子供たちを相手にしていると「人格」や「人権」に関わるような、
対応を考える、考えなければならない場面に遭遇することがある。
例えば、子供が、学童指導員に対して、
「ハゲ~」など「人格」攻撃や「相手」を傷つける可能性のある言葉を使った場合だ。
子供同士での「言い合い」「争い」での言動とは別だ。
あくまでも指導員に対して、である。
もちろんTPOがあるので、一概には一律の対応は難しい。
子供の成長度合い、仲間との人間関係、本人のその日その時の「気分」など
考慮しなければならない「変数」は多い。
指導員の気が付いていないマズイ対応への対応・対抗としての発言もある。それを知らせる「手段」として「からかわれた」こともある。であれば子供にまずは「感謝」である。
小学生3年以上になると学校生活にも慣れてきて
学童の場でもいろんな生活体験を積み重ねてくる。
上級生が、そうした言葉を使っていると下級生も見習うことも多い。
また、友達同士や家庭などでも使われている言葉かもしれない。
下級生の場合は、ほとんどが、いわゆる「悪意」はないことが多い。
ほんの「からかい」のことも多い。
それでむしろ「親近感」を持っているという「歪んだ」表現の場合もあるかもしれない。
その場合は、軽くたしなめることを基本としている。
言葉の意味が分かっている子供なら、
「逆にそんなことを言われると〇〇くんは、どう思う」
と逆に聞き返すこともよい。
また「今の言葉はキツーイ。心が痛い」と言って言われた方の「辛さ」を伝えることもある。
いずれもまだ言葉のキャッチボール、半分は「遊び」でもある場合が多い。
上級生になるとちょっと事情が違ってきて、
言葉の意味を十分承知した上で「悪意」を持って使われる場合もある。
グランパがよく経験した例では、子供を「叱責」した場合、そのあとの「仕返し」と思われるように、言われたことがある。「からかい」よりは、「嫌がらせ」的な雰囲気を感じさせる言い方である。
とくに5年生以上になると男子生徒は、「群れる」ようになる。仲間が「叱責」されると理由如何に関わらず「仲間を擁護する」姿勢は強くなるようだ。仲間のために、「仕返し」をするという意味合いを帯びてくるのだと思う。それはそれとして児童の「健全な成長過程」だと思うが、褒められる行為でもない。
グランパの「叱責」する理由は、原則「危険回避」と「ルール逸脱」の二項目だ。
とくに「危険回避」は、人身事故になる場合もあるから、厳しく「叱責」する場合もある。
しかし、冷静に考えてみれば、そのことが当事者の子供に正しく伝わっているかどうかである。
伝わっていない(理解されていない)のであれば、子供の方は、単に「叱られた」という「不快感、嫌な感情」しか残っていない。であれば、指導員としての対応としては、マズイ、失敗であろう。
さて、対応の基本は、いずれの場合も、まずは「冷静」になることだ。
最初の頃は、子どもが大人をからかうなど、ましてや侮蔑するとは、とカッとなることもあった。お恥ずかしい話だが、指導員も生身の人間なので。
しかし、感情的に対応すれば、するほどますます子供の思うつぼであること。子供にとっては、「上手くいった」と成功体験をさせることになっているということに気付く。
なにはともあれ、まずは、「冷静」に対応をすることが大原則だ。
次はケースバイケースだ。
明らかな悪意を持っての言動と思われる場合は、「無視」する方法もある。
最近はグランパが対応しているのは、冷静にたしなめる言い方で終わる方法だ。
言った言葉が良くないというのは当事者の子供は承知のこと。それを批判しても思うつぼであろう。しかし放置は良くないので、否定はする、たしなめることは言う。
後は、触れない。で終わる。

いずれにしても「マニュアル」で対応できるほど「単純」ではない。
生身の人間を相手にするということは、児童も「一人の人間としての権利を持つ主体である」という意識をもっていることが大前提だ。
COPILOTより
子どもの権利条約(国連)
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「児童の権利に関する条約」(1989年採択、日本は1994年批准)
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児童を権利を持つ主体として位置づけ、以下のような権利を保障:
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生きる権利
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守られる権利
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意見を表す権利
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差別されない権利
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