東京国立近代美術館が全力を出した戦争記録画がメインの展覧会。今回見ないと次はないかも。
美術にある程度詳しい人であれば戦争画については知っているだろうし、それが東京国立近代美術館の常設展の1セクションになっているのも知っていると思う。戦争と絵画を扱う展覧会においてはその文脈で展示されることもあり、現代においてはタブーというわけではない。
それでもやはりそれを国立の美術館で中心テーマとして展覧会を開くのはかなりセンシティブなようだ。本展もタイトルを観ただけでは戦争を扱っていることにすら気が付かない。自分も気が付いていなかった。
そもそも戦後の戦争記録画を巡る経緯自体を今回初めて知った。戦争記録画は戦後アメリカに接収され、現在も返還されたわけではなく、無期限貸与という位置づけらしい。
本展の構成は日中戦争から太平洋戦争、戦後のベトナム反戦運動までを絵画とポスターや書籍等のメディアで追っていく。当然絵画の層の厚さは圧巻だ。有名な藤田嗣治の戦争画も全部観られる。公式サイトの作品リストを見ればその凄さがわかるだろう。
実際に観てみると日中戦争の頃はまだ素朴に戦意高揚を煽る感じだったが、戦争が進めば進むほど絵画にも悲壮感が漂うのがわかる。もちろん当時の軍部の検閲を公式に受けたものだから、現実を知る軍部もそれを否定できなかったということだろう。
個人的に気になったのは爆撃する戦闘機を斜め上から観たものだ。フィクションでも戦闘機は多く観ているはずが、珍しい構図に感じた。考えてみるとフィクションではほとんど戦闘機同士の空中戦だ。「爆撃」は現実に今でも起きているが、これをエンターテイメントとして描くことは今ではありえない。
これらの戦闘機の絵を見るとどうしても宮崎駿監督を思い出してしまう。戦闘機に対する憧れと戦争忌避の二律相反する感情がいずれも強く刻まれるのも、子供のころにこの文化があれば理解はできる。1941年生まれなので影響はないかもしれないけど。
これだけ多様な作家の作品が揃っても、やはり藤田嗣治の作品は頭一つ抜けている気がする。圧倒的にうますぎるのだ。向井潤吉は戦後ののどかな田舎の作品を知っているだけに気になった。それは転向の結果なのだと知ると観方が変わってくる。猪熊弦一郎は一人だけ現代作家がいるのかと思ったら1941年の作品だった。時代を超越しすぎだろ。
戦後の作品でも原爆の図は今回初めて観た。非常に強い印象だったのが、1974年にラジオで原爆について体験した絵を一般公募した企画の絵の数々で、文字でも説明されているだけに現実がわかりやすい。
東京国立近代美術館以外ではできない展覧会。今だからこそ観るべきだし、今しか見られない可能性が高い展覧会だと思う。