本当は公開初日に観たかったのだが、私用のため一週間遅れての鑑賞となった。公開二週目のレイトショーだったが、予想よりも客席が埋まっていた。
以下、作品内容に触れるので、未見の方はご注意ください。
50歳の誕生日に、長年やってきたエアロビクス番組をクビになったかつての映画スターをデミ・ムーアが演じるという事前知識から、本作がエイジズム、ルッキズム批判の映画なのは容易に予想できた。ただそれは前提であって、本作はデミ・ムーアも素晴らしいけど、彼女の分身役のマーガレット・クアリーもよく演じている(彼女を映画館で観るのは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』以来だが、Netflix ドラマ『メイドの手帖』も印象的だった)。
つまりは、デミ・ムーア演じる主人公と彼女の分身であるマーガレット・クアリーが必然的に戦う、いや、自己破壊的に戦わされるところまで含めてミソジニーについての映画なのだと思う。
そもそもね、あんな安全性もへったくれもないようなブツをやるなんてと思ってしまうのだけど、そこを平気で乗り越える危険を冒すのがホラー映画であり、デヴィッド・クローネンバーグ直系のボディホラーにして、スタンリー・キューブリック『シャイニング』の意匠(トイレや廊下だけでなく、ドアに手を突く主人公の下からのアングルとか)を借りながら、本作にはジャンル映画がもたらしうるフレッシュさが確かにある。
本作はパワフルなホラー映画なのだけど、デミ・ムーアが昔の同級生と食事に行くことになり、最初気分よくメイクをするも外出しようとすると分身の視線がどうしても気になってメイクのやり直しとなり、結局外に出れなくなってしまうところなどもよく描けている。
本作は血みどろの格闘を経て、破壊的な結末にいたるが、正直なところ、二度目のブツ注入を行った後、自身の姿を鏡で見たところで終わったほうが映画としての完成度は高かったろう、と思いながら観ていた。
しかし、この映画は、怪物と化した主人公が会場に向かい、血まみれの惨劇により、観客席に座っているデニス・クエイド演じる下品な上司のハーヴェイ、重役たち(見事なまでに全員高齢男性)、そして観客にまで血を浴びせるがごとく徹底的にやらないといけない、という監督の強い意志を感じた。