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閃光のハサウェイ キルケーの魔女

真面目に悩む作品なのだと思う。以下ネタバレを含む。




















バトル物の作品で主人公がテロリストの立場の作品は珍しくない。大抵の作品においては世界がすでに悪が支配的になっており、それに対して立ち向かうのが主人公になるのは普通である。

それが正義の反乱軍なのかテロリストなのかは評価する立場によって変わる。中国からすれば民主化運動はテロリストでしかない。そんなことは当たり前だし、その程度の前提は踏まえるのが現代ではアニメさえ当たり前である。


それでもエンターテイメントの"物語"として扱うには主人公の組織はやはり正義の側でないと成立させるのが難しい。最近でテロリストの側の映画としてワン・バトル・アフター・アナザーがあったが、この映画でも主人公の組織は非人道的な移民排除に対して移民の人権を守るという明らかな正義があった。

本作のマフティーにももちろん正義の側面はある。地球連邦軍の高官の特権やマンハンターの非道ぶり等も十分描かれており、そこに対する抵抗という側面はある。あるのだけれど、それに対するノイズが多すぎるのだ。そのノイズの多さはは明らかに意図的なもののように思う。


まずマフティーが何を目的としているのかがわかりにくい。今回の目的は閣僚会議の妨害である。誰かを救うといったわかりやすい正義はなく、連邦政府の高官は悪だから妨害すべきであるという論理である。テロ以外の何物でもない。

途中においてもマフティが明確に何かを救うような描写がされることはない。彼らがやるのは諜報戦と、問題の事後処理と、戦闘だけだ。目的は正しいのかもしれないが、結局彼らは何も解決していない。ただ敵も味方も死者が増えるだけだ。


ハサウェイは組織の指導者として強い自覚を持ちながらも、ギギのことが忘れられずにケリアとの関係を破綻させてしまう。組織のことを考えるなら同じ志を持つケリアとの関係を維持した方がいいことはわかりきっている。

本作で力が入っている演出にギギの香港での愛人としてのホテル生活パートがある。この意図としてはギギは結局のところハサウェイが忌避すべき特権階級のシステムによって生かされているということだと思う。

だからハサウェイがギギを選ぶことは自己の正義とは明らかに矛盾する。だからハサウェイは悩む。肉欲だからというだけではなく、自己の正義だけを存在意義としているからこそ、その正義が肉欲に脅かされることに悩む。

ラストもハッピーエンドに見えなくもないが、結局は特権階級の気まぐれに動かされているに過ぎない。そしてその気まぐれは予知能力という現実の力を持つのだ。これにより正義は意味を失う。


そしてもう一つ、ハサウェイが特権階級を忌避しながらその恩恵に依存している部分がある。それはΞガンダムだ。

本作でマフティ以外の反乱軍組織が出てくるが、彼らはMSによって虐殺され、MS自体が抑圧と特権階級の象徴である。だから彼らには「MSの中から見下ろす連中」扱いされる。

そうすると本作でのもう一つの力の入っている演出である戦闘シーンが別の観方で見えてくる。MSの戦闘シーンが全体のリアリティのトーンと比べて造形的にも演出的にも浮いてみえるのは予告の時点から気になっていた。

しかしそれは結局のところギギのホテル生活と同じ、特権階級同士のお遊びに過ぎないのではという見方もできるのだ。

もちろん特にMSについてはそれを言ってもガンダムだから仕方ないというのも事実だろう。しかし本作はストレートに移民排除や特権階級に対する反乱を扱っており、市民や虐待の描写が丁寧であるからこそその問題からは逃げられない。

だからこそ逆にそのガンダムのリアリティの欠如自体に批判的意味を持たせ、その矛盾に物語の主人公が真面目に悩むというのが本作の面白いところではないだろうか。




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