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日米で共通していたジャーナリストによるブログの問題点

今更だが ARTIFACT の「切込隊長、木村剛氏の日本振興銀行の件でまさに切り込み」について。このエントリの本題には当方は特に興味ないのでスルーする。興味を持ったのは、加野瀬さんの以下の指摘。

 もともと、ネットでの情報発信というのは反論されるのが前提です。すべての批判に応える義務はないですけど、きちんとした批判には応えた方が信頼は形成されます。
 でも、最近Weblogブームで参入した人たちというのは、反論は大体無視。そういう人たちの傾向を眺めてみると、新聞記者など昔から情報を発信できる力を持っていた側の人たちが多いです。マスコミでは、読者投稿といっても、肯定的な意見のみ取り上げ、批判的な意見は無視してました。今回の件を見ていると、木村剛氏もそういう体質の人だというのを実感します。

具体的にはブログ時評あたりが頭に浮かぶし、実際加野瀬さんも言及しているが、ワタシが思い出したのは、においてレベッカ・ブラッドが腹立たしげに書いていたことである。ウェブログに手を出すジャーナリストをレベッカ・ブラッドは「プロのブロガー(pro-blogger)」と呼び、以下のように批判する。

 あまりにも多くのプロのブロガーが、別の面でもウェブログを理解していない。連中は、しばしば自分が非難する記事やスピーチへのリンクを拒み、賛同する意見にしかリンクしないのだ。
 ウェブログは特定の主張を宣伝するのにも使えるのは確かだが、ウェブログのメソッド――オンラインで見つけられるどんなマテリアルにもリンクを求める――は、既存のメディアでは見られなかったレベルのアカウンタビリティ(説明責任)を保証している。主要なソースにリンクしない断片的な論評が、「新しいジャーナリズム」の一形態なわけはない――連中は古臭いジャーナリズムの思想が破綻した形のありがちな例に過ぎない(もちろんのこと、実際にはこれは責任あるジャーナリズムでも何でもないんだけどね)。

ウェブログ・ハンドブック』刊行から大分経ち、ジャーナリストが運営するブログの成功例も増えているのだが、日米を問わず新しい形態に自分は理解があるといった顔をして、旧態依然の体質を露にしてしまう人もいるということだろうか。




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