グランパのしくじりシリーズについて
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小学校5年生の時だったと思う
家で捨て猫を飼っていた
名前は
ミーコ
といった
三毛猫だったので
グランパが名付けた
親もそれをすすめてくれたように思う
田舎だから
昨今の街中のように
生き物を飼うときの制限はなかった
各家での自己責任での対応がすべてだったと思う
グランパの記憶にはないが
2、3歳頃の写真をみると
傍らに犬が侍っているから
犬も飼っていたのだろう
グランパの記憶では
生き物を飼ったのは
ネコのミーコがすべてであった
食べ物は
昔はご多聞にもれず
残り物のご飯中心
とくに味噌汁のだしをとった
小魚は好物だったように思う
グランパがとくに用意していたのは
給食の残り物のパンだった

これをミーコは喜んでよく食べてくれた
家は帰り道から少し上がったところにある
家の南角は道に沿った石垣があった
その角からは
グランパが小学校から帰る姿がよく見えるのである
ミーコはいつもグランパが帰るころになると
家の南角の石垣の上に陣取って
グランパを待った

親もそれが愛おしいらしく
「ミーコはグランパが好きじゃね」
とよく言っていた
もちろんグランパが持ち帰る
給食パンが目当てであることは承知の上であるが
ミーコもだんだんと年をとり
今にして思えば
食事内容にも
問題があったのか
衰弱してきた
立ち上がるのも
できないほどに弱ってきたが
グランパの帰りを待つ
家の南石垣角の上にでるという行動はやめなかった
ふらふらしながらでも
その場所に必ず行き
グランパの帰りをまった
グランパはその姿がいじらしく
ミーコに取りすがってはよく泣いた
親が心配するほどに
あきれるほどに
泣いた
あれほど泣いた経験は
その後の人生を振り返っても
ほとんどないように思う
動物病院が近くにあるわけでもなく
たとえあったとしても動物の治療代を払えるほど家計に余裕はない
看病する手立ても知らず
ただただ
取りすがって
泣き
ただただ
自然の成り行きにまかせ死ぬのを待つしかなかった

生あるものは
必ず死ぬ
という今でも悟りの拓かれていない思いを
11歳のグランパは知ることとになった
失敗という意味では
小動物の食べ物の知識がもう少しあれば
もっと長生きをさせられたかもしれない
失敗というよりも
グランパのつらい思い出の一つである