以下の内容はhttps://yr00mt.hatenablog.com/より取得しました。


最近のこと

先日、夕ご飯を食べたあと食器を洗おうと蛇口のレバーを上げたところ水が出なかった。

洗面所や風呂場の蛇口を試してみてもやはり水は出ず、問い合わせてみるとマンション全体で不具合が起きているとのことで、外のトイレを借りたり、洗いものが出ないように使い捨ての食器や出来合いの食事を買ったりと、少しのあいだ非常事態のひりひりした気分とともに不便を強いられた。

 

とはいえこれはうちのマンションに限られたことだったから家の外では水が出るし、猫は一匹いるものの、大人の人間のことについてはなんとかしようと思えばある程度どうとでもなる環境にある。

それでも日常の中でひとつ余分に考えるべきことが増えるのはそれなりの精神的な負荷がかかるもので、なにをするにも水道が壊れているという事実を日常のふとした瞬間にいちいち加味しなければならないことにはなかなか疲弊した。

 


とくべつな出来事が起きると、自分はすぐそのことに心を乗っ取られてしまう。

東日本大震災のときもそうだったし、コロナ禍のときもそうだった。

それは冷静に事態を注視しているというのとは少し違う。

それまでの日々のなかで一喜一憂していたささやかなあれこれがすべてくすんで見えてしまう。そのときどきでそれなりに楽しいことがあっても、暴風雨の中でどうにか灯した蝋燭のようにすぐかき消えてしまう。ひどいニュースについてなにかを言おうとするたび新しくひどいニュースが飛び込んできて言葉に詰まってしまう。


寝ている猫を抱きしめて、いまのところわたしは安全で清潔なあたたかい場所にいます、だから大丈夫、ととなえて呼吸を落ち着かせる。

古い時代のドラマを見て、ノスタルジーに身を任せることでいま現在から気を逸らす。

まだ先の季節に着るための服を探す。

心を守るためにそうした行動をとりながらも、自分は現実逃避するほど現実と向き合ったり、ナイーブになる資格があるほどこれまで何かをしてきたのか? と思う。初めて選挙に行ったのが二十五歳だったから、行ける選挙は全部行ったと胸を張れもしない。

 

最近は毎日、明日の朝目覚めたら今日より世界が良くなっていますようにと祈りながら眠り、目覚めた瞬間、昨日より世界が良くなっていますようにと願っている。

なんて他力本願な祈りなんだろうと思うので、せめてもと署名に賛同したり官邸にメッセージを送ったりしている。

 

人々が日々点描画を描くようにぽつぽつと懸命に紡いできた暮らしにペンキをぶちまけるようなことをしないでほしい。生きていればぶちまけられたペンキの上にまた点を打ち新しい絵を描くことだってできるけれど消えた絵は戻ってこない。それは特別な願いなんかじゃないはずだ。

広島旅行記4ー2月9日 尾道

広島市内はぎっしり積もった雪によって路面が凍結していたのに広島から電車が進むにつれどんどん雪が少なくなっていき、尾道まで来ると前日の雪の気配がまったくない。

駅を出てすぐ見える瀬戸内海はわたしが知っている冬の海とは様子が違い、くすんでいなくてとても穏やかだった。

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ロープウェイで千光寺公園までのぼり、千光寺の境内まで歩いて降りてゆくと、なぜかしまじろうがいる。しまじろうだけでなくコラショともう一体、見知らぬ黄色いくまのキャラクターがいる。(あとで調べたらひろくまという名前だった)

コラショとひろくまが先になにかの撮影をしているあいだ、しまじろうはおとなしく待機していて、集まってきた観光客にも隙なく愛想を振りまいてくれる。

撮影の順番がきたしまじろうが移動しようとしたときに、手の先が少しだけわたしに触れてしまい、ごめん! とポーズで謝ってくれたので、だいじょうぶだよ〜と声をかける。


この旅ではコンデジを持ち歩いていたので折に触れて写真を撮っていたのだけど、尾道があまりにも写真映えするのでだんだん撮らされているような気持ちになってくる。多くの映画がこの街で撮られているけれど、自分だったらどこにカメラを置いたらいいかかえってわからなくなってしまいそうな気がする。カメラを置くべき場所をわかっている人がこの街で映画を撮ることができる。

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広島から尾道に来るまでの電車が大幅に遅れていたので飛行機に遅れたくなくて早めに駅まで戻ると、もう電車は通常通り運行していて余分の時間をとる必要はなさそうだった。思いがけず時間が余ってしまい、なんとなく駅前をふらふらと歩いていると船の乗り場がある。向島というすぐ向こうに見える小さな島まで運行している船がここにつくという。片道五分で約十二分ごとに運行していると書いてあって、少ししたら船が来たので勢いで乗ってみる。片道分の百円玉を回収担当の人に船の中で渡す。自転車を押して乗っている人もちらほらいて、物珍しげにあたりを見渡しながら写真を撮っているのは自分だけだった。生活の中に紛れこんでいることが申しわけないような感じがする。いかにもな観光スポットではない場所へ立ち寄って好奇の目を光らせている自分に気づくといつもその浅ましさにうんざりする。

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向島側の船着場に到着するとすぐのところに造船所がある。学校もある。せっかくならじっくり見てまわりたかったけれど、戻る時間を考えるとそれほどの時間の余裕がなく少しだけ歩いて、さっき尾道まで行った船が戻ってきたら引き返すことにする。

船着場に船が到着すると、たぶん十代後半くらいの女の子二人組が「来たよ、うちらの交通手段!」といいながら船に乗り込んでいった。

 

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広島旅行記3ー2月8日 ピースではないっすね

東京の自宅を出る前から雪の予報が出ていたのでわかってはいたけれど、ニュースを見るとやはり全国的に雪模様。

ホテルの窓から外の様子を見ようとしても窓が結露していてよく見えない。

テレビをつけると映っているのは東京の雪の様子ばかりで広島にいると役に立たないが、東京以外の人にとってはいつもそうだ。本当に投票日なのか疑わしくなるほど選挙には触れられない。

出店用の荷物をまとめて外に出ると空は明るいのにちらほらと雪が降り始めていて、この程度だったらなんとかなりそうだとほっとする。

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この日はホテルから十五分くらい歩いた場所にある喫茶店、ルーエぶらじるでモーニングを食べる。たかのばし商店街の中にあり、すぐ近くには男女共同参画推進センターがあった。

創業七十九年のルーエぶらじるはモーニング発祥のお店らしい。雪だから空いていると予想していたらすでに数名待っている人がいたけれど、一人だから先に通してもらえる。

モーニングにはいくつか種類があり、Bモーニングの内容に「サラダ+トースト+?+目玉焼き」と書かれていたのでお店の人に尋ねてみると、この日の?はオレンジだった。店の入り口に自家製パンと書かれていただけあって、トーストが香ばしくて美味しい。

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店を出ると雪が強くなってきたので、売りものの本が濡れないようにしっかり抱きかかえて文学フリマの会場まで向かう。会場に着くころにはまた空が明るくなっていて、晴れているのに雪がちらついているという不思議な天気から「Summer Snow」というむかしのドラマのタイトルを思い出す。深キョンがときえだゆーじー! と叫ぶのはこのドラマだっけ? 

いそいでブースの支度をととのえてトイレに入ると個室内の壁に広島の性被害ワンストップセンターと、人権ホットラインなどの連絡先の書かれたステッカーが二つ貼られている。

そういえば前の日立ち寄った広島駅の駅ビルのトイレの個室にも性被害ワンストップセンターのステッカーが貼られていた。旅先だから普段よりいろんなものに目が止まるだけなのかもしれないけれど、トイレの個室の中にこうした案内が掲示されているのをこれまであまり見たことがないように思う。

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イベントが始まってしばらくしてから外を見るとかなり雪が降ってきている。「スノードームみたいな雪」とXでポストしたけれど、降雪量のイメージを伝えたかったにしても雪が降る様子を模したのがスノードームだし、自分はなにを言ってるんだろう? 適当なこと書いてんな、とあとから思う。

終わった頃には外はもう真っ白になっている。ホテルに荷物を置いてから晩ご飯を食べるために外に出ると公園で子どもたちが雪遊びをしている。ダウンも着ているし、売りものの本も置いてきたからもうどれだけ雪に降られても構わない。普段だったらこんなに雪が降っていたら必要のないかぎり家から出ないけれど、旅先特有の無敵の気分でずいずい歩く。

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お好み焼きを食べてから原爆ドームのあたりを散歩していると、ドームの前で記念撮影をしようとしている人がいる。被写体の人は一瞬顔の横でピースをつくってからふとそれをおろし、ピースではないっすねと苦笑して、直立不動で写真を撮られていた。

広島旅行記2ー2月7日 加納実紀代資料室サゴリ

加納実紀代資料室サゴリは広島駅の北口側の双葉山という小さな山の中腹にある。

公式サイトに「徒歩約25分(丘の上です)」と書かれていたので素直に駅からタクシーに乗る。

タクシーの運転手さんに地図を見せても場所がわからないようだったのでナビに住所を入れてもらい向かっていると、この近くに仏舎利塔があるけどここは宗教施設なの? と聞かれ、違います、と答える。

信号待ちのあいだに建物の外観の写真を見せると、道が進むにつれて、あああそこかな、知ってる知ってる、と運転手さんは納得した様子だった。ときどき近くまで観光客を送り届けることがあって、通りかかったことがあるらしい。

しばらく勾配のきつい坂を登ると黄色い建物が見えてきて、その前で降ろしてもらう。

建物の前で看板の写真を撮っていると、タクシーは近くの駐車場でUターンしたあと、わたしが入口に向かう階段を下りるまで様子を伺うようにその場にとどまっていた。なんとなくだけど気にかけてくれていたのかもしれない。

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中に入ると高雄さんが出迎えてくれ、あたたかいコーヒーを淹れてくれる。駅からタクシーで来たことを話すと、賢明な判断ね、と言われる。

窓辺に立つと木々の向こう側に広島の街並みと遠くに瀬戸内海が見える。もともと留学生のための寮だったというこの場所は、高雄さんが手に入れた頃にはたくさんのごみがあって、片付けに一年ほどかかったという。ぎっしり資料が詰まった棚のあちこちに加納さんのものだったという帽子が飾られている。

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京城で生まれ、五歳のときに広島で被爆した女性史研究家の加納実紀代さんが残した蔵書や資料が集まるこの場所は、加納さんも寄稿したことがあるというミニコミ「月刊家族」を長年広島で発行し続けていた高雄さんが主宰している。

サゴリとは韓国語で交差点を意味していて、サゴリのWEBサイトの言葉を引用すると〈「ヒロシマジェンダーフェミニズム・女性史・植民地主義」がクロスする資料室〉としてこの名が付けられたという。

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展示を行うことのできるスペースもあって、わたしが訪れた日は南米のアーティストによるZINEをはじめとした作品を集めた「他人の2日後」展が行われていた。

この展示を企画したカプチャさんもあとからやってきて、作品の解説をしてくれる。長年ペルーで暮らしてきたカプチャさんによって集められたペルー、メキシコ、チリ、コロンビアのアーティストたちの作品。ペルーではカトリックが大多数を占めるため、女性の貞操や堕胎にかんして厳しい目が向けられるのだという。アマゾンで暮らす女性たちによってつくられたZINEもある。

去年カポエイラを習い始めてからブラジルの歴史に触れつつあるなかで、奴隷制が廃止されたあと、失われた労働力を賄うために故郷で食いつめた日本人が移民としてブラジルに渡り、コーヒー農園などで過酷な労働に従事したことは知っていたのだけど、隣り合うペルーでも近しい状況が起きていて、奴隷に変わる労働者として連れてこられた中国人の移民がいたという歴史をクリスティーナ・サバラ・ポルトガルさんの漫画作品によって知る。

 

もともと資料室に収集されていた、1970年代に広島大学で配られたという「女子学生の皆さんへ」と題された手書きのアンケートが興味深く、夢中になる。

学校教育の中で女性差別を感じたことがありますか。「女のくせに」とか「女だてらに」とかの言い方でやりたいことを制限されたことがありますか。女性の解放にとって社会的労働に参加することは不可欠だと思いますか。

帰り際にここの敷地でとれたという無農薬のレモンを高雄さんがくれた。この黄色い建物にはレモンハウスという名がついている。

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広島旅行記1ー2月7日 路面電車、原爆ドームの鳥の群れ

朝早くからの予定がある日ほど、起きるべき時間に起きれないのではないか、とその手の決定的なやらかしをしたことがあるわけでもないのに緊張して寝つけなくなるので、広島へ行く日も結局一、二時間ほどしか眠れないまま朝五時前に家を出て空港に向かい、飛行機の中ではすぐ後ろに座っていた、どうやら呉に軍艦を見に行くらしい三人組が、もっとも賑わっている時間帯の居酒屋のような声量で興奮してわたしの席を揺すりながら広島空港に着くまでえんえん喋り続けるものだから、そこでも睡眠時間を稼ぐことは叶わなかった。

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空港からリムジンバスで広島駅に向かい、そこから路面電車に乗り換える。路面電車は好きな乗りものベスト3に入るかもしれない。わたしは長距離の移動にうまく気持ちがついていかないところがあって、電車はときどき自分には速すぎるように感じる。だから移動手段には可能なかぎりバスを選ぶことも多いのだけどバスはやや目線が高すぎるし、タクシーは少し視界が狭い。そして車は体調によっては乗りもの酔いする。路面電車は目線の高さと視界の開け具合、走る速度がちょうどいい。

むかしの黒電話の受話器を縦にぎゅっと潰したようなかたちの対面式の座席があるのだけど、知らない人と対面で座るには膝がくっつきそうなほどのやや気まずく感じる距離感だし、効率的に多くの人を座らせるには適さないつくりで、どういうつもりで設けられた席なんだろうと不思議に思う。

 

路面電車から川が見える。川にしろ池にしろ海にしろ、大きな水のある街が好きなので、路面電車の存在と相まって広島の街へいっそう好感を抱いたところで、原爆投下直後に多くの人々が水を求めて川へ飛び込んだことを思い出す。

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原爆が投下された翌年に開店したという聖堂のような喫茶店中村屋でモーニングを食べてから平和記念資料館へ向かう。たどり着くまでのあいだの道にたくさんの碑がある。こんなにも碑が多い場所をわたしは知らない。碑の数以上の死がそこにあったことが示されている。平和記念資料館の隣にある国際会議場の前には、翌日の衆院選の投票所であるという案内が書かれた立札が置かれている。

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平和記念資料館の展示室には、ぼろぼろになったとても小さな洋服や、そこに存在していた人の影だけが残された階段、原爆が落ちたあとの黒い雨の染みがついた壁などがある。幾人かは実名とともに、人柄や、どのような状況で原爆の被害にあったか、あるいはその後どのように亡くなっていったかが書かれている。お父さん待って、といって亡くなった子どもがいる。深い傷を負った人の写真がある。

原爆を投下する都市にはいくつかの候補があり、その中に自分の出身地である横浜も含まれていたことを初めて知る。実際的な効果と日本政府に与える心理的な効果を踏まえて最終的な投下地が選ばれたと解説文に書かれている。

展示室を出ると「対話ノート」というものが置かれていて、さまざまな国の言葉でメッセージが書かれている。その日の日付のぶんだけでもかなりの分量がある。ぱらぱらとめくってみると、学校を休んで内緒でここに来た、この選択が正しかったと思いたい、と幼なげな文字で書かれていた。

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平和記念公園を抜けて原爆ドームの近くまで行くと、ドームの上を鳥の群れが飛んでいる。あまりにも見事な様子で飛んでいるので写真を撮ろうとカメラを構えていたらふいに手が冷たくなる。

雨? と思って見てみると親指の付け根が黒い液体で濡れている。頭上を飛んでいた鳥の群れが落とした糞のようだった。

翌日は雪の予報で、空が少し曇っている。

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「日記を本にして見せて恥ずかしくないの?(笑)」への回答

自分で本をつくってからいくつかのイベントに出展してきて、書いたものを直接手渡しすることのしびれるような感覚を毎回味わうのだけど、楽しいばかりともいえない人々がやってくることもあった。

 

自分が出版社に原稿を持ち込んで出版してもらったときの武勇伝を聞いてもいないのに語り、見本をろくに読むでもなく「あなたも持ち込んだら芥川賞とかとれちゃいますよ(笑)」という人。

カポエイラのZINEについて説明していたら「えっ? あなたがカポエイラをやってるの? おお、こわいこわい(笑)」とにやにやしながらいう人。

ふーんとかほーんとかいいながら、こちらが止めるまで店頭のディスプレイや在庫までなぜかひととおり満遍なくぺたぺた触る人。

 

今日マチ子さんが「モブ、護身のために金髪になる」という文章を公開していたけれど、たぶん私が金髪モヒカン、180cm100kgとかの体格の持ち主だったらそのような舐めた態度をとられなかったんだろうなという気がする。

歩く災厄のようなそれらの人々は、揃いも揃って老年にさしかかった男性に見える人だった。

 

そんななかに、「日記を本にして見せちゃってるの⁉︎ そんなもの見せちゃって恥ずかしくないの?(笑)」という人がいた。

 

そのにやついた表情と、対話をしようと思って訊いているのではなく、下世話な好奇心を満足させたいという欲望が剥き出しの質問と態度に反射的に心のシャッターが閉店、「いえ、別に」とかつての沢尻エリカのような短くぶっきらぼうな返事をして会話を切断すると、その老年男性のかたちをした災厄は去っていった。

 

今後も通称災厄の方々にはそのように速やかにお引き取りいただきたい、というかできれば寄り付かないでいただきたいのだけど、作者に直接ぶつけるかどうかはべつとして、「日記を本にして見せちゃってるの⁉︎ そんなもの見せちゃって恥ずかしくないの?(笑)」という感覚を持っている人は、それなりにいるのではないか、と思う。私小説、もそうかもしれない。

 

ではじっさいに自分が日記本をつくって販売してみてどうだったかというと、書いたものを発表すること特有のある種のくすぐったさのようなものはあっても、恥ずかしさはなかった。

特別あけっぴろげな性格ではないし、自分の書いたものに自信満々というわけでもないのになぜかと考えてみたときに、自分が『さきに光って、あとから鳴りひびく』という本について説明するとき、ほぼ毎回「2025年の8月につけていた日記をもとにした本なんです」と説明していたことを思う。

これは自然と口をついて出た言葉だったのだけど、「日記の本」ではなく「日記をもとにした本」というのは、自分がこの本をつくるうえでの感覚を無意識にあらわしていたのではないだろうか。

 

「日記の本」と「日記をもとにした本」は日々つけていた日記を本にしたものであるという意味で、じっさいのところ、実態として変わりないかもしれない。

だからこれは自分が日記というものを本にして販売するうえで、日記を書くことや、そして日記という形式で本をつくることに対してどのようなかまえをとっているか、というかたちとしては表れていないスタンスの話なのだと思う。

「日記の本」と「日記をもとにした本」には言葉遊びではないひらきがたしかにあって、自分にとって『さきに光って、あとから鳴りひびく』という本は「日記をもとにした本」である。

 

そういう意味でいうと、先の言葉を翻すようだけれど、『さきに光って、あとから鳴りひびく』には、ある意味での自分の恥も書かれていると思う。

ただしそれは通称災厄が期待したのかもしれない週刊誌の見出しめいたものではなく、もっと本質的な深い恥だ。

日記が「日記をもとにした本」になるまでのあいだに、私の恥はいくつものトンネルや農道、海をくぐり抜けて砂や水に洗われ、その一部がいつかのだれかの恥と同じように鈍く光ったり、おなじ種類の穴の空きかたをしたりするかもしれない。

日記を本にして見せることは恥ずかしくないけれど、そういう恥ずかしさがもし自分の書いたものにあらわれていたとしたら、それはとても喜ばしいことであるように思う。

 

日記 1月13日 わたしなんて歌って踊れないし

年明け早々に体調を崩し、熱が下がっては上がる身体にこまりながら長いこと寝込んでいた。

最低限のことだけやっていろいろを放り出し、社会からしばし遠ざかっていたら、人も世の中もやたら巨大で恐ろしいもののように感じるモードに入ってしまい、それでもずっとそうしてもいられないので、社会に接続する部分の心と身体を水槽のあたらしい水に金魚を馴染ませるように朝からこわごわとひらいた。

夕方までにはなんとか社会という水と身体の差異をいつものようになかったことにできたような気がする。じゃぼん。

 

体調を崩しているあいだは、多少元気のあるときにも、歌って踊る人たちの映像をスマホで見るくらいしかできなくてそればかりしていたら、わたしなんて歌って踊れないし、年始から寝込むような貧弱さじゃハードスケジュールもこなせないし、とても自分にはこんなことできない……なんてだめな人間なんだ……となぞの落ち込みかたをした。

元気が戻ってくるとあまりにも馬鹿げた落ち込みかたをしているとすぐに気づけるのに、自分の場合は、弱っていて物理的に動ける範囲が狭いと思考の範囲も狭まりやすい。

それはそれとして、歌って踊りたいという気持ちが微塵もなかったらそんな気持ちにならない気もするので人生のどこかで歌って踊るということに落とし前をつけたほうがいい気もする。どうやってだろう。

 

このあいだ、釜山に行っていた友達から釜山の駅構内で行われている、たぶんカラオケ大会と思われる催しの動画が送られてきて、駅の構内で朗々と歌い上げている年配の女性はものすごく気持ちよさそうだった。

人生の多くは、見知らぬアーティストが出ているDAMチャンネルを横目で眺めながら次になにを歌うべきかぼんやりと考えているけれど、いざとなるとうまく思い浮かばず、適当な歌を入れては間違えたな、とか思うようなつかみどころのない時間で、歌うべき歌を歌うべきタイミングでびたりときめて歌えるようなステージはそんなに訪れない。

わたしにとっての釜山の駅構内はどこなんだろう。来たるステージで、わたしが歌うべき歌はいったいどんな歌なんだろうか。




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