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最近のこと

先日、夕ご飯を食べたあと食器を洗おうと蛇口のレバーを上げたところ水が出なかった。

洗面所や風呂場の蛇口を試してみてもやはり水は出ず、問い合わせてみるとマンション全体で不具合が起きているとのことで、外のトイレを借りたり、洗いものが出ないように使い捨ての食器や出来合いの食事を買ったりと、少しのあいだ非常事態のひりひりした気分とともに不便を強いられた。

 

とはいえこれはうちのマンションに限られたことだったから家の外では水が出るし、猫は一匹いるものの、大人の人間のことについてはなんとかしようと思えばある程度どうとでもなる環境にある。

それでも日常の中でひとつ余分に考えるべきことが増えるのはそれなりの精神的な負荷がかかるもので、なにをするにも水道が壊れているという事実を日常のふとした瞬間にいちいち加味しなければならないことにはなかなか疲弊した。

 


とくべつな出来事が起きると、自分はすぐそのことに心を乗っ取られてしまう。

東日本大震災のときもそうだったし、コロナ禍のときもそうだった。

それは冷静に事態を注視しているというのとは少し違う。

それまでの日々のなかで一喜一憂していたささやかなあれこれがすべてくすんで見えてしまう。そのときどきでそれなりに楽しいことがあっても、暴風雨の中でどうにか灯した蝋燭のようにすぐかき消えてしまう。ひどいニュースについてなにかを言おうとするたび新しくひどいニュースが飛び込んできて言葉に詰まってしまう。


寝ている猫を抱きしめて、いまのところわたしは安全で清潔なあたたかい場所にいます、だから大丈夫、ととなえて呼吸を落ち着かせる。

古い時代のドラマを見て、ノスタルジーに身を任せることでいま現在から気を逸らす。

まだ先の季節に着るための服を探す。

心を守るためにそうした行動をとりながらも、自分は現実逃避するほど現実と向き合ったり、ナイーブになる資格があるほどこれまで何かをしてきたのか? と思う。初めて選挙に行ったのが二十五歳だったから、行ける選挙は全部行ったと胸を張れもしない。

 

最近は毎日、明日の朝目覚めたら今日より世界が良くなっていますようにと祈りながら眠り、目覚めた瞬間、昨日より世界が良くなっていますようにと願っている。

なんて他力本願な祈りなんだろうと思うので、せめてもと署名に賛同したり官邸にメッセージを送ったりしている。

 

人々が日々点描画を描くようにぽつぽつと懸命に紡いできた暮らしにペンキをぶちまけるようなことをしないでほしい。生きていればぶちまけられたペンキの上にまた点を打ち新しい絵を描くことだってできるけれど消えた絵は戻ってこない。それは特別な願いなんかじゃないはずだ。




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