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我々の知るコンピュータープログラミングの終焉、そしてその後コーダーはどうなるか

『Coders(コーダーズ)』(asin:4822289796)の邦訳があるテクノロジージャーナリストのクライブ・トンプソンが、いよいよ現実的になってきた「人間によるプログラミングの終焉」の話題について長文の取材記事を New York Times Magazine に寄稿している。

記事は、90年代に育ち昔ながらのプログラミングを学び、後に4つのスタートアップの共同創業者となった機械学習エンジニアが、今ではコーディングを Claude Code にほぼ任せているが、テストを怠ることがあるので、「十戒」のごときプロンプトファイルに厳しい警告を追加している話、そしてそのプロンプトの中に「pytest に失敗するコードをプッシュすることは許されず、それは恥ずかしいことだ」という文言があることにトンプソンが、「恥ずかしいことだ」という文句が役に立つのか訝しく思うところから、コンピュータプログラミングは80年の歴史の中で多くの変化を遂げてきたが、これはこれまでで最も奇妙な変化だろうと指摘する。

何十年もの間、コーディングは魔法のようなものと見なされ、そこそこの能力さえあれば終身雇用が約束されていた。もし卓越した才能(と運)があれば、大金持ちになれた。シリコンバレーのお偉方たちは2010年代を通じて、衰退産業に身を置くアメリカの労働者に対して、「コーディングを学ぶべき」と説教してきた。

ホワイトカラーの労働者は、シリコンバレーの連中が自分たちの仕事を自動化してしまうのを恐れてきたが、今ではコーディングそのものが自動化されつつあるわけだ。

で、重要なのは、それに動揺し、自信を失うプログラマーもいるが、トンプソンが数十人のソフトウェア開発者に話を聞いてみると、「生産性が10倍から20倍、いや100倍にも跳ね上がっている」と豪語するスティーブ・イェギをはじめとして、彼らの多くはこの事態に奇妙なほど興奮していたという。これは大規模言語モデルが仕事にもたらす影響について、大多数のアメリカ人が中立的あるいは懐疑的なのと著しい対照をなしている。

アニール・ダッシュも、これについてプログラマーが AI と接した経験が、他の多くの職業で起きていることと正反対だからではないかと分析する。他のクリエイティブ分野では、LLM が仕事の中で最も人間らしい部分を奪い、単調な作業だけを残すのに対し、コーディングの世界では、LLM が単調な作業を奪い、人間らしい、魂のこもった部分を残してくれるというわけだ。

ここから記事は、コーディングは骨の折れる作業を自動化する「抽象化」の試みの歴史の話になるが、生成 AI の登場がさらに高い抽象化レベルへの昇華を実現した。そしてコーダーは、今や建設作業員というよりは建築家に近い存在になった。エージェントが機能するコードを非常に迅速に生成してくれるので、機能についての判断に重きを置けるようになったということだ。

AI との協働を学ぶとは、つまりは AI との対話を学ぶことだが、もともと仕事中は他人とできるだけ話さないのを好む内向的な人々にとっての安息の地だったコーディングという仕事全体が、AI という「異星の生命体」との絶え間ない対話に占められているのは、新しい時代の予期せぬパラドックスではないか、というトンプソンの指摘は面白い。

この後記事は、小さなソフトウェアを一から個人が気ままにコーディングするのと、成熟した企業で数年(あるいは数十年)前に書かれ、すでに数百万行に達しているコードに機能を追加するのとは環境がまったく異なり、後者では AI にコーディングを完全に任せるのは難しいという話に移り、その代表的存在である Google や Amazon などでの取材内容が、記事を現実に引き戻している。

そして、シリコンバレーに押し寄せる大規模な解雇の波(過去4年間で、70万人以上のテック系従業員が解雇されているそうな)、そしてエントリーレベルのコーディング職を AI が侵食しており、ジュニア開発者が最も大きな打撃を受けるというおなじみの話題に移る。

ソフトウェア関連の雇用数はむしろ増加する可能性があると指摘する向きもあるが、ベテランプログラマーは、何十年もかけて「良質で効率的なコードとはどんなものか」について確かな感覚を培ってきたからこそ、自信をもって AI を活用でき、エージェントが作成したコードの問題をすぐに見抜けるわけで、次の世代の開発者はコードに対するその直感的な感覚を養うことができるか、という問題は残る。

「我々の知るコンピュータープログラミングの終焉」話は既にいろいろなところで語られているが、さすがクライブ・トンプソンというべきか、バランスのとれた記事になっており、一通りの論点を網羅している印象である。

現在プロのコーダーが感じる高揚感と不安に入り混じった感情は、他の分野にも当てはまることで、言語と情報を扱う仕事であれば、レトリック、システム思考、そして AI の出力に対する懐疑心の組み合わせこそがホワイトカラーの仕事の基盤になり、もっとも技術的に難解に見えたスキルこそがもっとも容易に自動化され、我々の仕事は「評価」に重きを置くようになる、というのはそうなんだろうな。

「抽象化は私たち全員に迫りつつあるのかもしれない」という一文で記事は締めくくられている。

ネタ元は Slashdot




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