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「期待」と「諦め」を深読みする

    

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿2178回目のブログとなりました。

 

職場や家庭など・・・人間関係では、多かれ少なかれ

期待と諦めという思い入れが付きまとうものです。

 

「期待」は一見良いイメージなのかもしれません。

だって「期待してるよ」って笑顔で伝える言葉だから。

親や先生に言われたら、それが励みになる人もいるかもしれません。

 

でもね・・・正直重いと感じている人も多いのではないでしょうか。

期待という思いは、ある意味「自分が思うようになって欲しい」が根っこにあるから。

コントロールが見え隠れする「期待してるよ」は愛よりも呪縛を感じてしまうものです。

 

期待は執着、それも結構巧妙に人の心を支配するものです。

だって期待という言葉は抗うことが難しいから。「期待してます」に対してNOとは云い難い、だからモラハラ気味の上司やパートナーは呪いの言葉として使うのです。「君には期待してるんだ」と・・・

 

執着やコントロールの真逆にあるものは

解放と手放し・・・「諦める」という言葉

 

「諦める」は一見ネガティブなイメージかもしれません。

身近な人に「お前はもう諦めた」と言われたら突き放されたような気がするものです。

 

「諦める」は「明らめる」、明らかに見極めることを意図します。無理に何者かに為ろうとするのではなく、貴方の選択や決意に任せるということ。「本来の貴方でいいよ」という解放を意図します。突き放すという短絡的な拒絶ではなく、「自己責任で好きに生きなさい」という愛ある手放しです。

 

愛ある諦めは、人間関係を豊かにするものです。

その人の大切にしている世界には不用意に介入しない、

尊厳が守られる関係性は風通しよく満ち足りたものだと思うのです。

 

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。 それではまた(^^)/

 

 

 

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