絵を描くのは楽しくはない
先日友人と話していて"絵を描くのは楽しくはない。でも上達はしたいからやってる"と言ったら非常に驚かれたんですよね。自分はむしろ驚かれるほうが意外だったのだけれど。
自分は生産的活動で上達を目的にすることは、一定レベルを超えるとすべて苦痛になる思っています。楽しいことなどない。だからその点は割り切っている。
継続的にすることができることは3種類しかないと思うんですよね。3の"自分にとって"は重要で、他人から評価されることではないのが重要です。"他人から評価されること"はお金になるので2になるのではと思います。
1. 楽しいこと
2. お金になること
3. 自分にとって価値があること
自分にとっては"絵を描くこと"は3なので継続している感じですね。"絵を描くことが楽しい"という人はうらやましい。
1の"楽しいこと"は、平日の夜とか休日の午後に好んでやりたいことではないかと思うんですよ。自分にとってはそれにあたるのは消費活動しかないですね。アニメ観たり、日本庭園に行ったりするのは楽しいですけど、それは消費でしかない。
なにか生産的な趣味を持つべき的な意識があって、いろいろやったけど楽しいものは一つもなかった。だからせめて自分にとって価値のあることをやろうかと思っています。
描きたいから描いている
とはいえ絵を描くことは"楽しい"ではないけど"面白い"とは思います。"Fun"ではないけど"Interesting"ではある。
自分は学生の頃は全く絵に興味はなく、オタク趣味はあったけどイラストなんか全く描かなかった。それが美術を見るのが30代で趣味になった。アニメをよく観るようになったのは40代から。イラストを描くのは50近くになってからです。
自分で絵を描くようになると、確かに美術の見方は少し変わりました。単純に観る側として観ていると「こんな絵を描いても全く評価されないのになんで描いているだろう」と思うんですよ。でも自分が描く側になると「描きたかったんだろうな」と単純に思えるようになった。
芸術的な価値など気にしない
絵は描く人があまりいないと思うのですが、写真で考えてみるとわかります。写真は今撮らない人はいないですよね。写真自体もたくさんメディアで観ているので、「芸術的に価値のある写真」というのがどういうものかはわかると思います。
でもほとんどの人は「芸術的に価値のある写真」なんか撮ろうとしないですよ。定番のものを定番の位置から撮って、凡庸で誰が撮っても同じ写真になるものしか撮らない。メディアにある写真と「似たものが撮れた」ことに満足します。そんなことは芸術的には全く無意味なことでしかない。
理由は単純で、既存のものと異なるもので評価されるのはものすごくハードルが高いんですよ。たまたまセンスで乗り越える天才もいるけど、努力で超えるのは大変です。作品だけでなくそのプロモーションなどもかなり頑張らないといけない。
オリジナルの難しさ
イラストで言うとやはり二次創作とオリジナルの差がそこなのかと思います。自分はずっと二次創作イラストを描いてきて、最近ちょっとだけオリジナルで描いてわかったことは、オリジナルは難しいなという当たり前のことです。二次創作の楽な点は3つあると思うんですよ。
1. 設定が原作で決まっている
2. 原作への愛が描くモチベーションになる
3. 原作のファンからは絵の良し悪しに関わらず評価される
オリジナルはこの3つがマジで全くないですからね。とにかく全部自分で決めないといけないし、資料も集めないといけない。描くモチベーションの維持も難しく「俺は何が描きたいのか」とかまさか自分が悩むとは思わなかった。評価はものすごく基礎技術が高いとか、他の点ですでに評価されてるとかないと難しいと思いますね。
これは二次創作は楽という話でもないです。人体や服や背景を描く能力自体は二次創作でも必要なことは変わらないです。あとオリジナルとは違って元の絵と似せる能力が必要になります。ただ相対的にはオリジナルのほうが難しいと思います。
じゃあなんでオリジナルを描いたのかというと、単純に憧れ的な意味はあります。また自分は原作絶対主義者なので、二次創作する場合も原作にない設定にしたくないんですよ。あとキャラは大きくしたいですよね。そうすると結構描けるものの幅が限定される。そこがオリジナルだと自由なのはあります。