1/9

　　　　　 　 　 　 　 　 　 　　　　-‐: : : : :…‐-. . . ＿＿ ノ
　　　　　　　　　　　　　　: : : : : : : ⌒７⌒＼ : : : : : : :＜　　　　　　　　　　読者投稿：気になる週刊誌記事を検証
　 　 　 　 　 　 　 　 ／: : : : : :／ : : : : : : : : : : : : : : : : : ＼＿＿
　　　　　　　　　　／／: : : :／: : : : : : : : : : : :: ::＼ ／／⌒ヽ: :ノ
　　　　　　　　　⌒7 : : : : / : /: : : : : : : : : : : : : : : |　{:::::::::::::::　
　　 　 　 　 　 　 / : : : : / : /.: : : : : : : : : : : : : : : :乂 ＼＿::::ﾉ :.、　　　　 お久しぶりです、まな板でございます。
　　　　　　　　　/ : : : : /: : : :| : : : : : : : |: : : : : : :(　　)>―‐く : : :＼
　　　　　　 　 　 : : : : : : : : | :| : : : : : : : |: : : : : : : :￣: : : : : : : : : : : :＼
　　　　　　　　/: : : : : : |: : :| :| : : : : : : : |＼: : : :|: : :|: ::| : : : : : : : : :＼　　 先日(2021年10月20日)の文春オンラインに、「ノーベル賞学者の「KAGRA計画」
　 　 　 　 　 /: : : : : : : |_ 斗‐‐-ミ: : : : :|:斗-‐‐|-ミ|: ::|: : : : : : |: : :|⌒
　　　　　　 厶|: : : / : : | :|八 |八: : : : : :| 八:: :: |:Λ|: ::|: : : | : |:|: :Ｎ
　　　　　　 　 |: : / : : /|ｘ|荻うミト＼{＼{ ｘｆ荻うﾃミト :|: : : | : |:|: :|　　　　 重力波の検出は事実上、不可能に」と題する記事が掲載されました。
　　　　　　 　 |::Λ:: :/ 八　乂;;ツ　　　 　 　 乂;;;ツ |: :|: : : | : |:|Ｖ|
　　　　　　 　 |/ | ∨: : : :＼　　　　　　　　　　, ,　 ノ: 八: : | : ｌ:|
　　　　　　 　 　 乂 : : : : Λ ' '　　　 ´　　　　　　　イ(: : : :ﾉ ノﾉ
　　　　　　　　　　／￣￣ 人　　　 .,_　　_　　　　 ｲ:＞――＜　　　　　　　▽記事へのリンク
.　　　 　 　 　 　 {＿＿＿＿个　　 　 　 　 　 ィ: : :〔‐‐--＝==〕　　　　　ttps://bunshun.jp/articles/-/49447
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |　／::::＞　　 ＜　 |／::::::厂￣ ∨＼
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |/::::／:|　　　　　　 |::::::: / : : : : : |ﾆﾆ)
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |／:::／　　　　　 ／＼:/ : : : : : : | ／ |
　　 　 　 　 　 　 /: : : : : : :|:::／｛　　　　 ／　 ／::|: : : : : : :/ﾆﾆ=- _　　　＜投稿者代理　結月ゆかり＞

.

2/9

　　　　　　　　　　　　　　　 　 　 _＿＿_
　　　　　　　　　　　　　　　　　´　　　　　｀ 　 、　　　　　　　　　　　　　　この記事について論評する前に、いくつか基礎知識を説明しておく必要があります。
　　　　　　　　　　　 　 ／　 　 　 　 　 　 　 　 ＼
　　　　　　　　　　 　 /　　　　　　　　　__ γ⌒ヽ,_ヽ　　　　　　　　　　　 まず重力波について。一般相対性理論によれば、重力がある場所では空間が歪んでいます。
　　 　 　 　 　 　 　 /　 　 /　 　 } 　 {(　）{ 　 　 }_)　,
　　　　　　　　　　 / 　 /-{､　　イ⌒ ゝ='^ゝ __.ノ : 　′　　　　　　　　 　 重力が激しく変化する場合、ちょうど水中で手を動かすと波が生じるように、
　　　　　　　 　 　 } :{　{　.ﾊ　　　}＼　　 ヽ :} }　　} 　 {
　　　　　　　 　 　 } :{　斧ミ∨＼芹弍k 　 V :}　　} 　 { 　 　 　 　 　 　 　 空間の歪みが波として伝わっていきます。これが重力波です。
　　　　　　　　　　从{　代ツ　 　 弋ツ }＼__Vﾊ　:′ 〈
　　　　　　　　　 　 人 :}　　　'　 　 　 ﾉイ　./　}/　 ハゝ　　　　　　　　　　ただしブラックホール連星や中性子星連星の合体などで生じる特に強い重力波でさえ、
　　　　　　 　 　 イ}　 Ｖ＼　　-　一　　ﾉ ./　/ﾊ　/ 人
　　　　　　　　　　ﾉ　 .ﾊ/Ｖ＞　___　 イ}／　/　 j/{（　　　　　　　　　　　 　地球と太陽との距離に与える歪みは水素原子の直径程度に過ぎません。
　　 　 　 　 　 ／ 　 /　} /ニﾆ}　　／/ 　 /／}从┐
.　　　 　 　 ／／　　 イﾆ{ニ／ __/ﾆ/ 　 /ニ／ﾆﾆ!　　　　 　 　 　 　 　 　この極めて微弱な重力波を捉えるためには特殊な装置が必要で、
　　　　 　 / /　 ／ﾆ{二二/|／７ﾆ/./　/ニ/二二,{
　　　　　<＼}／　{二＼ニ{/＼/ニ}_{__/_／ﾆニﾆ/∧　　　　　　　　　　　　それを重力波望遠鏡と呼んでいます。
　　　_／＼>′　 }ニ/ﾆ＞{ー/ー｢＝」-/ニニﾆ////＼
.／´/　 　 :}　　 /}ﾆ,ニニﾆ}:::{ﾆﾆ/￣ Ｖニニﾆ∧,/////＼　　　　　　　　　現在主力の重力波望遠鏡は、L字型のパイプの各辺でレーザー光線を往復させ、
}　,/　　　 ﾉ 　 //}_{ニニニ::::{ﾆ./　 　 ｛.ニニ/　∨//////＞ .,＿＿__
}/{　 ムイ 　 .///{_}ﾆニﾆ/:::::{ﾆ{　{　　 }ニﾆ.ﾊ　　 ＼//////////////ヽ　頂点で干渉させるタイプのものです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　この記事の表題になっているKAGRAもこのタイプの重力波望遠鏡であり、

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　岐阜県神岡鉱山の地下に建設されました。

.

3/9

　　　 　 　 　 　 　 　 　.　-――‐-　.　　　　　　　　　続いて記事の文面に対する補足です。
　　　　　　　　 　 . . ´: : : : : : : : : : : : : : : .
　　　 　 　 　 ／: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ＼　　　　 第一に、重力波望遠鏡の感度がMPc(メガパーセク)で表されるとありますが、
　　　　　 　 /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :ヽ
　　　　　　 ,′: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : `　　 これは.「何メガパーセク離れた中性子星連星の合体に伴う重力波を検出できるか」という意味です。
　 　 　 　 ∥.: : : : :|.: : :|: : : :/|: : : : : : : : : : : : : : ’
　　 　 　 /! : : : : : |: : : :|:/ /-|: :/|: : : : : : : : l: : : :l　　なお、1メガパーセクは約32万6000光年です。
　　　　／ |: : : :'¨｀|: : : :.|.:/　 |/　|: /: /: /!: :ｌ: : : :|
　 　 　 　 l; : : :乂ﾘ: : : : |r―-ミ､ ∨ /: / }`ﾒ､ : : |　　第二に、記事中で言及されている「シナリオペーパー」へのリンクがありません。
　　 　 　 ﾉ}: : : : /|: : : : 八ん_ﾘ　　∨／_,ｲ// : ｌ ||
　　　　 　 从ﾊ : : | : : : ' ! ｀¨´　　　'´んﾘ｀小: :ﾉ从　 読者が自ら探せということでしょうか。
　　　　　 　 　 ∨!| : : : : |　　　 　 　 ,｀¨´,仏イ
　　　　　 ＿＿_从|: : : : :j　　 　 　 　 　 ∥.:!;′　　　 確信は持てませんが、この記事の言う「シナリオペーパー」とは、次の論文のことだと思われます。
　　　 ／ｉ´.:. :. .:/ <====>　 　 ￣｀ 　 ィ : : j
.　　 /ニ｀'ｰ--〈　 |: : : :|　 /≧ｰ‐　´　<===>　　　　 ttps://arxiv.org/ftp/arxiv/papers/1304/1304.0670.pdf
　　/=,r=＝=x､_＼|: : : :|. /￣ヽ__　　 　| : : |
　 /_/ﾆﾆﾆニ二≧|: : : :|∧ .:. .:. ./＼　 | : : |

.

4/9

　　　　　　　　　　　　　　　 　 　 _＿＿_
　　　　　　　　　　　　　　　　　´　　　　　｀ 　 、
　　　　　　　　　　　 　 ／　 　 　 　 　 　 　 　 ＼　　　　　それでは内容について見ていきましょう。
　　　　　　　　　　 　 /　　　　　　　　　__ γ⌒ヽ,_ヽ
　　 　 　 　 　 　 　 /　 　 /　 　 } 　 {(　）{ 　 　 }_)　,　　　この記事の主張は、要するに次のようなものです。
　　　　　　　　　　 / 　 /-{､　　イ⌒ ゝ='^ゝ __.ノ : 　′
　　　　　　　 　 　 } :{　{　.ﾊ　　　}＼　　 ヽ :} }　　} 　 {
　　　　　　　 　 　 } :{　斧ミ∨＼芹弍k 　 V :}　　} 　 {　　 ・KAGRAは今年6月末、当初の目標の感度への到達を断念した(がそのことを公表しなかった)ので、
　　　　　　　　　　从{　代ツ　 　 弋ツ }＼__Vﾊ　:′ 〈　　　 文春が取材して明らかにした。
　　　　　　　　　 　 人 :}　　　'　 　 　 ﾉイ　./　}/　 ハゝ .　・190億円以上の予算をかけているのに当初目標への到達に失敗したことは、
　　　　　　 　 　 イ}　 Ｖ＼　　-　一　　ﾉ ./　/ﾊ　/ 人　　　日本の科学技術の衰退を意味している。
　　　　　　　　　　ﾉ　 .ﾊ/Ｖ＞　___　 イ}／　/　 j/{（
　　 　 　 　 　 ／ 　 /　} /ニﾆ}　　／/ 　 /／}从┐　　　　これはあくまで投稿者の主観に基づく要約ですから、記事の内容と照らし合わせた上で
.　　　 　 　 ／／　　 イﾆ{ニ／ __/ﾆ/ 　 /ニ／ﾆﾆ!
　　　　 　 / /　 ／ﾆ{二二/|／７ﾆ/./　/ニ/二二,{　　　　 恣意的・不正確だと思う方は、残りを読み飛ばすか、その旨ご意見をお寄せください。
　　　　　<＼}／　{二＼ニ{/＼/ニ}_{__/_／ﾆニﾆ/∧
　　　_／＼>′　 }ニ/ﾆ＞{ー/ー｢＝」-/ニニﾆ////＼
.／´/　 　 :}　　 /}ﾆ,ニニﾆ}:::{ﾆﾆ/￣ Ｖニニﾆ∧,/////＼
}　,/　　　 ﾉ 　 //}_{ニニニ::::{ﾆ./　 　 ｛.ニニ/　∨//////＞ .,＿＿__
}/{　 ムイ 　 .///{_}ﾆニﾆ/:::::{ﾆ{　{　　 }ニﾆ.ﾊ　　 ＼//////////////ヽ

.

5/9

　　　 　 　 　 　 　 　 　.　-――‐-　.
　　　　　　　　 　 . . ´: : : : : : : : : : : : : : : .　　　　　　　しかしこの2点の主張は、いずれも不正確といえます。
　　　 　 　 　 ／: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ＼
　　　　　 　 /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :ヽ　　　　まず、KAGRAが技術的問題によって目標感度に到達しておらず、しかもその技術的問題の
　　　　　　 ,′: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : `
　 　 　 　 ∥.: : : : :|.: : :|: : : :/|: : : : : : : : : : : : : : ’　　 速やかな解決が望めそうにないということは、すでに今年5月の時点で論文誌に掲載されており、
　　 　 　 /! : : : : : |: : : :|:/ /-|: :/|: : : : : : : : l: : : :l
　　　　／ |: : : :'¨｀|: : : :.|.:/　 |/　|: /: /: /!: :ｌ: : : :|　　 しかもKAGRAの公式サイトから万人が見られる状態になっているのです。
　 　 　 　 l; : : :乂ﾘ: : : : |r―-ミ､ ∨ /: / }`ﾒ､ : : |
　　 　 　 ﾉ}: : : : /|: : : : 八ん_ﾘ　　∨／_,ｲ// : ｌ ||　　 その論文がこれです。
　　　　 　 从ﾊ : : | : : : ' ! ｀¨´　　　'´んﾘ｀小: :ﾉ从
　　　　　 　 　 ∨!| : : : : |　　　 　 　 ,｀¨´,仏イ　　　　　ttps://academic.oup.com/ptep/article/2021/5/05A101/5893487
　　　　　 ＿＿_从|: : : : :j　　 　 　 　 　 ∥.:!;′
　　　 ／ｉ´.:. :. .:/ <====>　 　 ￣｀ 　 ィ : : j
.　　 /ニ｀'ｰ--〈　 |: : : :|　 /≧ｰ‐　´　<===>
　　/=,r=＝=x､_＼|: : : :|. /￣ヽ__　　 　| : : |
　 /_/ﾆﾆﾆニ二≧|: : : :|∧ .:. .:. ./＼　 | : : |

.

6/9

　　　　　　　　　　　　　　　 　 　 _＿＿_
　　　　　　　　　　　　　　　　　´　　　　　｀ 　 、
　　　　　　　　　　　 　 ／　 　 　 　 　 　 　 　 ＼　　　　　　　　　 　 　 　 この論文のセクション4.4によれば、KAGRAの感度向上の妨げになる問題として、以下の
　　　　　　　　　　 　 /　　　　　　　　　__ γ⌒ヽ,_ヽ
　　 　 　 　 　 　 　 /　 　 /　 　 } 　 {(　）{ 　 　 }_)　,　　　　　　　　　　　　4点があげられています。
　　　　　　　　　　 / 　 /-{､　　イ⌒ ゝ='^ゝ __.ノ : 　′
　　　　　　　 　 　 } :{　{　.ﾊ　　　}＼　　 ヽ :} }　　} 　 {　　 　 　 　 　 　 　 ・トンネル内から湧水を排水する際の振動。
　　　　　　　 　 　 } :{　斧ミ∨＼芹弍k 　 V :}　　} 　 {　　 　 　 　 　 　 　 ・冷却されたミラー表面への物質の付着。
　　　　　　　　　　从{　代ツ　 　 弋ツ }＼__Vﾊ　:′ 〈　　　　　 　 　 　 　 ・ミラーに使われるサファイア単結晶の不均質性。
　　　　　　　　　 　 人 :}　　　'　 　 　 ﾉイ　./　}/　 ハゝ　　　　 　 　 　 　 ・冷却装置の寿命の短さ。
　　　　　　 　 　 イ}　 Ｖ＼　　-　一　　ﾉ ./　/ﾊ　/ 人　　 .
　　　　　　　　　　ﾉ　 .ﾊ/Ｖ＞　___　 イ}／　/　 j/{（　　　　　　　　 　 　 　 このうち、前の2つは、KAGRAが地下に設けられ、
　　 　 　 　 　 ／ 　 /　} /ニﾆ}　　／/ 　 /／}从┐
.　　　 　 　 ／／　　 イﾆ{ニ／ __/ﾆ/ 　 /ニ／ﾆﾆ!　　　　　　　　　　　　　しかもミラーが冷却されるという構造上の特性に起因するものであり、
　　　　 　 / /　 ／ﾆ{二二/|／７ﾆ/./　/ニ/二二,{
　　　　　<＼}／　{二＼ニ{/＼/ニ}_{__/_／ﾆニﾆ/∧　　　　　　　　　　　　 同論文のセクション5では今後の感度向上の妨げになりうることが明記されています。
　　　_／＼>′　 }ニ/ﾆ＞{ー/ー｢＝」-/ニニﾆ////＼
.／´/　 　 :}　　 /}ﾆ,ニニﾆ}:::{ﾆﾆ/￣ Ｖニニﾆ∧,/////＼　　　　　　 　 　 したがって、文春がこの記事によって初めて
}　,/　　　 ﾉ 　 //}_{ニニニ::::{ﾆ./　 　 ｛.ニニ/　∨//////＞ .,＿＿__
}/{　 ムイ 　 .///{_}ﾆニﾆ/:::::{ﾆ{　{　　 }ニﾆ.ﾊ　　 ＼//////////////ヽ　KAGRAの欠陥を指摘したかのような書き方をしているのは、

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 不適切であると言わざるを得ないでしょう。

.

7/9

　　　 　 　 　 　 　 　 　.　-――‐-　.　　　　　　　　　もちろん、これらの構造上の特性が感度向上の妨げになることが建設開始前に明らかであったのなら、
　　　　　　　　 　 . . ´: : : : : : : : : : : : : : : .
　　　 　 　 　 ／: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ＼　　　　 KAGRA計画を実行したことは批難されてしかるべきでしょう。
　　　　　 　 /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :ヽ
　　　　　　 ,′: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : `　　　しかし実際には、これらの構造はいずれも感度向上のために考えられたものなのです。
　 　 　 　 ∥.: : : : :|.: : :|: : : :/|: : : : : : : : : : : : : : ’
　　 　 　 /! : : : : : |: : : :|:/ /-|: :/|: : : : : : : : l: : : :l　　前述の通り、重力波は極めて微弱なので、重力波望遠鏡は振動を極度に嫌います。
　　　　／ |: : : :'¨｀|: : : :.|.:/　 |/　|: /: /: /!: :ｌ: : : :|
　 　 　 　 l; : : :乂ﾘ: : : : |r―-ミ､ ∨ /: / }`ﾒ､ : : |　　地下なら地震波や人間活動に伴う振動の影響を、ミラーを冷却すれば熱振動の影響を最小にできるので、
　　 　 　 ﾉ}: : : : /|: : : : 八ん_ﾘ　　∨／_,ｲ// : ｌ ||
　　　　 　 从ﾊ : : | : : : ' ! ｀¨´　　　'´んﾘ｀小: :ﾉ从　 従来よりさらに高感度の重力波望遠鏡が実現できるだろうという目算だったのでした。
　　　　　 　 　 ∨!| : : : : |　　　 　 　 ,｀¨´,仏イ
　　　　　 ＿＿_从|: : : : :j　　 　 　 　 　 ∥.:!;′　　　 実際、ヨーロッパ各国が共同で建設を検討しているアインシュタイン望遠鏡も、KAGRAと同様、
　　　 ／ｉ´.:. :. .:/ <====>　 　 ￣｀ 　 ィ : : j
.　　 /ニ｀'ｰ--〈　 |: : : :|　 /≧ｰ‐　´　<===>　　　　　この2つの構造を取り入れる予定となっています。
　　/=,r=＝=x､_＼|: : : :|. /￣ヽ__　　 　| : : |
　 /_/ﾆﾆﾆニ二≧|: : : :|∧ .:. .:. ./＼　 | : : |　　　　　ttps://en.wikipedia.org/wiki/Einstein_Telescope

.

8/9

　　　　　　　　　　　　　　　 　 　 _＿＿_
　　　　　　　　　　　　　　　　　´　　　　　｀ 　 、　　　　　　 上の要約で「日本の科学技術の衰退」と解釈した部分は、原文中では「科学敗北」となっています。
　　　　　　　　　　　 　 ／　 　 　 　 　 　 　 　 ＼
　　　　　　　　　　 　 /　　　　　　　　　__ γ⌒ヽ,_ヽ　　　　 この記事を書いた人物は、「日本は諸外国が既に完成させている重力波望遠鏡を作ることに失敗した」
　　 　 　 　 　 　 　 /　 　 /　 　 } 　 {(　）{ 　 　 }_)　,
　　　　　　　　　　 / 　 /-{､　　イ⌒ ゝ='^ゝ __.ノ : 　′　　 .と認識してこう表現したのでしょう。既にお分かりのように、事実は全く正反対であって、
　　　　　　　 　 　 } :{　{　.ﾊ　　　}＼　　 ヽ :} }　　} 　 {
　　　　　　　 　 　 } :{　斧ミ∨＼芹弍k 　 V :}　　} 　 {　　　「日本が次世代の技術に世界に先駆けて挑戦した結果、未知の課題が判明した」のです。
　　　　　　　　　　从{　代ツ　 　 弋ツ }＼__Vﾊ　:′ 〈
　　　　　　　　　 　 人 :}　　　'　 　 　 ﾉイ　./　}/　 ハゝ
　　　　　　 　 　 イ}　 Ｖ＼　　-　一　　ﾉ ./　/ﾊ　/ 人　　　このことを正しく認識した上での批判は問題ありませんが、この記事の文章を見る限り、
　　　　　　　　　　ﾉ　 .ﾊ/Ｖ＞　___　 イ}／　/　 j/{（
　　 　 　 　 　 ／ 　 /　} /ニﾆ}　　／/ 　 /／}从┐　　　 　記者はこういった背景を十分に認識していないか、知った上であえて覆い隠しているように思います。
.　　　 　 　 ／／　　 イﾆ{ニ／ __/ﾆ/ 　 /ニ／ﾆﾆ!
　　　　 　 / /　 ／ﾆ{二二/|／７ﾆ/./　/ニ/二二,{
　　　　　<＼}／　{二＼ニ{/＼/ニ}_{__/_／ﾆニﾆ/∧
　　　_／＼>′　 }ニ/ﾆ＞{ー/ー｢＝」-/ニニﾆ////＼
.／´/　 　 :}　　 /}ﾆ,ニニﾆ}:::{ﾆﾆ/￣ Ｖニニﾆ∧,/////＼
}　,/　　　 ﾉ 　 //}_{ニニニ::::{ﾆ./　 　 ｛.ニニ/　∨//////＞ .,＿＿__
}/{　 ムイ 　 .///{_}ﾆニﾆ/:::::{ﾆ{　{　　 }ニﾆ.ﾊ　　 ＼//////////////ヽ

.

9/9

　　　　　 　 　 　 　 　 　 　　　　-‐: : : : :…‐-. . . ＿＿ ノ
　　　　　　　　　　　　　　: : : : : : : ⌒７⌒＼ : : : : : : :＜
　 　 　 　 　 　 　 　 ／: : : : : :／ : : : : : : : : : : : : : : : : : ＼＿＿　　　　　　今回は、理系の立場から、理系話題の週刊誌記事を検証してみました。
　　　　　　　　　　／／: : : :／: : : : : : : : : : : :: ::＼ ／／⌒ヽ: :ノ
　　　　　　　　　⌒7 : : : : / : /: : : : : : : : : : : : : : : |　{:::::::::::::::　　　　　　　　さすがは週刊誌、期待を裏切りませんね。
　　 　 　 　 　 　 / : : : : / : /.: : : : : : : : : : : : : : : :乂 ＼＿::::ﾉ :.、
　　　　　　　　　/ : : : : /: : : :| : : : : : : : |: : : : : : :(　　)>―‐く : : :＼　　　　.今後も気になった記事があれば、ちょくちょくこういった投稿を作ろうと思います。
　　　　　　 　 　 : : : : : : : : | :| : : : : : : : |: : : : : : : :￣: : : : : : : : : : : :＼
　　　　　　　　/: : : : : : |: : :| :| : : : : : : : |＼: : : :|: : :|: ::| : : : : : : : : :＼　　　最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
　 　 　 　 　 /: : : : : : : |_ 斗‐‐-ミ: : : : :|:斗-‐‐|-ミ|: ::|: : : : : : |: : :|⌒
　　　　　　 厶|: : : / : : | :|八 |八: : : : : :| 八:: :: |:Λ|: ::|: : : | : |:|: :Ｎ
　　　　　　 　 |: : / : : /|ｘ|荻うミト＼{＼{ ｘｆ荻うﾃミト :|: : : | : |:|: :|
　　　　　　 　 |::Λ:: :/ 八　乂;;ツ　　　 　 　 乂;;;ツ |: :|: : : | : |:|Ｖ|
　　　　　　 　 |/ | ∨: : : :＼　　　　　　　　　　, ,　 ノ: 八: : | : ｌ:|
　　　　　　 　 　 乂 : : : : Λ ' '　　　 ´　　　　　　　イ(: : : :ﾉ ノﾉ
　　　　　　　　　　／￣￣ 人　　　 .,_　　_　　　　 ｲ:＞――＜
.　　　 　 　 　 　 {＿＿＿＿个　　 　 　 　 　 ィ: : :〔‐‐--＝==〕
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |　／::::＞　　 ＜　 |／::::::厂￣ ∨＼
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |/::::／:|　　　　　　 |::::::: / : : : : : |ﾆﾆ)
　　　　　　　 　 　 |: : : : : : |／:::／　　　　　 ／＼:/ : : : : : : | ／ |
　　 　 　 　 　 　 /: : : : : : :|:::／｛　　　　 ／　 ／::|: : : : : : :/ﾆﾆ=- _　　　＜おわり＞

.