何時頃から散髪を坊主にしたのだろうか。
先日、散髪屋さんでカットしてもらっていたら聞かれた。
咄嗟のことで返答が出来なかった。

少なくとも今から20年以上前は普通の整髪だったと思う。
まだ仕事現役時代だから坊主というのはちょっと躊躇していた。
それでもだんだんと髪は後退し、薄くなってきた。
それであるときに坊主にしようと思った。
カツラという選択肢はまったくなかった。
父母も含めて周りの人にはいなかったし、
父母の教えにしても「自然」でよいだった。
だから化粧もあまり好んでいなかったし
ましてや入れ墨などはまったくの埒外であった。
入れ墨は現代においてはファッション化している面もあるのだろうし、
ある種のアイデンテテイの自己表現の一種になっているのかもしれない。
もちろんそういう人を否定はしないがグランパとしては相いれない。
さておきいくら自然に任せると言っても
少なくなった毛を大切に残し賺し上げるのも嫌だ。
で残る選択肢は潔くカットすることだった。
自己弁護はこれくらいにして
本音は、坊主=丸刈りは料金が安いこと。
グランパに通う店は、530円だったと思う。
一時は、家での散髪も考えたが、
グランマは「絶対刈らない。いや」というので頓挫した。
自分で上手くカットする自信もなかった。
で、安い理髪店のお世話になっている。
時間は、15分くらいで終了。
理髪時間を一種のリフレッシュタイムにしている人も多いと思う。
ただ、グランパは、そうした価値観を持っていないだけだ。
有名なイギリスの諺
いろんなバリュエーションがあるのでしょうが、
最後の「be an honest man」はよく利用させてもらいました。
COPILOTより
イギリスのことわざ 「幸せの時間」にまつわる表現
一日だけ幸せでいたければ、床屋へ行け。
一週間だけ幸せでいたければ、車を買え。
一ヶ月だけ幸せでいたければ、結婚しろ。
一年だけ幸せでいたければ、家を買え。
一生幸せでいたければ、正直に生きろ。
COPILOTの描いた「正直者」というイメージの男性
