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「得る幸せ」と「在る幸せ」の間で

      

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿2357回目のブログとなりました(^^♪

 

今日は抽象的な話、感覚的に読んでいただけたらありがたいです。

 

***

 

巷の願望達成についていえば

「何かを得る=私の幸せ」という構図が出来上がっているようです。

 

仕事で成功する、お金を手に入れる、素敵なパートナーを得る、ステイタスを手に入れる・・・現在の「この世」は情報に溢れているし、欲しいものがキラキラして見えるもの。多くのモノが「頑張れば手に入れられるかも」という微妙な距離感にあるものだから尚更です。

 

何かを得て幸せになりたい・・・それは依存性のある刺激物。テンションは高くなるし、原動力にもなるものです。ある意味単純で分かりやすいといえるでしょう。

 

勿論「得る=幸せ」も魅力的だけれど、それだけでは中途半端と感じてしまう。

 

何かを失う、手放すことで幸せを感じることもあるし、

何もしなくても幸せな人は結局幸せだということ

 

つまり「在ること=幸せ」の域に入ることが人間の醍醐味なのかもしれません。

 

在ることとは、別に悟りを開くような大きな意味ではありません。

反対にとても細やかで身近なもの・・・自分がここに在ることで幸せを体感するといった意味合いです。

 

今持っている物、身を置く環境、ちょっと歪な人間関係においても

幸せを見出せる丹力を身に付けるということかもしれません。それはある意味意識的に幸せを拾い上げることだから。

 

幸せの定義って枠にはめるものではなくて、拡大させるものだと考えています。

だから、「得る幸せ」だって刺激的で楽しいし「在る幸せ」だって人間としての豊かさに気づかせてくれるものです。どちらでも良いし、正解なんてありません。勿論両方の幸せを堪能するでもOKです。

 

幸せとはあくまでも主観的なものであり、他者に見せる為のものではありません。

つまりオリジナルの幸せを見つけることが、個々の「生きる目的」なのかもしれませんね・・・

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた(^^)/

 

 

 

 

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