ルックバックは確かに物語としては良くできていると思う。その一方で自分としてはどうしても違和感が拭えない部分があった。それは自分がきらら民なので京本を主人公として観ているからだと思う。ラストのネタバレを含まないと書けないので一旦改行する。
自分は本作をWebで漫画で読んだ時は全くピンと来なかったので正直興味もなかったのだが、友人が観るということでまあ観てもいいか的なレベルの興味だった。少なくとも漫画で読んだ時よりは、この話が何をしたい話なのかは理解できたと思う。
やはり秀逸なのは京本の死の後の四コマを利用した回想シーンだと思う。このもしかして転生ものなのではないか的な期待すらさせたうえで、現実を突きつける展開は確かに秀逸だと思う。創作を巡るメタ的な話としてもよくできている。
これこそがやりたいことで、そのためには京本の死は絶対に必要だった。それを理解した上で、それでも京本は物語に殺されたのだという寂しい感覚が違和感としてあった。
理由は自分がきらら民でジャンプ民ではないからではないかと思った。自分は京本を見て最初に思ったのは、京本はぼっち・ざ・ろっくのぼっちちゃんなんだなということだ。漫画ならこみっくがーるずのかおす先生でもいい。
きらら視点においては京本こそが主人公であり、藤野は憧れの先輩ポジションなのだ。だから二人が漫画家として成長する過程が京本の視点で進む。最大のクライマックスは京本が美大のため自立を選ぶ部分で、そこでこの物語は一旦終わるのだ。
その視点において、京本の理不尽な死は藤野の物語のためのイベントでしかない。そして京本を殺した犯人の人生というのも無視できないものになる。もちろんそれは描かれることはないが、京本がむしろ犯人になる人生もあったのではないか。自分にとっての関心はむしろそこにある。
この感覚はジャンプ民にはわからないのではないだろうか。良い悪いというわけではない。それは人生の違いなのだ。