知り合いに「桜 涼(さくら りょう)」さんという方がいる。
趣味で短歌を詠んでいると聞いた。
作品の一部をお借りして、グランパの「短歌に画像」に採用させてもらった。
グランパの習作であり、恐縮の限りだが、グランパのボケ防止に協力してもらうことにした。
「短歌に画像」というのは、「はてなブログ」の「特別お題」(Adobe Firefly提携)で教えてもらったものだ。グランパにとっては、新しい分野であり、前頭葉の刺激には、大いに役立つと思う。
短歌を鑑賞する経験も技量もない、全くの素人、門外漢のグランパであるが、楽しく遊べれば(学べれば)、満足だ。その自己満足に他人を巻き込むつもりはありませんので、興味の無い方は、「短歌に画像」のシリーズは、パスされるようにお願いいたします。
「短歌に画像」のシリーズは、とりあえず、月一くらいで、制作してみようと思っています。
短歌は、とくに断りが無い限り、詠み人「桜 涼」さんの作品を利用させていただきます。
それでは、記念すべき第一回です。といって何も「特別」なことはありませんが(笑い)。
短歌(詠み人 桜 涼)
「結露付く窓から見ゆる真冬の庭春の訪れはまだ遠きかな」(2011年4月)
adobe firefly(AI画像ソフト)へのプロンプト
「日本の真冬の庭。家の居間から、窓の外の庭を見ている。庭の雑草も枯れている。私は、スリムな中年女性。眼鏡。髪ショートカット。私が、窓から見る景色は、窓の結露で、ゆがみ、ぼやけている。今が一番厳しい季節だ。しかし、季節は、春に向かう。私の心は、まだ遠い春の訪れだが、期待して待っている。写実的なイラスト風で。」(ysmolten 251124)
短歌の理解
「窓から真冬の庭が自然と目に入るが雑草なども枯れ寒さが厳しそうだ。しかし、居間は、暖房も効いており、暖かい。外の寒さと正反対の室内の温かさを仕切る窓ガラスには、結露がいっぱいだ。この結露が、外と内を隔てている厳しさの証拠だ。今が一番厳しい季節だ。まだ春の訪れは、遠いのだろうな、と自問自答しつつ、しかし、「明けない夜は無い」と同様に、季節も、厳しい冬からいつかは春に向かう。心の内には、この室内のような暖かい春が早く来て欲しいという気持ちを抱いている。どこでも見かけるような情景を、素直に表現して、春の訪れを静かに心待ちしている作者の気持ちがよく伝わってきた。」(ysmolten 251124)

結露付く窓から見ゆる真冬の庭春の訪れはまだ遠きかな
COPILOTより
プロンプトとは、AIや対話型システムに対して与える「指示文」や「入力」のことです。適切なプロンプトはAIの出力品質を大きく左右します。