そうか、今年はモンティ・パイソンの実質的な最初の映画である『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』が公開されて50年になるんだな。
この映画の企画実現にレッド・ツェッペリンやピンク・フロイドといった当時全盛期を迎えていたロックバンドの資金援助が大きな役割を果たした話が紹介されている。
『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』はビッグバジェットの映画ではなく、その低予算を逆手にとって馬の代わりにココナッツを使うといった今では伝説的な工夫があるわけだが、それでも不条理コメディグループが映画を作りたいといってもスタジオからは色よい返事がもらえなかった。
そこでパイソンズは、自分たちを理解してくれて十分な資金力のある出資者としてロックスターに目を付けた。
モンティ・パイソンは既にレコードも出していたので、音楽業界とのコネクションが既にあったのもあり、レコード会社やロックバンドから資金提供を受けられた。
エリック・アイドルのツイートによると、レッド・ツェッペリンが31,500ポンド、ピンク・フロイドが21,000ポンド、ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンが6,300ポンド資金提供している。
彼らは作品内容に口を出すようなことをしなかったので、パイソンズにとってはとてもありがたい出資者だったわけだが、なんでそんな気前良く資金提供してくれたのか。
それは彼らがモンティ・パイソンの高い芸術性を理解し、コメディに対する情熱を共有していたから――というわけではなく、何より当時の英国の高率な所得税に対する税制上の優遇措置を狙ったのは間違いない。
ツェッペリンやストーンズの伝記本を読むと分かるが、当時の英国のべらぼうな所得税(最大90%だったかな)は大金を手にしたロックバンドには悩みのタネだった。所得税を逃れるため、彼らは長くは自国に留まれず、家族と離れ離れになる期間が長かった。
当時のロックバンドにつきものの、ホテルの部屋を破壊したり、テレビを窓から放り投げたりといった狼藉、そしてグルーピー遊びもこうした彼らを取り巻く環境が影響していた――などと説明されるが、ちょっと鵜呑みになできないな。
少し話が逸れるが、そうした意味で、1980年代以降の英米における新自由主義政策は、実は大物ロックバンドにはありがたかったのではないかと推測するが、そのあたりを研究した論文とかないのかな。
話を戻すと、モンティ・パイソンの次の映画『ライフ・オブ・ブライアン』もやはり映画スタジオから軒並み断られて困っていたところにジョージ・ハリスンが資金を提供して企画を救った話はよく知られるが、それも何の背景もないところから実現した話ではなく、上記の『ホーリー・グレイル』の成功があってのことなのは間違いない。