
こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿2217回目のブログとなりました(^^♪
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歳を重ねることで気づくことがあります。
それは・・・だんだん親に似てきたという自覚です。
電車の窓に映った自分の顔、ショップの鏡に映った自分の姿を観た時
「ああ、そっくりだ」と・・・
そんな時ってちょっと複雑です
手放しで嬉しいってことは稀で、正直苦々しくて直視したくない。
それは観たくないものがそこにあるからだと思うのです。
親の姿を通して色んな感情が沸き上がってくる
口惜しさ、寂しさ、反抗、絶望・・・忘れていた記憶の断片が蘇るものです。
でもね、その感情の向かう先は一見「親」かもしれないけれど、
実はその家で繰り返されるパターン、その家に代々受け継がれる価値観や信念に違和感や嫌悪していることが多いものです。
鏡に映った「親にそっくりな自分」・・・それはまるで
「お前にもその血は流れている、忘れるなよ」と耳元で囁かれているかのよう。
それを許し受け入れる生き方もあるけれど、嫌悪感まで感じるならば人生に影を落としてしまいます。自分の人生なのに、家に縛られて自由に動けなくなってしまうから。
ならば「私の代で不快なカルマは断ち切る!」という威勢の良い生き方もありだと思うのです。
親にそっくりな私とは・・・
まるで「親の生き方」と「自分の生き方」が交差するようなものかもしれません。
そこで何を残して何を不要とするのか、決めるのはやはり自分しかいないと思うのです
今日も読んでいただいてありがとうございます それではまた(^^)/
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