
こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿2280回目のブログとなりました
今日のテーマは「悪口」について。
「悪口は言ってはいけない」「ネガティブな話は避けること」・・・スピ系界隈でよく耳にする言葉です。「悪口」って周囲と共有することで奇妙な団結心が芽生えたり確かにちょっと面倒な側面をもっています。つまり誰かを悪者にすることで、手を結ぶという流れ・・・どの世界でも見かけるパターンです。
私は「悪口」はそう悪者ではないと考えています。
負の感情や、相手にぶつけたいけどぶつけられない言葉達。「悪口」はいけないものだからと、杓子定規に押し込めるものではないと思うから。自分を貶めた人の悪口ならば・・・頭の中では放って置いても再生が止まらないのが常だと思うのです。つまり抑え込んでも消えるものではないということです。
自分で消化できない負の感情は、消化不良となって身体に蓄積される。
流れがないならば腐ってしまうことでしょう。それに「悪口を言ってはいけない」と主張する人達は「人間性を下げること」「因果応報で返ってくるから」と信じている人も多いかも。
でも負の感情を押さえ込んで「平気なフリ」をすることはある意味無理ポジ(無理やりポジティブ)になってしまう。それで負の感情が消えてしまえば良いけれど・・・負の感情はそんな事ではへこたれません。余計貴方の内側にベッタリへばりついてくることでしょう。
再度いいます。悪口は悪者ではありません。
ただ取り扱いの注意があるだけです。
悪口で脳内がムズムズするならば、内側で思い切り吐き出すことです。
一人カラオケで叫んでも良いし、ノートに書きだすこともメチャクチャ有効です。
とにかく罵詈雑言をぶつけてみることです。其処では決して「いい人」になってはいけません。禁忌言葉なんてありません。打倒無理ポジ! 本音に忠実になることです。
そのような「悪口」は成仏(昇華)は早いものです。
無理ポジのように拗らせることがないからなのでしょう。
だからと言って「悪口」を他者と共有することはおススメしません。
それはとてつもなく変な方向に拡散してしまうから。風通しの悪い仲間内で暴動が起こるのも偏った拡散によるものです。一人ならば制御可能でも、人が集まればその人数分の信念価値観がある訳で・・・悪口の根っ子にあるものも違うから、当然制御不能になってしまう。「あの人苦手」というちょっとした感情が、「あの人を徹底的に追い込みたい」まで突っ走ってしまうのです。
悪口は自分の内に収めることです。
自己完結型・・・何が嫌いなのか、苛立つのか深堀することで充分です。
すると自分の内側にある、心のささくれが何となく見えてくるもの。
そのささくれ発見こそ、「悪口」が昇華した証だと思うのです。
今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた(^^)/
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