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大人は狂う時ため息をつく

  

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿2026回目のブログとなりました(^^♪

 

生まれてから亡くなるまでその期間は人それぞれですが、その過程で「狂う時」といううものが存在します。「狂う」とは今まであり得なかった想いに囚われ一気に暴走する。周囲からみたら「人が変わった」と理解不能の状態に。それだけ今までにはない言動で突っ走るのですから。

 

幼少期のイヤイヤ期などは「はじめての狂う時」なのでしょう。まだまだ周囲の大人たちの庇護の内にある訳で、自我の目覚めを子供なりに受け止めている・・・「どうしたらいいのか分からない」と頑なになっていまう。

 

思春期の頃も「狂う時」といえるでしょう。反抗期は見える形で誰にでもという訳ではありませんが、内面では大きな変容を遂げているものです。親と自分を分離することで本能的に戸惑っている。理屈ではなく反応として家族に嫌悪する「狂う時」・・・どうしたらいいのか分からない苦しい時期といえるでしょう。

 

そして大人になっても「狂う時」は訪れるものです。大人が狂う時とは「本当の自分との統合」がテーマとなることが殆どかもしれません。抱えている仕事や守るべき家族との生活・・・それはそれで良いけれど「本当の自分はそれを望んでいるのか」と悶々としてしまう。ここではない何処かに「自分が生きるべき場所」があるのではないか・・・現実はそう甘くないものだ・・・と迷路に嵌ってしまう。場合によっては全部投げ出してしまう人もいるでしょう。大人なんだから・・・と周囲はたしなめるでしょうが「狂う時」に他者の言葉は耳に入らないものです。

 

自我の芽生えで狂い、親との分離で狂い、本当の自分との統合で狂う。

理性を抑え狂う時だからこそ、人間は大きく変容出来るのでしょう。「いつもの私」では現状維持がせいぜいだし、そんな危険に晒すことなんて出来やしないものだから。

 

だから大人になるほど人知れず内側で狂うものです。外に洩らすことのリスクが判るだけに・・・「どうしたらいいのか分からない」と大人はため息をつくものです。

 

 

今日も読んで下さってありがとうございます それではまた(^^)/

 

 

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