はじめに
Research Advent Calendar 2025 20日目の記事です。
こんにちは、株式会社はてなの
id:yigarashi です。コンテンツ本部でEM of EMsを務めるかたわら、最近はtoittaというインタビュー分析を支援するサービスの事業責任者補佐も兼務しています。エンジニアリングや組織だけでなく、事業ドメインであるユーザーリサーチにも深く取り組んでいます。そんな経緯もあり、HCD-Netフォーラム2025にて「ユーザーインタビューを取り巻く現場課題とAI事業による解決の取り組みについて」というタイトルでtoittaにおける課題解決の様子を発表しました。本記事では、その内容を紹介し、発表では話しきれなかったAIによるユーザーインタビューの変化の展望について議論します。
発表の概要
当日の発表資料は以下をご覧ください。本記事でも簡単な概要を紹介します。
ユーザーインタビューを取り巻く現場課題の調査
toittaは2024年10月に正式リリースした、ユーザーインタビューの分析を支援するサービスです。リリース当初はユーザーであるリサーチャーの方々の強いペインポイントが、分析のための前処理(書き起こし、話者分離、切片化)や発話データへの立ち戻りづらさにあることが明白で、非常にスムーズに開発を行っていました。しかし開発が進んで機能と顧客からの要望が増えるにつれ、おそらく多くのスタートアップが経験するのと同じように、開発の方向性についてチーム内で意見がまとまりづらくなりました。リサーチャーの活動や課題に対する共通理解が不足していることが根本的な原因と考えられ、改めてリサーチを行うことにしました。
リサーチを進めた結果、企業におけるユーザーインタビューにおける共通の行動パターンや課題が見えてきました。特に重要な示唆を以下に列挙します。
- 計画、募集、実査、速報、分析、活用の流れを経るのが大半である
- 多くのプロセスにおいて、自然言語を用いた情報処理の難しさと膨大さによって阻害されている。例としてインタビューの設計・レポートなど活動全体を当初の仮説や目的に一貫させて成果に繋げる難しさなど
- 価値をもたらすことに失敗(ないし失敗を予期)することで、リサーチに投じられるリソースが減少し、さらにリサーチの成功体験が減少する悪循環が確認された
チームでは調査結果を踏まえ、ユーザーインタビューが計画時の問いに説得力を持って答え成果を挙げることが重要な価値であり、悪循環を好循環に変えるレバレッジであるという共通認識を持ち、機能の開発につなげることができました。
AIによる課題解決の取り組みについて
上述のようにユーザーインタビューの課題の多くは自然言語を対象にした情報処理に関係するもので、従来のソフトウェアの能力とは非常に相性の悪いものでした。結果としてテクノロジーの恩恵を受けづらい領域だったと考えます。しかし生成AIによるブレイクスルーで、精度の高い書き起こしや話者分離、またそれらを柔軟に操作する能力が急速に実用化されています。我々もそうした流れに乗って事業を行っていますし、国内外でも様々なリサーチ関連サービスが生まれています。
生成AIとユーザーインタビューの相性の良さを鑑みても、今後もAI活用が進み、ユーザーインタビューのあり方が大きく変化することは避けられない流れだろうと思います。だからこそ、その新しいプロセスをどのように設計するかが今後の重要な論点であると考えています。そこで議論の基礎となるのは「人間が主体である」という理念だと考えます。
人間中心のAI活用について
発表後、HCD-Netの関係者の方から強くポジティブな反応をいただいたポイントがありました。それは、ユーザーインタビューにおけるAI活用において、人間が主体であり続けるという考え方です。toittaの重要な設計思想のひとつでもあるので、この点に専門家の方から後押しをいただけたのは非常に心強く感じました。我々自身がインタビューを外注している方々に行ったリサーチでも、実査には必ず同席するという点が一貫しており、人間が自らユーザーの声に触れる価値というのは広く重要視されていると言えそうです。たとえばAIが実査を行うとしても、AIがインタビューをしてきて終わりという効率化に倒れるのではなく、AIと人間が同席してより充実したインタビューを行うといった方向が浮かび上がってきます。
最近、Unprintedに掲載された記事「『AIペルソナ』が業界トレンドに? 生成AIで激変する『デザインリサーチ』」で、Ubie社の畠山さんとアンカーデザイン社の木浦さんが語られた内容も、非常に共感するものがありました。畠山さんは「70点のプロダクトを作るならAIペルソナでも可能ですが、その先の100点、120点を目指すとしたら、現状のAIでは難しい」と述べています。また木浦さんは「『事実は小説より奇なり』と言いますが、ユーザーインタビューをしていると、『まさか』という経験をしている方が山ほどいます。これが生身の人間にインタビューするおもしろさ」と語っています。
もちろんAIによって効率化が進み人間を代替する部分は出てくるでしょう。しかしAIのアウトプットはあくまで平均化されたもので、生身の人間が発する声を再現するには至っていません。AI時代のユーザーインタビューに残る価値のひとつは「生身の人間が生身の人間の話を聞きにいって120点の成果を出せること」になるはずです。その人間の活動をいかにAIで支援し、能力を拡張していけるかが重要だと考えています。
各社のデザイン・UX教育の取り組みとAIの価値
HCD-Netフォーラムの他の発表で印象的だったのは、各社でデザインやUXの教育に熱心に取り組んでいることです。人間中心設計の一連のスキルを組織に実装し拡大するものから、顧客と話したことがないメンバーにとにかく顧客と話させてデザイン思考の一歩目を促すようなものまで、様々な切り口で取り組んでいる様子がありました。それらに共通するのは、教育を通じた組織の変革に非常に長い時間と多大な労力がかかることです。
ここにもAIの活躍機会があるように思います。AIによる価値は様々な整理のされ方がありますが、人にうれしいAIのためのUXデザインガイド(People + AI Guidebook)では、「自動化」と「能力の拡張」という形で整理されています。たとえば書き起こしのような本質的ではない仕事を自動化する、実査や分析のような難しい仕事をAIが補助することで専門家ではない人たちの能力を拡張する、といったようなことです。いずれの価値も教育コストを下げ、デザイン・UXのハードルを下げることにつながります。リサーチにおけるAIの活用には、その成果が届く範囲を広げるような価値が秘められていると考えます。
おわりに
本記事では、HCD-Netフォーラム2025での発表を起点に、AIを活用したユーザーインタビュー支援の取り組みと、今後のAIによる変化の展望について会場で得た刺激をもとにさらに展開した議論を紹介しました。皆様の参考になれば幸いです。