はてなブックマークのコメントとか見てて、こんな糞みたいな文章しか打てないんならもう、全指をアロンアルファで接着しとけないのかな、くらいのことはちょくちょく思う。
何度だって言うけど、あんなの、耳なしホウイチの怨霊だよ。どんだけ全身にお経を書いといても、ただ耳に書いてないって理由でそこを引きちぎってくやつらだよ。「書いてないこと」について、「書いてないこと」だけを理由に非難する。そんな否定のどこに豊かさがあるっていうの。ただひたすら貧しい。この世にほんの一片の豊かさも付け加えない亡霊たち。
ひどい場合はちゃんと耳に小さな字で書いておいても、無視してあいつら耳ちぎってくしね。事前に(あいつらちゃんと書いておかないとちぎってくからな……)と非難を想定して、ほとんど本旨とは関係ないけど、念のためと思って書き付けておいても、この怨霊たちは無視してちぎってくる。ひどいときは「こいつは『どうぞおちぎり下さい』とか書いててけしからん!」とか書いてもないことを勝手に読み取って耳ちぎってくからね。
で、どんだけいいお経が書いてあっても、そのこと無視して、「耳ちぎった俺の方がこいつより上だから」って無意識に安心してるの。もう成仏すればいいのにね。
言っとくけど痛いんだよね。耳ぐらい別に、とか強がったりはするけど、ちぎられれば痛いんだよ。「別に痛いのは当然だろ、ちゃんと書かなかったお前が悪いんだから、当然の罰だよ」みたいな顔を平気でしてる。あいつら亡霊だから、何にも痛くない体だもんね。お前だってカッスカスのコメントじゃねえか、って言われてもどうせ、「いや、ブログはきっちり書かなきゃいけない媒体だけど、ブコメは違うんだよ。字数も限られてるし」とか思ってて、自分の亡霊の身体を特権的に誇示するだけなんだ。
もう名指しで言っちゃうと、「僕はもう限界かもしれない」のブックマークコメント()だよ。
「それはただの甘えだろ」っていう。そのとおりだね。「同じ状況で頑張ってる人だっている」っていう。そのとおり。「奥さんだって頑張ってるかもしれないのに、一方的な書き方してフェアじゃない」っていう。そのとおりだ。だが、そんなフェアネスが、なんだっていうんだ? それは正しい。だから、何だ? そんな誰が見たって当たり前の正しさを表明してほんの一片でもこの世を豊かにしてるつもりか?
これは一人称の、その人の視点から見た話だ。そうしてある状況が極まってどう精神が追い詰められたかを書いてる。そりゃ「甘えである」「他人の状況を疎外している」「一方的な視点である」は括弧に括って語ることになるだろう。
なにかね。スルメの足をもらって「全身がないじゃないか!」っていきなり怒り出すのか? その前にまずはもらった足を口に含んで「おいしいね。でも、ぼく、どうせならスルメイカの全身を食べたかったな……」と言うほどの慎みもないか。(まずい……もぐもぐ)と黙ってる慎みもないか。
もし「ないこと」を本気で非難する気なら、「スルメイカという存在にとって、いかに全身がそろっていなければならないか」ということをきっちり前提しているものから語らなければ、ただ貧しさに甘んずるだけだ。「ないこと」を理由に即否定を導くなんてひたすら貧しい。
何かを語るというのは常に、何かを括弧に括って、ある一面からでしか語り得ないのではないか、といった疑いさえ持たずに、一方的に「完全なものを書け!」と自分を棚にあげて語る亡者ども。
それで元エントリに「追記」や「書き直し」が入ってるのを見ると、本当にいたたまれないよ。(ぜんぜんひと事じゃない)
だってこんなの、「耳にお経を書いてなかったのはその通りです。認めます。だから、どうか、耳を返して下さい」みたいなことよ。こんな話があるか!
「こいつの耳もいでやったぞー!」って(本当はもいでなかったりするくせに)宣言されて、周りの怨霊仲間たちが(くすくす。こいつもがれてやんの)とか笑ってたら、そりゃ「ちょっと待ってください! 確かに耳にお経を書かなかったけど、だからってもいでいいなんて言ってないです。『今は耳のことはおいといて』ってつもりで話しただけですよ。返してください!」ってなるだろうよ。自尊心ゼロのマシーンじゃないんだから。そしてこの取り返すための説明の、本当にしんどく不毛なこと!
別に否定するのがダメだとか、肯定的なコメントだけしてろ、って言いたいんじゃない。肯定/否定の身振りを支えるために自分を亡霊化させてんじゃねえってことだよ。
なんでこう亡霊化しちゃうんだろうね。自分を括弧に括って相手を一方的にたたいてオッケーって思えるのは何なんだろう。
ブックマークもどんどん増えていくと、急に公的な相貌を帯びてくる(ように錯覚される)ってのがあるかもしんない。こんだけみんなに見られてる、はてブのトップページにも載ってる、だから、これはほんの少しの瑕疵も許されずに存在しているものなんだ、っていう錯覚。
最初は、スルメの足をくれた人、ありがたいね、おいしいね、って感じが急に、「スルメイカの全身を提供する義務のある者」みたいにみなされるんだ。
そんな公的な相貌を帯びているように見えちゃって、俺は亡霊、あいつは生人、って心の中で切り分けて、んで、ぶっ叩く。全否定。
まあ、ふだんの生活だったら、相手との関係を壊したくないから、ほんのささいな一面だけを取り立てて全否定なんてできないもんね。
そんなしんどい関係を脱して、家にかえって、亡霊のふりしたら、もう頭つかわずにほんのちょっとの「気に食わない」って印象を元手に、その印象がどこからきたのか検証することもなしに、ぶっ叩いてれば気持ちいいもんね。ほんのちょっとのクリックとタイプでその快楽を貪れるテンガが目の前にあるんだ。手を出さないってわけにはいかないよね。(でも、そんな集団オナニー装置が消滅すればいいともぼくは思ってないけどね。)
ただハタから見てて何が気に食わないって、自分の気持ち良さのためにやってます!って顔しないからね。それができれば亡霊じゃない。「自分は実に正当に、実に客観的にこの記事を評価した」と本気で思ってるんだ。まったく哀れな怨霊ども。
それで、全指をアロンアルファで接着しておけばいいのに、と本心から思うのと全く同時に、この怨霊たちがさしあたって目の前から消えればいい、この怨霊たちを顕現させるような装置がなくなればいいなんて全く思ってないんだよね。むしろそういう装置があった方がありがたいとさえ思ってる。別にアンビヴァレントじゃなく。
ヤフコメとかね。全ての記事につければいいとさえ思ってるよ。あれはすごい装置だ。はてブが中途半端に見えるほど突き抜けてる。はてブで上がってきた個人エントリが公的な相貌を帯びる手続きなんてすっ飛ばしてる。なにせヤフーニュースは最初から公的な存在とみなされるからね(ニュースだし)。しかも、はてなのアカウントを持ってないと星をつけられない、みたいなケチくさいことは言わない。ほんの1クリックで誰だって自分の、思考をすっ飛ばしたほんの印象を突っ込むことができて、点数化され順位づけされる。とってもラディカルなんだ。
それで本当に暗澹とするようなコメントであふれてる。
正直、ふだんの生活では亡霊みたいなこと言う人をなるべく回避するように生きてるし、相手側もなるべく当たり障りないことだけ言って衝突を回避してくる。本だって、あんまり浅はかに見えるものは詰まらないから読まない。そうしてると、世の中「もう一段」も考えようともせずに平気でいる人たちで溢れ返ってるっていうことを忘れてっちゃうんだよ。(もちろん「もう一段」は無限に続く階段である以上、誰かから見て僕だってずっと下の方に違いないにしてもね。)
そしてそれを忘れないでいたい。
自分よりはるかに高いところにいる人を見上げて、あんな地点がありえるんだ!って思えて、しかも自分がほんの少しずつでも近づいているような気がするのは極めて幸福なことだ。でも、その幸福が全部じゃなくて、この世の中は、貧しさを撒き散らしてふんぞり返ってるような人が、どうしようもなくずっといっぱいいる、ってことははっきり認識しておきたいんだよ。
そういう意味で、それを見せてくれるような装置はあった方がいいなと思ってる。
でも装置の存在を肯定しているからといって、それを盾に、その装置を使って一方的に叩く快楽を自分のために肯定する人のことは、心底軽蔑するけどね。
戦争がどうしようもなくある、ということが興味深いとしても、「じゃあ戦争してもしかたないよね」といそいそ武器を持ち出すやつを肯定するわけじゃないってことよ。戦争が現にあるのに、たまたま自分の目の前にないから「戦争はない」と錯覚するよりかは、ちゃんと「ある」って見せてくれる仕組みがあったほうがずっとまし、ってことだよ。
自分が亡霊になりそうなときに、気持ちよさに引きずられずに踏みとどまって「俺は生人だ!」と断言できずにどうするの、と思ってる。