大賀社長の初の著作が出た。
当たり前だけど興味のある話しかなかったのであっという間に読んでしまった。数少ない福岡のビジネス書とか福岡が舞台の小説とかを拾い集めるようにして読んでいる私には、急にご馳走口に突っ込まれたガチョウの気分だった。最初のかしいかえんのショーの話、何度聞いてもほんといいよねーーーー。その場にいた人全員からそれぞれの視点で何百回でも聞きたいわ。
私は最初のバスツアーの時の質問コーナーで、「オーガマンは大賀社長が作ろうと言って結社が協力したのか、結社が薬剤師のヒーローを作ろうと持ちかけたのか」と聞いたことがあるくらい、「そもそも」の話に興味があったので、その前段から読めて嬉しかった。大賀社長に起業精神があるとは思っていなかったし(よその会社にいたのは跡を継ぐための修行だと思っていた)、あとお祖母様が偉い人すぎんか。この女性についてすごく知りたい伝記とかないの。
これまではなんとなく伏せられていた、「これをやるにはいくらかかった」という金額がはっきり具体的に書いてあったのがさすがビジネス書だと思った。
一番意外だったのは、「第4話」で、
私たちは、ドゲンジャーズの成功が福岡という都市だからこそ成り立ったとは思っていません。
P171「ローカルヒーローからの脱却ー地図を広げ全国へー」より
と断言しているところだった。私はドゲンジャーズを知れば知るほど、「これは福岡でないとできなかったんだろうなぁ」と思っていたので。というか、福岡の、博多の町人文化を理解しないと福岡の企業のことは理解できず、ひいては地場の会社の集合体みたいなドゲンジャーズのことも理解できまいと小倉の古本市で『博多に強くなろう』2冊組を見つけて嬉々として買って読んだりしていた。
だって石村萬盛堂が傾いた時に、地場企業6社で会社作って助けたって聞いても、関東者にはにわかに理解できなかった。地元企業を支援するふくやさんの「かわとし」のような、ひいては創業者の川原俊夫氏の精神が根付いている街の会社だから、競合他社同士が仲良くドゲンジャーズのスポンサーをできるんだろうと納得していた。
でもよその地域でもこんなビジネスの広がりが実現するならいいなと思う。それはドゲンジャーズというより、こないだ行ったローカルヒーロー祭の話になる。
今年のローカルヒーロー祭は、ローカルヒーロー全体について大して詳しくない私でも「去年参加していたあの団体がいないな」と気づくことが多く(もちろん新しい人たちもいたけど)、やっぱり日本中から参加するのは資金的に大変なんだろうなぁとこれまでになく実感してしまった。手取りが増えないのが悪い。
単純に来ればお客さんにグッズが売れて黒字になる、というのなら参加することもできるだろうけど、それも博打だし、じゃあ確実なメリットってなんだろうと考えたら、結局B to Bなんじゃないかと思った。
来れば、横のつながりができて、商談ができて、商圏が広がる。要するに展示会であれば、一時的に出費してコマ取って出展するメリットがある。
ただ、ローカルヒーローの中に、完全にこれだけで商売をしている「会社」がそもそも少なすぎる。
ダンゴムシマンさんが、キャスで「ローカルヒーロー祭はショーも見られるコミケ」と言っていて、言い得て妙だなと思った。でもローカルヒーロー祭に企業ブースはない。ドゲンジャーズだって多分壁サーだろう。
ローカルヒーローの良さは、それぞれで個人だったり団体だったり非営利だったり会社だったりすることで、別に全部お商売にすべきだというわけではない。
でもいろんな地域でヒーローがビジネスになって、専業が増えて、ローカルヒーロービジネスブームというものが来たら、裾野が広がって、逆に小規模で多様なヒーローもなお増えるだろう。いっときお笑いを見ていたので、世代が揃って、ブームが起きて、その時の新規参入と裾野の広がり方の凄まじさは知っている。あれがローカルヒーローで見てみたい。
まぁこんなこと書いてはいてもローカルヒーロー界全体のことを憂いているというよりは、そうなったらドゲンジャーズと結社の仕事の幅と地域も広がるだろうからブームが来て欲しいと思っているだけなんだけど。
もう一つ、ローカルヒーロー祭のあと、「全く知らない団体さんでもグッズを買うとしたら何か」と考えていて、そのヒーローの核になる物語の小説か漫画があったら買っちゃいそうだなと結論を出したのを思い出した。やっぱり背景がわからないと見方もぼやけるし、イベントから帰ってきたときってかなり余韻に浸りたいものだから、そのとき読めるのがあればいいなぁと。
そうしたらこの本の「第2話」に、「世界観を共有していないヒーローが登場しても、観客を夢中にさせ楽しんでもらうのは難しい(P84)」とあったので、やはりと思った。
シナ様とかデンタマンさんみたいに、完成度高すぎる1枚絵からストーリーを立ち上がらせるタイプの人もいるけど、わかりやすいフィクションの後ろ盾というのは、やっぱりあると強い。
最後のオーガマンとシャベリーマンのスペシャル対談、なんか時期が近い気がすると検索したら、このポストが対談の5日後だった。
もう決めました。今出演が決まっているものを除いて私は当面出演を自粛します。皆さんが楽しむ時間を、スタッフの皆がコツコツ頑張っているものを一瞬で崩してしまうミスを徹底的に無くす仕事に集中します!本当に皆様申し訳ございません。取り急ぎ。
— シャベリーマン (@shaberry_man) 2024年6月16日
今現在の心情は知る由もないし、この歳になると人生にはいろんな季節があるものだとわかるし、季節なんてだいたい変わってから気づく。時代というほどはっきりしたものでもない。
はたから見ているだけの人間にはざっくり四季にしか見えないものも、当事者たちには二十四より多いかも知れず、この本で言ったらMMA設立の経緯とか、ポイント制度失敗のあたりは、ほんとうに全く知らないことの上にどうにか築かれたもので楽しませてもらってたんだなぁとしみじみした。何も知らなかったし知らなくていいのだと。
他の誰も知り得ないどんな季節も、大賀社長と笹井社長は相棒として互いの手を携えていくんだとよくわかった。知らずとも見えずともそれだけわかっていれば十分で、ただそこで咲かせる花を見せてもらうばかりだ。