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弱みというチャームポイント

  

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿2484回目のブログとなりました

 

誰にでも「弱み」というものがあります。

周囲から指摘される弱みもありますが、自分で弱みと思い込んでいる場合が殆どだったりする。

 

ふた昔前の教育では、長所=善 短所=悪でした。

弱みは少なければ少ない程良い。子供の頃から強みと弱みの平均値を高くすることを目指す方向性が確かにありました。その後「長所を伸ばそう!」という方針が主流になっていくことになりましたが・・・。

 

時代の流れといえばそうなのですが、子供達を育てている親や先生は古い方針で育てられたグループです。マニュアルや子育て本に「良いところを伸ばして育てましょう」と頭で理解しても、幼少期に叩き込まれた考え方は簡単に納得しないものです。

 

短所は消さなければならない

弱みというものを苦々しく思ってしまうものです。

 

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私自身、弱みは弱みだと思っています。

忘れ物が多いとか、遅刻しがちだとか、友達と上手く付き合えないとか・・・、それを良い解釈に置き換えることも出来ますが、それは詭弁だと思ってしまう。

 

何故なら、社会や集団生活においてはやはり不都合な気質だから。

 

もちろん「弱み」を日陰者にする必要はありません。

弱みであろうが強みであろうが自分を構成する個性の一部。卑下する必要もありません。でも自ら意識的に取り組まない限り更生も至難です。抑え込もうとすればするほど、弱みは「主である私」にしがみついて離れないから・・・。それは負の感情と同じ類の抵抗です。

 

***

 

弱みというものは、ある意味「愛嬌」なのかもしれません。

愛嬌はどうにも憎めない仕草や表情を指す言葉。決して故意ではない。弱みそのままで活かすことが理想だと思うのです。

 

日本語は微細なニュアンスの違いを表現することに長けています。

「あばたもえくぼ」「惚れた欲目」「恋は盲目」・・・一見「弱み」を温かく包み込む表現です。

 

敵対する人からは「愛嬌」なんて到底思えないでしょうが・・・

せめて自分や家族だけでも愛嬌として認めてあげたい。少なくとも他者から愛嬌と捉えられる日頃のコミュニケーションは必要です。

 

押さえつけられ矯正を求められ続けた「弱み」だって何らかの形で認められた時、昇華し変容を遂げるものです。意外にもそれが一番の強みになることだってあり得るのです。

 

星を読む時、大好きな言葉があります。

ダイヤの原石は一番見つかり難い場所に埋められている・・・ということです。

 

弱みの中に最も輝く部分が眠っている・・・弱みを侮るなかれですね

 

 

今日も読んで下さってありがとうございます。 それではまた(^^)/

 

 

 

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