
1564年(永禄7年)に竹中半兵衛が起こした稲葉山城乗っ取り事件。
斎藤龍興が城主である稲葉山城をわずか16人の手勢で一時占拠。
城は龍興に返し、半兵衛が閑居していた場所が岐阜県垂井町栗原にあるということで行って来ました。
車は象鼻山古墳の駐車場へ。
象鼻山古墳に行ったことがない方はぜひ。

県道を北に向かって歩きます。
大型トラックがたくさん走るのでご注意を。
遠くに見えているのが菩提山でしょうか。

象鼻山古墳の駐車場から15分ほど歩くと分岐点。
“竹中半兵衛閑居の地”と記されてます。
分岐点から徒歩30分。
車で走ってると気づかない看板。

まっすぐ行くと山麓の長宗我部盛親陣跡がありました。
西軍として6000人の兵が布陣するも戦わず。
南宮山の毛利、吉川も動きませんでした。
半兵衛閑居の地は左側へ。

入口に柵がありました。
季節によっては熊との合戦があるかも。

がっつり登山。
思ったよりは歩きやすい道でした。
励ましの言葉。

九十九坊記念塔。
昔は栗原山の中腹および山麓一帯に「九十九坊」と称する百余坊の寺院があったそうです。

麓から30分ほどで長宗我部盛親陣跡。
この辺りが栗原城跡であり、竹中半兵衛閑居の地をされます。

静かで落ち着いた雰囲気の場所。
戦好きの半兵衛。
ここで半兵衛は「孫氏の兵法」を学んでいたのかもしれません。
「豊臣兄弟!」で藤吉郎らが訪れてきたとされる場所。

“決戦当日は毛利秀元ら諸隊とともに南宮山に布陣したが、東軍へ内通した吉川広家に拒まれ参戦できず、西軍の敗色を見て戦わずして帰国した。”
関ヶ原の戦いの時の西軍の内情が分かる解説。

一瞬、菩提山に通じる抜け道かと思いました。
仏様が祀られてました。

「日本武尊眺望の地」と書かれてました。
岐阜城(稲葉山城)も見えました。
半兵衛は城主の龍興のことをどう思っていたのか。

せっかくなので栗原山の山頂まで登ってみました。

半兵衛閑居の地からさらに20分。
樹木に覆われた栗原山の山頂(235n)
三角点がありました。
麓から1時間弱。
軽登山を楽しみつつ、栗原に伝わる歴史を知ることができました。
知られざる半兵衛スポット。
「豊臣兄弟!」を見ている方は訪れてみては。
帰りは尾根づたいに象鼻山古墳の方へ行こうと思ったのですが、道がよく分からなかったので止めました。

【今回の所要時間】2時間
栗原地区まちづくりセンターの駐車場が利用可能なようです。
登山口までこちらの方が近いし安全。
(栗原地区まちづくり協議会のインスタアカウント)
栗原地区まちづくりセンターに竹中半兵衛の顔ハメが設置されたようです。
栗原山をバックにレアな顔ハメ。