
こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿2425回目のブログとなりました
生活する上でも人生においてでも、選択や決断するシーンは山ほどありますよね。
大なり小なり・・・選択しない日は一日たりともありません。
何かを選択する時、迷うことありますよね
ふっと色んな思いが頭をかすめるものです。
手土産に貰ったケーキを前にして「どれを選ぼうか・・・」
そんな些細なシーンでも、その人の「在り方」のようなものが観えるものです。
ケーキに限らず・・・物を選ぶこと、目標の設定、決断する事など全てに関わる事ですが、その選択の根っこにあるものは満ちることなのか? 欠乏なのか?。これはとても重要なことだと思うのです。
自分の意志や感情を蔑ろにした選択とは欠乏由来の選択です。
自分の意志よりも、不足していることを意識しつつ選択するならば・・・「私は足りない!」を潜在領域にアピールしているようなもの。つまり選択する時の波長と同類のものを(潜在領域は)提供してくれるものです。「足りない」を理由に選択するならば、足りない現状を自分に与えてくれるということです。マイナスなのにずっとマイナスになってしまう。終わりのない負のループに嵌ってしまうのです。
生活でも人生でも分岐点においては、自分は何を求めているのか・・・油断なく決めることです。「残り物でいいや」なんて選択の主導権を他力に委ねない事です。
これがあったら毎日快適だな・・・
こんな人の傍らにいたら充実するだろうな・・・
選択の分岐点で満ちる感覚やときめき、つい妄想して楽しくなってしまうことが選択の基準ならば・・・確実に同類の体感覚をもたらしてくれるものでしょう。
そういうものなのですよね。
類は類を呼ぶ・・・万物平等の真理ですから。
大人になって思う事ですが、子供にとって選択のトレーニングがつくづく大切だと思うのです。悪意はなくても、つい大人が先回りして決めてしまう。選択のトレーニングは一夜にしてならず・・・何度もトライアンドエラーを繰り返し、選択筋を鍛え上げることです。
「さぁ自由に決めて!」と言われても・・・慣れていなければ思考停止、もしくは短絡的な感情で突っ走ってしまうもの、正直それは避けたいものです。
今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた(^^)/
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