- 8月12日(月祝)連休なんてなにも休みではない
- 8月13日(月)整合性を求める男脳、ひたすら情緒の女脳
- 8月14日(水)子どもの絵に「うまいね!」は禁句だそうで
- 8月15日(木)すべては「スペステ」のために
- 8月16日(金)換気口の掃除、2歳の娘は見ていてくれた😭
- 8月17日(土)「スペステ」断念した1日
- 8月18日(日)信濃町の「民音」がすごいよかった
8月12日(月祝)連休なんてなにも休みではない
また夫が朝からリビングでずっとパソコン。
子どもの世話は手伝っているし、以前、自室で作業をしていたら「自室に閉じこもるとは何事か」と私が怒ったではないか、それに休みの日でもないと好きなことができないのだ、という言い分であった。
モヤーっとする。
自室に閉じこもられるのは確かに嫌だ。でもリビングならオールオッケーというわけじゃない。
しかし夫は、確かにかなり忙しい毎日を送っている。
休みの日でなければ趣味にも励めないだろう。
でも昨晩、スプラトゥーンに精を出していたような……。
私はそりゃ、ほとんど稼いでいない。
足掻いてはいるけれど、結局は専業主婦みたいなもんだ。
土日も祝日も家事をして当たり前だ、それが仕事だもの。
でもなんだろう、このモヤーっとした気持ち。
私は面倒くさい女なので、「モヤー」が始まると、終わる。
「そんなにご自分がやりたいことがあるならば集中してどうぞ!!」というヤケクソな気持ちになり、時間を決め、夫に自室で集中して作業してもらうことにした。
私の言い方も言い方だったので夫も面倒くさそうにしていた。
2歳半にもなった子どもの前で喧嘩なんてしてはいけないのに、モヤーが止まらない。
昼にはみんなでサイゼリヤに。サイゼリヤは裏切らない。
どういう社員&バイト研修しているんだろう。株主優待がなくなった今、株を買うべきか否か?
帰宅後、娘が日中全然動いていないのが気になり、水遊びできる公園に連れ出すことにした。
夫は100円ショップで買った材料で、おままごと用のコンロを作ると言って真剣である。ゆえに、彼は自宅に残していく。
夕方だけれど道中暑い。よそのお子さんとの距離の取り方がわからん(もともと子どもは得意ではない)。なんで来てしまったんだろう。
でも娘はすごくよろこんでくれて、笑顔はプライスレスであった。
(ところでプライスレスという表現に頼るのはババアの印でもある気がする。かつてマスターカードのCMがなければこんなに日常に溶け込んでいなかった言葉だろうな~)
夜中、娘が鼻詰まり発動。いびき、咳込み、泣いて起きる。寝相もめちゃくちゃ。
明日は一時保育の予約をしていたけれど、厳しいかもしれない。
娘の寝息が聞こえるたびに、気持ちが苦しくなっていく。
そもそもこの日、日中からくしゃみが多めで、母として嫌な予感がしていた。
それでも夕方、夫へのモヤーな気持ちが消えなくて、一緒にいたくなくて、水遊びに連れ出してしまった。
娘のためのようでいて、自分のための行動だった。私のせいだ。ごめん。
そして明日、一時保育を休ませるとなったら、私はまたひとり時間を確保できない。
デスクワークをなにも進められない。辛い。
本当にかわいそうなのは娘なのに、自分をかわいそうがっていて気持ち悪い。
いろんな罪悪感でどんどん目が冴えて眠れなくなり、暑いリビングルームで日記を書いたりして気を紛らせた。
でも泣き声が聞こえるたびに寝室に走る。
いろんなことが苦しい。
私は被害者ではなく加害者なのに、被害者の気持ちになっている。
キモいメンドイ大人げない。
8月13日(月)整合性を求める男脳、ひたすら情緒の女脳
朝、娘は鼻水が出るものの体温正常、機嫌も上々、食欲がやや落ちているようにも感じたが、保育園にも行くと言ってくれた。
初期対応が大事なので休ませたほうがいいかもしれない、と悩みつつ、午前中だけ託児させてもらうことにした。
午後は念のため、お盆もやっている耳鼻科に連れて行こう。
託児中の娘は鼻水が少し出るくらいで、いつも通りだったという。給食のカレーもちゃんと食べたらしい。
気にし過ぎだとは思うが、週末に予定がある(おかあさんといっしょのコンサート)ので耳鼻科にも行った。せっかくなので耳垢を取ってもらおう。
鼻水のせいで夜眠れない状態を防ぐための薬を処方してもらう。
よく寝てすぐ治ってくれたらよい。
保育園への送迎も、耳鼻科対応も、すべて自分がやると申し出たことではあるのだけれど、夫にねぎらってほしくて、でも夫からそれらしい言動がなくて(あったかもしれないけれど、記憶にない)、ここ数日で積み重ねていた「モヤー」が爆発。
相手にしてみれば理不尽なのはこちら(私)である。
男脳と女脳というのはトンデモ話かもしれないけれど、理系と文系という差もあいまってか、噛み合わない。
私は「モヤー」をうまく言語化できなかった。文系のくせに。
できたとしても前後の文脈であったり、なにをすれば解決する問題なのかといった「理路整然とした整理」ができない。
夫としては理屈がなにもわからないので手のうちようがないし、「手のうちようがない」という振る舞いをすれば私にまた泣かれるという負のスパイラル。
何をどうしてほしい、と簡単に言語化したり、ルール化できたりするものではないのだ。
ただ、わたしの気持ちに寄り添ってほしかった。しかし「どうやって?どういうふうに?」と問われると答えに窮してしまう。
こういう「モヤー」をうまく汲み取り、対応できる男性(性別を限ってはいけないが)というのが、モテてしまう男なのではないかと思う。
モテてしまう男が私なぞに振り向くわけがない。夫は決して器用な人ではないが、とてもいいひとで、やさしいひとである。尊敬するところもたくさんある。
そんな彼が私で良いと思ってくれたのだから御の字中の御の字なのだけれど、人の欲とは底知れないなあ。
気持ちの持っていき方がわからなくて、夫の前でワーワー泣いた。
夫はひたすら困っていたし面倒くさそうだった。
面倒くさい女を選んでしまったんだから付き合ってくれ。
一緒にいたくなくて、単身、どこかホテルに泊まってやろうかと探したが、都内はカプセルホテルでも高いんだなあ。スペインの観光地のように、観光客に水鉄砲を喰らわせたくなる気持ちがわかる。
それから、風邪っ引きの娘を置いていくのは忍びない。
少しでも気分転換しようと、ひとりでガストでビールを飲んで冷麺を食べてパンケーキを食べた。
前ならぺろりだったのに、冷麺を食べきったところで満腹になっていて怖い。
私、ひとりでタルト食べ放題に行って、でっかい6ピースをひとりで平らげてたってのに……
最近、「物書きを仕事にできる人は、メンタルの強い人」といった旨の投稿を見かけた。
そうか、どうりで私は物書きを仕事にできなかったわけだ、と思う。
なれないものに長いこと想いを馳せて、自らの適性という現実を受け入れて挫折した人たちの話を聞きたい。
味オンチなのに料理研究家になりたかった人とか……?
私は40手前で気付いたので、なかなか、心がえぐられる。
子どもを産んでいなかったら、いまでも「適正なし」という事実に目を背けて無駄なことをしていたかも。
だめだ、今日は切ない日。本当はひとりでダラーっとしたい。しかし子どもがいる。そういうわけにはいかない。
この酷暑、たったひとりの育てやすい子どもと暮らすだけでもしんどい。一人暮らし以外しんどい。
でも一人暮らしのころは心がしんどかったから、まあ、人間、みんなしんどいのだ。
8月14日(水)子どもの絵に「うまいね!」は禁句だそうで
幸い、耳鼻科で出してもらった薬が効いたようで、娘は就寝してから咳き込んで起きるようなことなく、大変よかった。
……と思ったら、明け方に発熱。38℃には至らない程度のものだったが、これでウイルスを殺してくれたならありがたい。
外は暑いし、起きてからは平熱になったものの不安があり、ずっと家で過ごすことに。
粘土、お絵描き、結局テレビ。
おかいつ関連の動画を観ると若干の吐き気がする。
期間限定でU-NEXTに入っているので、や団のライブ映像を観る。や団ライブはいつかぜひ行きたいな~
とか思っているとおかいつムービーを娘にせがまれ、いや、母ちゃんはこれが観たいんだ、いや、ゆういちろうだ、で娘とバトルになる。泣かれるので譲る羽目になる。
キャンペーンでAudibleに安く加入できているので、ずっと読みたかった『母という呪縛 娘という牢獄』聴く。
他人事のように聴いてはいけないと思った。私も呪縛を娘にかけてしまいそうである。学歴とかそういう問題ではない。
「私が好ましいと思う者」に強制的に導いてはだめなのだ。
某、アトリエ的なプレイスペース(有料)では、子どもが創作したものに対し「うまいね!」と声掛けしてはだめなんだそうだ。
「何を描いたの?」もダメらしい。「丁寧に描けているね」とか「きれいな色使いだね」とか、結果ではなくプロセスを、なおかつ具体的にほめてあげようということらしい。
しかしそうすると、NVC(Non Violent Communication)的には「ほめる」というのは暴力的なコミュニケーションであるとされているので、そもそも「ほめてあげよう」という提案自体がいかがなものか、となり……ワーーーーーーーーーーーーッわからん!
勝手に育ってくれ!子どもの自主性よ!
部屋の掃除もろくにできておらず、夫も忙しく、なにより暑すぎて外に出るだけで不快。イライラする😭
Kindle端末のスクリーンセーバー(?)にはおすすめ書籍のタイトルが表示されるようになっているのだけれど、いま出ているのが『夫がいても誰かを好きになっていいですか?』なる本だった。
誰かを好きになる気力も体力もないので羨ましくもある。
8月15日(木)すべては「スペステ」のために
娘はひどい鼻声ではあるものの、それほど鼻水が出るわけでもなく元気そう。
土曜日の「おかあさんといっしょ スペシャルステージ」のためには大事をとったほうがいいので、もともとこの日に予定していた一時保育はキャンセル済である。
さすがに自宅保育続きで親子ともに気持ちが参っていたので、朝一番ですみだ水族館に行き、ベビーカーでさーっと巡って(年パス会員ならではの立ち寄り方)、混む前に退出して買い出ししてから帰るつもりだったのだけど、夫も同行したので娘はうれしかったらしく、それなりに長居になってしまった。
病み上がりなので、本人はもちろんのこと、周囲に迷惑をかけてもいけないし、ソワソワ。
しかし明日も台風というし、自宅遊びになるからなあ……
8月16日(金)換気口の掃除、2歳の娘は見ていてくれた😭
台風。
ひるごはんは、あらかじめ購入しておいたつけ麺を茹でることにした。
暑くて火を使いたくないので、ホットクックの「麺をゆでる」機能を使用。
硬さをチェックするのが面倒くさく(料理嫌いは味見を面倒くさがる性質がある)、規定の分数だけ茹でたんだから大丈夫だろとザルにあけて水にさらしたものの、けっこう硬い。
私はバリカタも大好きなので気にならなかったが、夫は非常に不快そうであった。
「ホットクックでやっている時点できっとうまく仕上がらないだろうなと思った」とのこと。
「なんでもホットクックでやればいいという問題ではない。作り方が書いてあるんだから、それを見て、そのとおりに(鍋で)作ればいいだけ」
とのこと。
大変なら自分で作ったのに、とのことだったので、今後、麺系は二度と作るまいと思った。
というか夫の飯は今後もずっと作りたくない。私とは違うこだわりもあるし、私が料理嫌いなせいもあってかおいしいと言われることはほとんどない。
ならば好きなようにやってくれと思う。買い出しも自分でしてくれ。ただし片付けはちゃんと頼みます。
とはいえ夫には自由に使える時間があまりない。
養ってもらっている以上、炊事も「仕事」であろう。
料理が嫌いならば練習するなりなんなり、努力して尽くすのが筋なのだろう。
夫はそんなことは絶対に言わないけれど、時間という制約を踏まえると、そういうことになる。
考えるほど、嫌な気持ちになる。嫌な気持ちの自家発電。不毛~
午前中は元気にしていたのに、正午から娘が再度発熱。
やっぱり昨日も自宅保育にすべきだったか……?
15時ごろに38℃台、明日のために自宅保育をがんばったものの、無茶をさせてもいけないと思い、泣く泣く明日のおかいつコンサートを断念することにした。
チケットを発券してしまっていたため、引き取り手を探して友人に打診しまくる。
17時頃には39℃をマーク。
焦っていたら近所に住む友人が手を上げてくれて、本当に助かった。
近所に住む大好きな友人に行ってもらえるのは不幸中の幸い。
チケット代も無駄にならなかった。
しかしだな、行きもしないのにチケット情報を探して、手配して、予定調整して、チケット発券して、代わりに行く人を探して……どれだけの手間をかけたことだろう。
骨折り損のくたびれ儲け。
夫は骨を折ってもいないしくたびれてもいないけれど、出資者である。
お金を出せないものは労働で貢献するしかない。悔しい。
こんなにつらい思いをしたんだから、きっととんねるずのライブチケットは今度こそ当選しているだろう。18時に発表。
落選であった。
一気にいろんなことが嫌になってくる。
それでも、高熱にうなされていた娘がバッと起きて、換気口を指さして「かちゃ(母ちゃん)、やってたねえ」と言ってくれたときは泣きそうになった。
そう、台風で外出もできないので、換気口各所を掃除し、フィルターを貼り替えていたのだった。
夫に「きれいになっている」などと指摘されたことはない。
昔は感謝の言葉が欲しくてアピールしたことも、イライラしたこともあるけれど、「やってくれているのはわかっているし、ありがたいと思っている」という、責めようにも責められない返答だったので、「これは私の仕事なのだから、やって当然であって、褒められるためにやっているわけではない」と思うようにしていた。
それなのに、2歳の娘は気付いてくれていた。母の努力を見ていてくれた。うれしかった。
8月17日(土)「スペステ」断念した1日
朝6時半から娘すっかり元気。
とはいえ週明けからのことや、例の「熱なしコロナ」なども気がかりで、お盆休み明けのかかりつけ医へ。
結論、やっぱりただの風邪。
食欲こそいまいちなものの娘は元気そのもので、これならコンサートに行けたんじゃないか?と脳裏をよぎるが、この暑さ。
移動の電車や会場は寒いかもしれないし、無理は禁物、無理は禁物だ……
いろんなことが骨折り損………
先に楽しみな予定があるでもなし、気が滅入る。
1週間ずっと夫と長時間過ごしているのもあり、うんざり。常に他人がいるというのはストレスだ。私は自室もないし。
コワーキングスペースにでも行こうかと思ったけれど、暑すぎるので断念。
夫の書斎を1日借りることにした。
静かな空間にいられるだけで気持ちが落ち着く、が、リビングで夫に遭遇すると一気にもやっとした気持ちになる。
相手はもっと、そう思っているんだろうな。
離婚を突きつけられない事に感謝しなければ。
人は支え合うものだと金八は説くけれど、支えたり支えられたり面倒くさくて、人類補完計画は悪くない未来だったのだと思った。
考えること、「自分」であることを捨ててしまえばラクに生きられるのだろうけれど、自我というのはなかなかに、手強い。
8月18日(日)信濃町の「民音」がすごいよかった
夫は翌日から仕事再開。そのための準備が必要な日。しかも美容院の予約も取ったという。
すなわちお盆ウィーク最終日の日曜という、どこもかしこも混んでいそうな1日をワンオペで過ごさねばならない。
実家に日帰りで行くのがいちばんだと思っていたのだけれど、夫のテンションが下がっていたのでやめることにした。
以前「みいつけた!」でスイちゃんが訪問していた「民音音楽博物館」に行ってみることにした。
民族音楽の楽器が多数展示されており、触れられるらしい。
娘はこの回がたいそう好きで、プロテクトをかけて何度も何度も鑑賞している。
場所は信濃町、慶応大学病院と創価学会の街。日曜、絶対空いている。
ちなみに施設はどちらに所属しているかといえば後者である。外観のゴージャスさからも池田先生の香りが感じられた。
しかし、だからこそ、とてもやさしい空間だった。
そもそも入館料は無料で、けっこう貴重な楽器も展示されている。
ベビーカーで入館するやいなや、受付の守衛さんに「もし館内をお歩きになられるようでしたら、ベビーカーは預かれますよ」と声をかけていただき感激。
スタッフさんはみんな親切で、全員もれなくいいことがありますようにと願いたくなるくらいだった。
とくに1週間まるまる、娘の風邪やら夫のお盆休みやらで自宅という閉ざされた空間でイライラを募らせていたこともあり、本当に癒やされた。
展示スペースはそれほどの広さではなかったものの、ずらりと並ぶ古典ピアノや自動演奏ピアノ、巨大なオルゴールなど、音楽にはてんで興味がない私でも「ひとりで再訪したい」と思うくらいにはすばらしかった。
自動再演ピアノなるものには本当に感動。
娘もハンバーグ師匠でおなじみのビブラスラップを楽しんだり、世界の打楽器等をひたすら演奏(?)して、2時間くらいは滞在しただろうか。
貴重な楽器だろうに、惜しみなく「どうぞ触って、音を出してみて」と機会提供してくれるところが、自治体管轄ではない醍醐味というかなんというか。感動する。
1週間本当に疲れ切り、気のおけない大人と喋りたくてたまらなくなり、友人に「飲みに行けないか」と急にお誘い。ありがたいことに時間を作ってくれて、飲み食いした。
久々においしいものを食べたなあと思う。なにより浄化された。
地に足つけてがんばっている人の話を酒とともに聴くと、元気になれるなあ。
