
こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿2460回目のブログとなりました。
夢や目標、願望達成など・・・何かを目指して努力する姿は尊いものです。
理屈抜きにキラキラしているんですよね。実際大変かもしれないけれど、本人のしたくて堪らない雰囲気は、最早誰も口を挟めない。老若男女美しい在り方だと思うのです。
でもね、誰もが即その道に入れる訳でもなく
多くの人が不本意な目標や願望に翻弄されるものです。
つまり、本心から望んでいない目標を掴むべく努力している時、その目標の価値を自分に落とし込んでいない時・・・痛みや苦しみが生まれるものです。これは特別なことではありません。進学先を先生や親から特定された、よく分からないまま就職先を決めた、勢いで結婚した・・・とかね。自分の努力の価値を知らぬまま、務めることは苦行になってしまうもの。どんな願望であっても、優劣がありません。あるのは当人がその価値を腑に落としているか否かです。
自らの夢があっても、家族の為に不本意な働き方をしなくてはならない。不本意な仕事であっても、「今その仕事をすること」の価値を見いだしているならば、苦行ではないと思うのです。自分の選択は自己責任ということ・・・その過程を端折る事は、ある意味自らの尊厳を損なうことになってしまう。その分岐点を侮らないことだと思うのです。
本当に望む夢ならば・・・痛みや苦しみもスパイスになるものです。その刺激が行動の活力になったりします。でもね、始めから苦しくて、ずっと退屈で、毎日がモノクロならば・・・もしかしたら本当に望む夢とはズレているのでしょう。もしくは誰かの夢を叶えるだけの人生を歩んでいるかもしれない。
人生の分岐点にいると思うならば・・・全力で自分と向き合うこと。妥協とは自分への裏切り行為です。例え結果は同じでも、その過程によって雲泥の差が生じてしまうことでしょう。。
軌道修正はいつでもOK。誰の許可も必要ありませんから。
今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた
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