グランパのしくじりシリーズについて
↓
小学校高学年まで
汽車をみたことがなかった
そういう農山村にグランパは育った
だから
走っている汽車を見るのは修学旅行が初めてだった
そういえばバスもほとんど通らない田舎だ
時折バスが来ると
近所の友達と
その後ろを追って走った記憶がある
いずれにも
乗り物といえば
時たま買ってもらった
雑誌で見るくらいだった
今でもアメリカの大陸横断鉄道(だったと思うが)の
疾風する列車の迫力ある画面の記憶がよみがえる
雰囲気は下記の漫画ににているような気がする↓
ただ初めて本物の汽車に乗ることができるという期待とグランパには大いなる不安もあった
というのはグランパは
トイレ恐怖症だったのだ
ここからは尾籠な話なので
読み飛ばしてください
これは今から推察すると田舎のトイレの環境と幼少の頃の悲惨な体験に原因があるような気がしている
1960年代、昭和30年代の田舎のトイレは
もちろん「ぽっちゃん」トイレ・汲み取り式である
水栓トイレになるのは
後年 何十年もたってからであり
それも浄化槽方式であり
上下水道完備ではない
話は変わるが
グランパ的には
上下水道完備は
ある種のリスクを負っていると常日頃思っている
それは言うまでもなく大災害には
極めて脆弱だろうということである
上下水道のパイプが一本破損しただけで
日常生活が脅かされる例は
昨今ニュースでもよく見かける
さておき
グランパは幼少の頃
年齢の記憶はないが
そのぽっちゃんトイレに足を落としたらしい
それ以来
トイレは怖いところというイメージが心に擦りこまれたらしい
さらに
田舎のトイレは
当然家の外にあり
おまけに
随分と暗い
大変な怖がりのグランパは
そのトイレあたりに
何か魔物や妖怪、幽霊の類が
待ち構えているような気がしてならなかった

それを
兄弟に囃し立てられたのも
恐怖心を強める原因だったと思う
いまだに兄弟には打ち明けていないが、
この「恨み」を墓までもっていくか、
打ち明けるなら急がないと後がない年齢になってきた(笑い)
その心のストレスが思わぬところで噴出することになった
それはトイレに行ったとき、隣に人がいると、気配があるだけで尿道が緊張してトイレが出なくなるのである
それは学校でも同じだったが、学校ではうまく時間を視れば結構一人でトイレに駆け込むチャンスはあったように思う
オシッコが出ない苦労はしていたが何とかしのぐことはできていた
今度はすべてが初めての経験である
もちろんトイレもである
修学旅行は2泊3日だったと思う

初日、二日目は何とかやり過ごした記憶がある
でも楽しい思い出はない
あとから集合写真を見てなるほどとおもうことはある程度である
もちろん寝る前の「枕投げ」遊びなどとんでもないことである
出来るかぎりシークレットジゾーンあたりの刺激は避けておきたかった
三日目が最悪だった
朝からトイレに一人になるチャンスが訪れない
出発時間は決まっているから
見切り発車するしかない
大いに残尿感ののこる中で朝の整列点呼を行い
バスに乗り
汽車に乗った記憶がある
だんだん尿は膀胱にたまってくるのが分かる
がまん、がまんが朝から昼へ
昼から夜へと続いた
最後は膀胱あたりがしびれているような感触があったように思う
何時漏れるかと思いながら
我が膀胱が破裂しないことを願った
その時間の長かったこと
ついに乗り込んだ駅までかえってきた
そして最終点呼もそこそこに
トイレに駆け込んだように思う
ひとりだった
何とか漏らすこともなく出すことができた
家人には話すのが恥ずかしく、とりあえず買ってきた土産を取り出したように思う
我ながら我が人体の「神秘」な能力に感謝するとともにその「柔軟性」に驚きながら家に帰った記憶がある


