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それが無くても生きていける

    

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿2435回目のブログとなりました

 

執着や固執という状態・・・殆どの人が良いイメージ持っていないことでしょう。他の選択肢なんて考えられない、それを失ったら生きていけない。それは依存であって人間関係やワーカホリック、食生活など至る所で見かけるものです。

 

執着は人間の視野が狭くなること。つまり見たくないものを見ないようにする反応です。見たくないものとは自分にとって「不都合な真実」といえるでしょう。歪な関係性で周囲には危なっかしく見えたとしても・・・当の本人は見たいものだけ見ようとする。

 

執着という呪いは他者の言葉を全て撥ね退けます。場合によっては周囲を威嚇することも、それだか強い力をもっているものです。とは言え執着も絶対的な弱点がある訳で・・・それは本人の気づき。目が覚めることです。

 

どんなに強く執着していても、たった一つの気づきで一変してしまう。

それも数秒のことで・・・まるで呪いが解けたかのように、一瞬です

 

執着とは単なる思い込みですが、それも度が過ぎれば一生を左右することに繋がります。執着があるままでもOKと言う人もいれば、変わりたいと思う人もいる。歪んだ関係をそのまま継続する人だって沢山います。

 

でもね・・・一回でも「?」を感じたならば、執着を解くチャンスはある訳で。とは言えその鍵はやはり本人だけがもっています。気づきというチャンス、こればかりは家族であっても親友であっても難しいと思うのです。

 

それが無くても生きていけると、本人が気づくまでは。

 

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた

 

 

 

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