久々に、組織に所属して仕事をしている。
といっても仕事量はごくわずかで、週2日の託児日で対応できるくらい。
内容は「お手伝い」レベルのものではないので、きちんとプロとして臨まねばならない。
が、自分に特別なスキルがあるわけでもなし、油断をするとすぐ「私ではない人が対応したほうがお客様のためなのでは」などと思ってしまう。
人間関係にもどきどきする。
「この人は私に関心がないし、面倒くさい女だと思っているんだろうな」とすぐ被害妄想してしまう。
その人に言われたこと、たぶん本人にしてみればなんの他意もないのだろうけど、何度も頭の中で蘇ってしまう。
近所に住んでいる、時短勤務中のママ友たちと食事をした。
それぞれに職場人間関係で悩んでいて、そのうちひとりは、上司の女性はお子さんがおらず、「子育てをいいわけにするな」という言い分の方なのだという。
このご時世に大変な発言なのだけど、もしその女性が独身であることにコンプレックスを抱いているのであれば、自分が持ちたくても持てなかった子どもを「理由」にされると、ものすごく劣等感が刺激されるのだろう。苦しい。
友人は当然ながら非常に働きづらいと悩んでいた。
安直に「辞めたほうがいいんじゃ……」なんて言ってしまったが、「保育園に入れているし、辞めてからの転職活動というわけにいかない。いまの環境で働きながら転職活動をするほどの体力がない。だけど何のために働いているんだろうという気持ちになる」との返答に、何も言えなくなってしまった。本当に、そうだよな。
ドラえもんの「いいとこ選択しボード」の図は、なにかとすぐに脳裏をよぎる。
子ども、仕事、時間のゆとり。どれかを上げればほか2つが下がる。
全部大事なら「全部まんなかレベル」にしなければならない。
しかし世帯によっては「子ども」を上げる以外に選択肢がないこともある。
別の友人は、平日は仕事、休日はお子さんの療育で、「時間のゆとり」がすっかりなくなってしまった。前述の食事会にも、来られなかった。
私はというと、「全部まんなか」の生活を送っていて、「もうちょっと仕事をしてみたい」「趣味に励んでみたい」「子どもとの時間をもっと作ったほうがよいのでは」などの気持ちは多々湧くけれど、全部ほどほど、がちょうどいい。
何に怯えることもなく、穏やかな時間が過ごせている。
なにより、心身が健康であることはすべてのパフォーマンスを上げる。これでいいのだ、と今のところは思っている。
娘はパパっ子である。
私は子どもとの遊び方がいまだにわからない。絵本の読み聞かせもかったるい。すぐにスマホやKindleを見てしまう。
だからなるべく、児童館等に連れ出して遊んでいるのだけど、自宅にいても楽しく過ごしてくれる夫にはかなわない。
もちろん彼は忙しいので、娘と過ごす時間が短い。だからこそできるのではないかと思いたいけれど、そんなことはないだろうとも思う。彼は娘と遊ぶのがほんとうにうまい。
それでも、寝るときや寝起き、入浴など、大事なところは私でないと嫌だと言ってくれていた。
しかしそれも、もう夫で大丈夫な様子。
楽になったはずなのに、とても切ない。
3年も経たずにこんな気持ちにさせられるとは。
来年、幼稚園に入園したらますます離れていく。小学校、中学校、どんどん離れていく。
だから私は娘を拠り所にしていてはいけない。
……となると仕事なのだけど、心血を注いでできることがあるとは、なかなか思えない。私はこの先、なにかに一生懸命になれるんだろうか。不安だ。