2、立山黒部 八寒地獄のミクリガ池 より
3、生きている山、立山
中学生になった私は、バアバの生きてきた道のりに興味を抱くようになった。
「バアバは、どうして山荘を継いで女将になったの」
「十歳の時、立山に引越してきたの」
「どこから」
「富山の町から。昔戦争があり空襲で丸焼けになった。多くの人や財産がなくなったの」

「それで」
「仕事も無いので、昔からあった山小屋をやることにしたの。本当は音楽の先生になりたかった」
懐かしそうに話してくれた。
「なったらよかったのに」
「家に余裕がなく、他に山荘を継ぐ人がいなかった。それで、高校を出て、富山市内の旅館に住み込んで女将の勉強をしたの」
「じゃ~。いやいや、家の犠牲になったの」
「それは、違う」
立山の連峰を望みながら、
「立山が好きだからよ」
ゆっくりと自分に言い聞かせるように答えた。
「というと」
「立山は、生きているのよ。色一つをとっても、四季でいろんな変化がある。冬は、何もかもが白い世界。夏には、この辺り一面お花畑のように赤や黄色や青色になるでしょう」

「僕は、ミクリガ池に映る景色が好きだ」
バアバは少し戸惑ったような表情をしたが、話題を変えた。
「それに、火山もある。いつ爆発するか分からない」
「え~。本当」
「人間が少しでも油断すると命を失ってしまう。自然の厳しさと恐ろしさがあるのよ」
母の遭難死のことを思い出しながら
「そうだね」
と呟いた。
「そうよ。立山は、この世の地獄も極楽もある生きている山なの。生きている山を怒らせてはいけない。山を大切に思う人は誰でも迎えてくれるの」
「じゃあ、僕も迎えるお手伝いをしなくちゃね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。この山にやってくる人を迎え、安全に見送るために、爺ちゃんと山荘を守ってきたのよ」
答えるバアバの横顔は、寂しそうでもあり、また何かに耐えているようでもあった。信仰している立山ではあるが、一人娘を奪った残酷な山でもある。それ以上の思いを斟酌することはできなかった。

4、富山の海の幸、山の幸 に続く