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ナボコフ・エッセイ集(仮) ②

前回のエントリの補足です。



・エッセイ集を(仮)としたのは、収録する作品のほとんどが(少なくとも普通の意味で)「エッセイ」ではないからです。だから、ここだけの話、あんまりタイトルは「エッセイ集」にしたくないのです。



・ここで言う「エッセイ」はインタヴュー以外のあらゆる文章を含めます。実はインタヴューもナボコフはおもしろいのですが、今回は入れることができませんでした。「エッセイ集(仮)」が売れれば出してもらえるかもしれないので、関心がおありの方はご購入ください。そのときは「エッセイ集」同様、露英仏のトリリンガル独自編集にします(まあ、私の出す本はまったく売れないので望み薄ですが)。




・「あらゆる文章」、というとどういうものかというと、たとえばMan from USSRにおさめられた二本の演劇講義とか、



翻訳研究の分野では古典になったナボコフによる翻訳論とかもはいりますので、「ナボコフの文学講義」の「補講」としても読めます。





蝶の採集記なんかもはいります。





あとは書評、ボクシングのレポート、追悼文や自分の翻訳への序文やあとがき、語学の学び方、ボツ原稿などもはいってきます。



・執筆時期としては最初期の1920年代のものから、晩年の1970年代のものまでいれますので、通して読めば一種の「自伝」としても読めます(『記憶よ、語れ』は前半生しかないので、ある意味フルの自伝です)。




ナボコフの「エッセイ」としてはしごく有名なものから、生前は未発表で、近年になって(去年とかそういうレベル)研究者がアーカイヴから発掘したものまではいってきます(そのほとんどはロシア語でも英語でもまとめられていません)。その意味では最新のナボコフ研究の知見を組み込んだものになるでしょう(なかには研究者もほとんど見たことがないレアな文献も入ります)。



・それぞれのエッセイに解説・注を充実させようと思っています。この辺はページ数との兼ね合いで出版社と要交渉でしょうが……。



ナボコフのエッセイとしてはすでに『文学講義』シリーズに何本か収録されていますが、もちろん「かぶり」は一本もありません。『記憶よ、語れ』ともかぶりはありませんので、ナボコフの書いたものはすべてもっているというマニアの方もご安心ください。



いまのところ言えるのはこのあたりでしょうか。




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