『日本語組版入門 その構造とアルゴリズム』を読んでみたので、その感想とか。
どんな本か
前書きに
日本語組版の考え方や手順は、“アルゴリズム”あるいは“プロトコル”として捉えることができます。 (中略) 本書では日本語組版の考え方、問題解決の手順とその根拠を定式化しようという発想から(省略)書名を『日本語組版入門 その構造とアルゴリズム』としました。(表記は一部修正)
とあるように、日本語組版においてどのように組んだらいいかをアルゴリズムとして整理しようという本。
・・・なんだけど、その目論見はまったく果たせてなくて、酷い本だった。
そもそもアルゴリズムとかいうレベルになってないし(本文にアルゴリズムの話は一切出てこない)、言葉の定義すらまともにできてなく、一冊の本としてもストーリーが全然まとまってない。 大学生のレポートだとしても可をあげられるか怪しいレベル。 よくこんな本を出せたなぁ・・・
著者に組版の技術がないとは思わないけど、その技術を言語化したり、内容を論理的に整理する部分については、ちょっと力不足だったんじゃないかなぁ。 編集がそのあたりサポートできたらよかったんだろうけど。
何がよくなかったか
具体的にどんなところが悪かったのかの例を出してみたい。
記述が論理的でない
この本ではいきなり「1章 日本語表記の特徴」というのから始まる。 そこでは「レター(letter)」や「キャラクター(character)」、それに「文字体系(script)」「表記体系(writing system)」があるとし、これは「表記体系 > 文字体系 > レター > キャラクター」という階層構造をなすといった説明がある。
ただ、この階層構造の説明はおそらく間違いで、正しくは「表記体系 > 文字体系 > キャラクター > レター」のはず。 というのも、この階層構造の意味するところは、「下位の構造だけでは定まらないものがあり、追加の要素によって上位が定まる」というもののはずだから。
たとえば、同じ文字を使っていても、違う言語だったりすることがある。 なので、「どんな文字を使うか」という「文字体系」に「どう文字を使うか」という正書法を組み合わせて「表記体系」になるので、「表記体系 > 文字体系」になる、と。
ここで「レター」と「キャラクター」の説明は「音を表す記号であるアルファベットのような音素文字/短音文字をレターという」「それ以外の文字記号をキャラクターと区別することがある」となっていて、さらに注釈として「Aとaは別キャラクター(大文字・小文字)ですが、同じレターです」と書かれている。
なので、「音素としての文字」である「レター」に「大文字か小文字か」という要素を組み合わせた(さらに記号とかも含めた)のが「キャラクター」なので、「キャラクター > レター」というのが論理的には妥当。 (さらにキャラクターの取捨選択をどうするかという構造が加わったものが「文字体系」なので「文字体系 > キャラクター」となる)
これは論理的に考えていけば導き出されることだし、本来その説明があって然るべきだけど、まったく説明がない。 そもそも、レターやキャラクターの定義として与えられている説明では、Aとaが別キャラクターになることの説明として不十分で、読者にその理由を推察させる必要が出てる。
こういう箇所は他にもあって、たとえば行の揃えに関して「均等揃え」と「両端揃え」が出ているんだけど、その違いがまったく分からない。
均等配置<均等揃え>:行の最初の文字を行頭の位置に合わせ、決められた指定行長に満たないときは、分割可能な文字間のアキ量を均等に空け、あるいは、字詰め可能なアキ部分を詰め、指定行長より短い場合は、行末側を空ける。本文組版では、均等配置が標準になる
均等割り<両端揃え>:指定行長に満たないときは、分割可能な文字間のアキ量を均等に空け、指定行長に揃うように文字配置を調整する揃え方。<字ドリ>は均等割りと同じ考え方をする
というか、あらためて見ると「指定行長に満たないとき」と「指定行長より短い場合は」って同じ条件だよな・・・酷い説明だ。 p.55には図もあるんだけど、違いがなんなのかさっぱり分からない。
おそらくだけど、両者の違いは段落の最終行の扱いで、均等揃えは必要以上に伸ばさず、両端揃えは最終行も伸ばすのだと思う。 ただ、そんな説明はどこにも書いてないし、分からない。
あとは「分離禁止」と「分割禁止」とかもあるけど、これも「分離禁止であって分割禁止ではない」とか「分割禁止であって分離禁止ではない」という例が出てこないと、同じものにしかならなくて言葉を分ける意味がないとなるんだけど、その説明がなかったり。 こういうのは数学的な訓練を受けてないとなかなか難しいのかなぁ・・・
説明にストーリーがない
で、話は戻って表記体系や文字体系の話。
こんな細かい話が出てくるということは、それに伴って組版の手順を変える要素が出てくるんだろうというのが普通の感覚。 なんだけど、そんな話は一切出てこない。
つまり、表記体系や文字体系の話は、ただ書きたいから書かれてるだけで、本筋にはまったく関係ない。 これだけ悶々と考えさせといて、それかよっていうね。
大学のレポートとかでも、ネットで調べた情報がつぎはぎされてるだけで、内容を咀嚼し、必要なものだけを取捨選択して、論理立てて記述するということができてないものがあるけど、ホントにそのレベル。 説明に必要な情報だけを論理立てて順番に書いていくということができてないので、余計な情報が多く、一冊を通して整合性の取れた記述ができてるかもかなり怪しい。
実務に使えない
そんなこともあって、いろんなことがカタログ的に書かれている場合もあり、どれを使うべきなのかの指針がまったくない。 アルゴリズムとして知識を体系的に落とし込めているものでもなく、断片的な知識が散りばめられているだけなので、これで組めと言われても困るだけでしょ。
知識をまとめる本としても、実務に使うためのテクニカルな本としてもダメなら、この本ってなんのためにあるんだか。 そう思われてしまっても仕方ない本としかいいようがなく、とても残念だった。
組版の要素をカバーしきれてない
さらに言うなら、この本では箇条書きや表組み、図に関する説明がまったくない。 本文で使ってないならそれもまだ許せるけど、少しとはいえ使ってるから、それで言及してないのはちょっとという感じがある。
あとは柱とかノンブルの説明もないし、なんかいろいろ抜け漏れている感じがある。 「入門だから」という言い訳はあるかもだけど、ちょっとそういうのも含めて、もっと構成をちゃんと練ってほしかった。
今日はここまで!