上の曲みたいな例外も当然あれど、特に1999年頃はまさに男の子のある種の王道みたいな精神を体現したバンドだったと思う。じゃあそういう側面が一番ある曲って何だろう、と考える。『LAST DINOSAUR』『カーニバル』『Kim deal』あたりの『HAPPY BIVOUAC』収録曲も相当そういう感じだけど、いやいやいやいや、この曲の「主人公の男の子」感はそれらをブチ抜く。

 ということで。いきなりコード弾きギターと歌で始まるくらい冒頭から止めれずにいた勢いがすぐに暴発的に吐き出され、そこからは自身がこの世界で一番ヒロイックな存在だと信じて疑わないくらいの熱情とロマンチックさの疾走が、乱暴なオルタナティブロックと煌めきの効いたブリットポップの両形式でもって強烈に出力される、全能感に満ちた名曲。そして「なんでこれをシングルに切らずにいたんだ…」度も最上級。

 上述のとおり、いきなりクランチ気味のギターでコードを掻き毟りながら歌が始まる。この時点で既にキレッキレのポップなメロディをしているけども、2回し目でベースが入り、フィードバックノイズを合図に一気に演奏が叩き込まれていく様は爆発的で、特にこの曲最大の特徴である爆撃的なフィルインを叩き込むドラムがいきなり炸裂する様は大変格好いい。事あるごとにすごい勢いでフィルインを差し込んでくるこの曲のドラムはこの曲の主役めいてさえいる。同時に、乱暴に厚く歪んだギターがパワーコードをいいタイミングで音階ずらしていくことのシンプルな快楽も高い。初歩的なリフだけにそれを勢いで格好よく押し切る力技の心地よさがある。

 サビ前に1拍ブレイクを置き、そこから展開するサビでは一転して、煌びやかなアコギまで重ねてⅣから始まるコードをロマンチックに響かせてくる。ここのふわっと浮いた感じから、サビ後半でまた歪みの激しいギターとドラムの叩きつけるような展開に移行して突き抜けていくのは、そんなに長くないセクションに優雅さと炸裂感とを欲張りに詰め込んだ構図になっていて、そりゃ格好いいわなと思う一方、よくこんな短時間にそんな全然違う演奏を同居させられるなと、さりげない手腕に驚く。

 そして、いきなり歌始まりなこともあって、最初のサビが終わるまでに1分も経ってない。やっと出てくる本来イントロとかになりそうな間奏が終わってやっと1分過ぎ。2回目のヴァースも、2度目の繰り返してまた猛烈なフィルインを叩き込んできて、ひたすら勢いを加速させていくのが青春的な生き急ぎ方で、なんだか甘酸っぱい。かと思えば、2回目サビ直後はブレイクを設けてから歪みギターを解除し、急にクリーントーンなギターで夜空めいた演出とミドルエイトを挟み込んでくる。そんなミドルエイトもロマンチックさだけで終わらせず、後半はギターもドラムも歪み倒してパワーポップ化するし、そのままの勢いで最後まで爆走して3分半足らずで楽曲が終わるのには、この曲要素盛り込みすぎだなあって感じさせる。けど、過積載な感じはせず、一気に駆け抜けていった印象で終わるのが、この当時のバンドの全能感みたいなのを感じさせる。

 歌詞もまた実に、完全に主人公みたいな振る舞い。曲タイトルが「見ないんだ」とのダジャレだなんて思えないくらいに。

 

塗った様に黒い夜の空に ほら月が斜めに浮かんでる

"ここだよ"ってキミが呼ぶのなら

どこへだって飛べるような気がしてる

 

心に武器を持って 待ち伏せばかりだった

あんなに苦しかった 悪夢が嘘みたいだ

世界を吹き飛ばして 自由だけを吸い込んだ

暗闇をくぐり抜けて キミの顔しか見ないんだ Midnight down

 

 総じて、こんなの10代のうちに聴いたら効き目すごいだろうなあって要素の塊のような曲。ベスト盤収録は当然だし、絶対当時シングル切って良かったと今だに思う*21。そりゃこんな曲があれば後に『Star overhead』の歌詞みたいな気分にもなるよって。

 

 

34. Thank you, my twilight(アルバム『Thank you, my Twilight』2002年)

 the pillowsの強力なアルバム終盤タイトル曲群。『Please Mr. Lostman』『Smile』『GOOD DREAMS』『Sweet Baggy Days』*22『トライアル』『ムーンダスト』と、どれを取っても作者がその作品で一番の名曲として位置付けて、しっかり作り込んで出してきている。『Smile』もまあ作り込みは凄いし…。じゃあそれらの中でどれが一番凄いか。いや、それぞれに良さがあるし一番とか本来ないと思うけども。でも、なんとなくで一番を決めるなら。染み染みとする一番は『トライアル』だけども、感情を大きく揺さぶられる、という意味なら、まあやっぱ、これだろう。

 ミドルとスローの間程度のテンポで、しかしバラードかと言われるとまた違う、無機質でチープな電子音の反復と、無限の荒野のような重く歪んだディストーションギターのリードフレーズを伴わないことによる圧と、感情の絞り出すポイントを一点に集中させる独特にして孤高の曲構成によって、唯一無二のエモーショナルさを有した大名曲。英語の発音が少々変なこと*23などどうでもよくなるほどの強烈さ。

 アルバムで聴くとラスト前に置かれたこの曲は、このバンドには珍しく電子音を多用したアルバムの終盤で、作中最もチープな電子音の味気なさすぎる反復から始まる。他の音ひとつなしにただこのか細い電子音だけ鳴るのは大変に心細く、楽曲の流れを大きく緊張させる効果を持つ。そして、ドラムが前振りで入った上で、ジリジリと低いところを這う太い歪みギターを軸としたグルーヴがその静寂を打ち破る。打ち破った先のこのアンサンブルもまた、リードフレーズもなしに太く荒い歪みだけを発する演奏は飾り気がなく、電子音だけの区間とは別の意味で心細くなるような吹き曝しの感じがあり、敷き詰められたザラついた轟音の中を頼りない電子音だけが揺れている様は実に荒涼としている。このセクションの強烈さが楽曲の基調となっており、その合間のオフの区間に歌が集まっているような構成を取る。曲構成上歌メロディの最後に感情の吹き出す場所を集中させていることもあり、つまり、この荒涼セクションとそれ以外のセクションの落差にこそこの曲のエモーショナルさが詰まっていると言ってよく、そしてその落差の凄まじさによって名曲になっていると言えなくもない。

 歌パートが始まるとギターの歪みと圧はスッと引き、ナイーヴなクランチのコード弾きに切り替わる。これだけで十分に切なげになるんだから、この曲はそもそものコード進行の響かせ方が良いんだということになる。そりゃ良いさ。この曲の間奏及びヴァース部のコード進行はⅠ→Ⅲ→Ⅳ→Ⅳmの繰り返し、つまりRadiohead『Creep』の進行だから。今回改めて調べてみて、この事実を知った。店舗間やなら仕方が違うとはいえ、やはりこの進行の激烈さと、その上であえてこの当時だって有名な進行を持ってきて全然別のメロディを付けたところは作者の気合十分という感じ。なんなら、ただ繰り返すだけじゃなくヴァース最後にヴァースを終わらせる展開とメロディを追加したことで、作者はこの呪いじみたコード進行を克服したと言える。なお、3回あるヴァースのうち2回目の途中から入ってくるリードギターアルペジオのやるせない具合も絶妙。

 

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 ヴァースの次はブリッジかサビかどちらかに展開するものだけど、時折、そのどちらとも言い難い性質のものがある*24*25。この曲はまさにそのような系統のうちの、とても強烈な事例。このセクションは、ギターは歪みと重みを間奏ほどでないにせよ増やしつつ、ボーカルもそれまでの諦念めいた歌い方から声を跳ね上げさせた上で、ある程度歌い終わるとギターのコードがせり上がり、この曲の歌の感情炸裂の頂点である末尾のブレイク箇所の高まった感情を一点のみで解放するようなラインに到達する。ここのコードを調べると、オーギュメント*26であることが分かり、その微妙なコードの濁りの中にこそ、この炸裂があるのかと効力に驚く。そしてその自暴自棄のようなシャウトのすぐ後にあの、砂嵐そのもののような轟音の間奏に引き戻される、という曲構成こそが、この曲の必殺たる所以だ。

 2回目のサビ後に用意されたギターソロのポイントにおいても、この曲に流麗なフレーズなどいらないと承知の上でか、ロングトーンを粘っこくベンドさせて、殺風景な大地を耐え忍ぶかのような演奏を見せ、最後に少しだけ可愛らしいラインを用意し着地させる。そして、最後のサビ・ブリッジの末尾にようやく出てくるタイトルコールを、荒れ狂う間奏パートで情けないほどに連呼したかと思うと、突如演奏が終了して電子音が残るだけの終わり方もまた、この強烈な楽曲の最後にやはり強烈な心細い印象を残していく。

 よくよく考えると、この曲の歌詞は別に頼もしさを背負うものでも、世の中に対して拗ねるものでもなく、読むだけで感動的なラインというのもない気がする。だけど、曲の抒情的で激烈な様によって、なんだか凄い物語がバックにあるような気にさせられる程度には、そう思わせうる言葉を散らしてある。

 

Life is beautiful 話すように歌い続けてる

She is wonderful その言葉は闇を照らす程

眩しくて涙がこぼれた

 

奇跡は起こらなくても充分だぜ 今日が最後の日でも

Thank you, my twilight Thank you, my twilight

 

 ちなみに、筆者の作った今回のプレイリストでは2018年の再録音版を採用した。一番オーディオ的問題があったと作者が認識しているアルバムの再録で嬉しかったとのことだけど、確かにドラムがはっきり前に出たりしているが、ギターの音の感じなどはちゃんと原曲の雰囲気を忠実に守っていると思う。

 

 

35. Gazelle City(アルバム『MY FOOT』2006年)

 ながらく見てきた30曲越えのプレイリストもいよいよ大詰め。the pillowsのアルバム最終曲といえば軽いサイズの英語詞*27の曲だろう。映画のエンドロールのように流れていくその軽快さ*28は、大体40分台までに収まるサイズ感と共に、the pillowsのアルバムの大きな特徴として『HAPPY BIVOUAC』以降あり続けた*29

 ただ、そんな中でも妙にきっちりとして、軽快さを失わないけどもそこそこにシリアスなテンションでキリッと締めた例もある。それがこの曲。淡々としたテンポにツインギター形式の妙味とダブルトラックで質感薄めのボーカルの方程式によって無機質的に進行しつつも、サビで程よい程度の熱さを見せ、その上全体として3分以内に収めてみせる、職人芸を重ねて作られた精密なミニチュアめいた締めの1曲にして、収録アルバム中に極まった“ある種のシステムとしてのthe pillowsサウンド”の完成系の1曲。この曲は、徹頭徹尾システマチックな構成の中にしっかりと熱さが宿ることが素晴らしいんだと思う。そういうアルバムの末尾にその極みの1曲が置かれたことの美しさ。

 イントロからして実にシステマチックに、ドラムとリフの最初の1音が最初の小節からきっちりとユニゾンで前にはみ出して始まる。この曲ほど何もかも規律的に機動する曲もthe pillowsにおいて中々ない。2本のギターのどちらがメインとも付かないようなリフの掛け合いは実に小気味よく、ハットの変わりにフロアタムを刻むドラムはそのリズム自体はきっちりした8分だ。演奏の趣は違うけど、1stや2ndの頃のThe Strokesみたいな演奏の捉え方をしている感じがある。その演奏のままヴァースに入り、ちょっと捻りの効いたメロディをトラックを重ねてまるで人間的な質感のないボーカルで歌う。まして英語詞で歌うので尚のこと、感情の動きみたいなものが感じにくい。これは意識してやっていることだろうと思う。

 サビに入る時もそのメロディとドラムのフィルインが同機する徹底っぷりで、ギターは幾分か歪んで壁的なものを作り、ボーカルメロディも跳ね上がりはするけども、ハイハットを4分で叩くドラムの裏で細かいタンバリンの鳴りが入ることでリズムはむしろ揺れの少ないものになり、そしてサビラストでお得意の「アウイェ」のコールと共にパチっとブレイク、そしてまたイントロと同じ場面に戻っていくのは、そんなに人間的な感情の爆発があった風には思えない。だけど、そんなどこか“決まりきった”演奏であっても、このサビにはしっかりサビらしい熱さが感じられるから、不思議な気持ちになる。そういうところもThe Strokesっぽいかもしれない。

 2回目のサビの後に始まるギターソロも、前半はきっちりと左右に2本のギターのパンが分かれたままの演奏で、なのでファズっているリズムギターの方が下手すれば目立つような事態で、その後中央寄りにリードが移動してよりギターソロっぽいフレーズになってもどこか淡々としたまま、リズムのファズの勢いそのままに最後のサビをツルッと通過していく。ここでちょっとの意外性を注ぎ込むべく、アウトロはそれまでと同じギターリフにファルセットボーカルが重なり、後半少しドラムが強くなった後に先にフィルインで演奏が終わって、その後にリフの末尾をギターとファルセットがなぞって終了する、という、文章にするとなんだか間抜けだけど、実に気の利いた終わらせ方をしてくる。このスッと終わる感じが、アルバム『MY FOOT』の完成度をさらに高めているのは間違いない。

 歌詞の、さらっとちょっと悲しげ・寂しげなことを入れてくるセンスも実にこの曲らしいさりげなさがある。そしてそれが、どこか西洋の民謡めいたメロディと歌詞のサビに回収されるところにもこの曲の妙がある。

 

今朝はやたら寒い 日曜の夜はよく寝れなかった

夢の中で死んだ友人に会って ノックの音で目覚めた

 

天気はだいぶ暖かくなった 木曜の夜はよく寝れなかった

この町を離れるのは悲しいな 悪いけど さよならの時間だ

 

このちょっとしたハードボイルドなライブバンドのツアー中じみた雰囲気、こういうのがこの時期までのバンドが目指していた格好良さだったんだろうな。

 

 

36. Ride on shooting star(シングル『Ride on shooting star』2000年)

 35曲のリストのつもりが、諸事情あって1曲はみ出た*30ので、予定どおり、このリストの最後はこの曲で締めたいと思う。

 バンドの知名度を日本はもとより世界的に高め彼らの活躍の場を大きく広げたアニメフリクリの主題歌に抜擢された、あまりにテキトーすぎるメインリフとそのままそこに歌を載せるヴァース、そして勢いだけみたいなサビを組み合わせただけの、僅か2分半足らずの尺しかない、なのにそのテキトーさとキャッチーさが、このバンドが見せてきた自由な風景の、その最高到達地点じみた空気を生み出した名曲

 知らない人は聴いてくれ。このイントロ。こんなのイントロって呼べるか!?と思うほどの、訳の分からないリフ。何を食ったらこれを自身の曲のメインリフとして思いつき、採用できるのかまるで分からない、ほとんど歯切れの良さと演奏のオンオフの可笑しさだけで通してしまった、「えっそんなのアリなのか…?」という演奏。流石にこれをSonic Youth的リフだとか呼ぶ勇気はないけども、しかしこれを“オルタナティブロック”だと名乗ることで手に入る自由さと、あっこんな変な演奏でもキレ良くやると格好良くなるんだなあという気持ちがある。アタック感の快楽のみで勝負をしているけども、そもそもロックンロールはアタック感が全てだろ、という反論を想定すれば、これはまさにロックンロールど真ん中なんだろう。何を言ってるんだ?

 そんなふざけたリフの上に挑発的なボーカルを乗せ、しかしある程度でザクザク刻むブリッジに移行し、そしてその末尾でふざけたような唸りを入れた上で、もうほとんど曲名の感じみたいなドライブ感を出すために形作られたかのようなサビに突入していく。この時ばかりはドラムもきっちり刻むのをやめてワイルドな弾みを付けてプレイし、ギター他とアタックのタイミングを合わせる快楽に全振りする。メロディもよく考えると特別メロディアスでもなく、ただただ突き抜ける感じだけしか表現してないことに気付かされ、ギターのフレーズもそんな感じ。意味不明なブラッシングみたいなフレーズさえ飛び交う。だけどそれで、この曲がシングル曲であることに納得するくらいの爽快感は十二分にあるんだから、音楽って不思議だ。

 この曲は2分半足らずという短い尺に収めるべくなのか、最初のサビが終わってもギターソロなどに行かずそのままギクシャクした演奏が連なっていく。2回目のヴァースでは元々のリフの合間に徹底して変なフレーズをバックで弾き倒し続けている。そして2回目にして最後のサビを元のメロディ2回繰り返しで”最後のサビ感”を出して、お得意の「アウイェ」を最後に挟み込んで、ヘロヘロの音程で元のリフを間抜けに弾いてファニーに終息。あの突き抜け感はなんだったのか…とつくづく思わせるヘロヘロ具合は、むしろ逆にヘロヘロするのに気合が入っていたのかもしれない。なんだか悔しくも微笑ましくなるこの“してやった感”。

 とりわけ歌詞の意味を重視していない時期の歌詞なので、語感のままに吐き出される言葉たちに格好いい意味を見出すのはちょっと難しい。でも、完全にナンセンスなのも本人の好むところじゃないのかちょっと格好つける、その感じがとてもthe pillowsだなって思う。

 

スナイパー ふちどったその世界に 何が見えるって言うんだ

狙う前に触りたいな

 

Ride on shooting star キミを探して禁断症状中 嘘をついた

Ride on shooting star 心の声で散弾銃のように唄い続けた

 

www.youtube.com

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

終わりに

 以上、35曲、もとい、1曲当初の想定をはみ出して36曲を見ていきました。

 全部書き終わるとバンドが解散したのがなんだか悲しくなるだろうなと思いながら書いてたこの企画、ここまで書いて、悲しいというか、空っぽな気持ちになりました。音楽のいいところは作品がいなくなった後も残ることで、“いない”けど”いた”し“いる”とも言えるそういう曖昧なところが媒体として最高なんだと思うところですが、それはそれとして去来するものはあるんだと。

 選曲は結構悩んだと思います。中編を書いた後にこれを書いてる最中にも2曲入れ替えて、その結果1曲余計に多くなった訳だし。5曲ごとテーマを分けて書いてみたけど、文章が長すぎてテーマもぼやけそうな気がして。

 これでもまだ、もっと触れたい楽曲は沢山あったなという事実が、やっぱり自分はこのバンドのこと大好きだったんだなと気付かされます。以下、これも入れたかったなという曲の、各テーマセクションごとのリストです。折角なので各セクションに飛べるようリンクも貼っておきます。何に収録されてるかは調べてください。きっと楽しい。

 

①カップリング曲のセクション

・『She is perfect』

・『レッサーハムスターの憂鬱』

・『Split emotion』

・『Gloomy night』

 

②短い尺に収める天才って話すセクション

・『WAITING AT THE BUSSTOP』

・『ビスケットハンマー』

・『モールタウンプリズナー』

・『空中レジスター』

・『Flashback Story』

・『Song for you』

・『She looks like new-born baby』

 

③サウンドエフェクトの使い方についてのセクション

・『Borderline Case』

・『Our love and peace』

・『昇らない太陽』

・『ポラリスの輝き 拾わなかった夢現

・『pulse』

 

④変な・異様な曲展開のセクション

 ここは最後に追加で作ったセクションなので、なんか他にあるかも。

・『Smile』

・『白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター』

 

⑤恋の歌セクション

 幾らでもありそうだけど…。少なくとも、以下はどれも一度はラインナップに入れた曲。

・『彼女は今日、』(中編書いた頃まで入ってた)

・『パトリシア』

・『ウィノナ』

・『Ladybird Girl』

・『Subtropical Fantasy』

 

⑥オルタナのセクション

 ここも幾らでもありそうだ…。

・『Blues Drive Monster』

・『Juliet』

・『Back seat dog』

・『オレンジ・フィルム・ガーデン』

・『ノンフィクション』(中編書いた頃まで入ってた)

・『Rescue』

・『Starry fandango』

 

⑦孤独な歌のセクション

 ちょっと集め方がアレすぎるかと思いボツにしたセクション。

・『ストレンジ カメレオン』

・『Black Sheep』

・『New Year's Eve』

・『Sweet Baggy Days』

・『持ち主のいないギター』

 

⑧おまけのセクション

 他のどのテーマにも馴染みにくいけど取り上げたかった曲。

・『アナザー モーニング』

・『サードアイ』

・『ハッピーバースデー』

・『都会のアリス

・『エリオットの悲劇』

・『Night owl』

 

 …色々と後書きで書いて書き終わるのを遅らせたい気持ちもあったけども、これ以上端的に彼らの素晴らしさを書くことも、解散に至るまでの真実は彼らにしか分からない話を書くことも、別に必要ないかなと思われるので、最後に自分の話だけ。学生の頃にギターを買って始めて、最初か次かは定かじゃないけど、でも多分最初に買ったスコアブックはthe pillowsのだったと思います。シンプルに見えた『その未来は今』にオーギュメントなる謎のコードがあって「へえ」と思ったことを覚えているような。最初に組んだバンドの名前は彼らの曲にあやかってた*31し、そのバンドで『Ride on shooting star』とかカバーしたなあ、ということを、少し恥ずかしいけど、でもひょっとしたら大事かもしれないので書き残しておきます。

 名残惜しいと言うには乱れた文章だったし、山中さわおソロとか最初の3枚くらいしかまともに聴けてないし、バンド最後の音源『Blank』は聴けてないけども、でも、それなりのことは書いたし、えらい時間かかってしまったけど、以上で一連の記事は終わりです。大変長くて読みづらいだろう文章にここまで接していただき、大変ありがとうございました。プレイリストだけ貼って、これで本当におしまいです。それではまた。

 

プレイリスト

open.spotify.com

 

*1:まあでもロックンロールショー然としたキメッキメの『ターミナル・ヘヴンズ・ロック』をシングルにしたい気持ちもそれはそれでよく分かるけども。

*2:NirvanaStay Away』伴奏のオマージュかも。

*3:うち2曲は昔の未発表曲のセルフカバーだけども。

*4:大ヒットを狙って制作されたのにセールス低調に終わったことが大きな落胆をメンバーにもたらし、その後ヤケクソ気味にやりたいことを押し通した『ストレンジ カメレオン』のリリース以降の歴史が展開されていくという点で、間違いなくターニングポイントではある。

*5:というか原曲がギター軽すぎにも思えるけども、でも1992年当時でこの曲がしっかりシューゲイザーしてたら間違いなくバンドのその後の歴史は(下手すると日本のシューゲイザーの歴史ごと)変わってただろうし。

*6:なお、脱退後プロデューサーとして頭角を表す上田ケンジも、たとえば1999年にはカーネーションの『ヘヴン』という曲をグランジ色に染め上げるなど、そっち方面の素養も表現していた。原曲の頃である1992年は単純に、日本にそういう感覚の音楽の影響がまだ根付いてなかったんだと思う。

*7:今回の一連の記事を書くために色々と聴き返して初めてこの、素行不良という名誉毀損気味な理由で解雇された鈴木淳というベーシストの、ルート弾きだけでない多様な魅力を、恥ずかしながら今更色々と発見してる気がする。

*8:なお、the pillowsは昔からMr.childrenとは親交があり、そっちの『優しい歌』はこの曲よりも後の2001年リリースなので、直接的にディスったフレーズだとするのは誤解。

*9:言うまでもなく、元PixiesにしてThe Breedersである、USオルタナティブロックの生き字引のKim Deal。

*10:少し調べれば分かることなのでここでどうこう書く気はない。

*11:ただ、この辺の時系列は少し妙で、世界的評判を得たかのバンドの2ndは2012年1月リリースで、シングル『エネルギヤ』は2011年12月リリース。なんなら元はその半年前の『Comic Sonic』のカップリングにする予定だったとのことで、むしろthe pillowsの方がリリースが早い。なので、この文章で書いている”Cloud Nothings風”という形容詞は誤解で、リズムが似ているのは単なる偶然である可能性が大いにあることには留意。

*12:正直、上の『僕らのハレー彗星』はこの曲と対比するために選曲した。

*13:実際は『ハイブリッド レインボウ』をカバー。

*14:この手の曲としては『フロンティアーズ』と、あとは幾つかの英語詞曲がまだそれっぽいかなと思う程度。感覚としてまだ近いのは山中さわおソロの1st辺りかも。元気とかそういう概念があるとテイスト違っちゃうからなあ。

*15:このアルバムに限って言えば、ギターを完全にライン録音したことによる纏まりの良すぎる音が影響してる感もある。

*16:これ本当にピッキングの強弱によるものなのか、それとも別途歪んだギターで録音し直したのか、エフェクター踏んだのか判別はついてないので、ここの記載が正しいのかは不明。

*17:例としては代表的なものだけでも『ハイブリッド レインボウ』『インスタント ミュージック』『FUNNY BUNNY』『サードアイ』『1989』『エネルギヤ』『Spiky Seeds』などと多数あり、この演奏法がどれほどthe pillowsの作風、特にサビ以外での伴奏の雰囲気を決めているかは何気に重要なことだとも思う。

*18:余談だけど、この曲で最も活き活きしたリードフレーズがこのセクションのメロディアスなカッティングなあたり、やっぱりこのギタリストはオルタナよりも1980年代UKロック的なのが本来得意なとこなのかなあと思った。

*19:これは山中さわおが敬愛する佐野元春からの影響とのこと。また、曲を先に書いて後から歌詞を載せる作者が、例外的に歌詞から先に書いたことも影響するか。

*20:トーキングスタイル自体はこの曲の前に『ガラデア』(ライブ会場等限定シングル『ぼくのともだち』収録)でもっと鬱々としたスタイルで実践済みだけど、このように勢いのあるロックスタイルでやるのは初にして最後。

*21:これを切らずに『インスタント ミュージック』『No Self Control』だからなあ。

*22:タイトル曲ではないけどジャケットイラストの元ネタという意味ではタイトル曲に準じたものか。

*23:特にLとRの発音が怪しく、それは本人もおそらく自覚した上で、そんなことどうでもいいとばかりに2018年の再録版ではもう思いっきり舌を巻いて”twirrrrrrright”って発音しちゃう。

*24:他の例はいくらでもあるけど、たとえばスピッツの『雪風』とか。

*25:そもそもヴァースコーラスとかAメロBメロサビだとかいう“曲構成”という概念自体ポップミュージックの蓄積の歴史の中で後付けで作られた概念だし…などとクドクド書き始めると別の記事ひとつ書く羽目になりそうなのでここでは書かない。

*26:the pillowsはオーギュメントのコードを所々で活用してくるバンドでもある。『その未来は今』のサビ前ラストのコードで筆者は初めてこの濁った、ギターだと押さえにくいコードの存在自体を知った。

*27:実はちょいちょい日本語詞のこともある。

*28:なんなら、そういうことだよって自白してる『Primer Beat』みたいな曲もある。

*29:『Sweet Baggy Days』といった例外もある。

*30:最初は『シリアス・プラン』の位置は『ノンフィクション』を入れてて、そこが変わる時に『MY FOOT』からもう1曲くらい入れたいなと思い『Gazelle City』を追加した、という次第。

*31:『Sleepy Head』という曲からあやかってた。




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