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八百祢3000万円への道①

八百祢です。

かなーり前に自己紹介と言うか、歩んできた人生について書いたことがあります。

yaonenosekai.hatenablog.com

かなり前に書いた記事だったので、存在すら忘れておったわい(ι´ェ`)y-~

今回はお金編で語ってみたいと思います。

 

1)野に放たれたケモノ編

ボクは専門学校を卒業し、20歳で社会人となりました。

地元より大きな地方都市に勤務することになったので、親元から離れて一人暮らしをしました。

給与に関しては、かなり前の記憶なのであやふやですが、初任給17万円くらいだったと記憶しています。

手取りで15万円あったかなぁ?

残業の多い職場だったので年収350万円から400万円くらいだったと思います。

最大残業時間は月に200時間を超えたこともありました。

当時勤めていた会社は休日出勤も残業時間にカウントできたので割が良かったのです。

若いころは体力もあったし、何よりお金が欲しかった。

 

住んでいたアパートは家賃40,000円くらいの1Kアパートでした。

会社からほど近く、駅前まで歩いて行けるくらいの距離だったので、そこそこ高かったんですね。

今なら1Kで40,000円の物件など選ばないけど、当時はそんな知識もなかったので、会社に近くてそこそこキレイだったので、そこに住んでいました。

 

金銭感覚についてですが、初めて親元から放たれて好き放題やったので、貯金なんてまるでしませんでした(;^ω^)

毎日酒を飲んで遊び歩く生活、車も毎年のようにポンポン交換しましたね。

常にお金がなく、会社の事務員をしていた女性からお米を貰ったりしていました。

いま思い出すとトンデモナイ生活をしていましたが、夜に駅前でナンパしたり、行きつけのバーで常連さんと馴染んだりして、これはこれで面白かったです。

若い頃にしかできない面白い経験を積めたと思っています。

 

26歳のころ、勤めている会社の事業所が閉鎖されることになり失業しました。

住んでいた地方都市で仕事を探しましたが、当時の経済は絶不調だったため仕事が決まらず、わずかな貯金も底をついたために地元に逃げ帰ってきました(´・ω・`)

野に放たれたケモノは5年ちょっとで親元に収監されますた。

 

当時は遊びに全力投球していたため、貯金と呼べるものは全く無く、資産ゼロでした。




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