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アジア保全生態学センター設立記念シンポジウム終了

センター設立を構想してからほぼ10年。多くの方々のご協力を得て、昨日、その夢をかなえることができました。このセンターをさらに育てていくために、精いっぱい頑張りたいと思います。
プロジェクト予算にもとづくセンターなので、存続のためにはプロジェクト予算を取り続ける必要があります。当面は、5年間のプロジェクト予算があります。グローバルCOEが終わる3年後に、新たなプロジェクト予算をとって、私の定年まで(あと10年弱)は続けられるようにするつもりです。変化の激しい時代ですから、「アジア保全生態学」というコンセプトのセンターは、私の定年まで続けられれば十分だと考えています。その後は、次の世代の方々が、新たな理念の下に予算をとって、新たなセンターを構築されればよいでしょう。ただし、「アジア保全生態学センター」の成果をさらに発展させて、次の時代が作れるように、九州大学の中での条件整備をするつもりです。具体的には、伊都キャンパスでのセンター施設を確保すること、および九州大学の中での位置付けを高めることです。
また、センターの発展、アジア保全生態学の発展にとって何よりも大事なのは、次の世代がしっかりと育っていくことです。この考えにもとづき、今回の記念シンポジウムでは、3人の記念講演に加えて、4名の若手+1名の中堅による講演を行いました。またパネルディスカッションにも、若手・中堅に加わってもらいました。結果として、若い世代が中心になってもりあげていくセンターだというメッセージを参加者の方々に伝えることができたように思います。何人もの方から、若手の講演が良かったというコメントをいただきました。
有川総長は挨拶の中で、「生物多様性オフセット」という言葉を使いながら、伊都キャンパス生物多様性保全事業にふれてくださいました。有川総長には、矢田先生の後任として新キャンパス担当副学長に就任されて以来、伊都キャンパス生物多様性保全事業をご支援いただきました。いつだったか、「ふつうの人間が考えつかない発想で保全事業に取り組んだ点が理学らしくて良い」という趣旨のコメントをいただいたことがあります。これはまさに私が意図したことでした。1999年当時、新キャンパス生物多様性保全事業で「生物種を消失させない」「森林面積を減らさない」という目標を掲げましたが、当時としては無理難題だったと思います。「生物多様性オフセット」「ノーネットロス」という考え方が国際的に広く注目されるようになったのは、Kerry ten Kateらが、”Biodiversity offsets: views, experience, and the business case”というIUCNレポート(2004)をまとめてからだと思います。もちろんその考え方の原型はより以前からあり、合衆国のウェットランド保護政策における代償ミチゲーションはその例です。しかし、代償ミチゲーション事業では、事業用地外での代償措置がとられるのが通例でした。九大伊都キャンパス生物多様性保全事業では、事業用地内で「ノーネットロス」実現をめざした点、および森林やウェットランドに限定せずに、「全種保全」「全生態系保全」をめざした点で、従来のミチゲーション事業の発想を大きくこえるものでした。この事業の成果を評価し、技術体系として発展させることが、新センターに課せられた使命のひとつだと考えています。
渡辺綱環境省自然環境局長には、COP10の成果と今後の課題をとてもわかりやすく紹介していただきました。個人的には、東日本大震災陸中海岸国立公園をはじめとする多くの自然公園が大きな被害を受けており、その復興が大きな課題だというお話が印象に残りました。復興との関わりでは、高台での新しい街づくりと環境保全とのバランスをどう実現するかという点が気になっていましたが、自然公園の復興という課題にも、保全生態学者が真剣に取り組む必要があります。
立本成文総合地球環境研究所長の講演タイトルは「ヘテラーキーなコミュニタス」という意表をつくものでした。意表をつくことを意図してこのタイトルを考えられたようです。いかにも京大的であり、出身者として、その雰囲気を懐かしく感じました。私なりに意訳すると「いろんな役者がにぎやかに物語を作っていくチーム」が大切だということかと思います。ちょっと意訳しすぎかもしれません。これは私の理想ですから。立本所長はまた、パネルディスカッションで、「自然共生社会」を実現することという目標と、「アジア保全生態学」という手段を取り違えないように、という注文もつけてくださいました。科学者は研究論文を書いてナンボの商売という面があります。このため、研究成果を出すことが自己目的化しやすい。しかし、「自然共生社会を拓く」という目標を掲げる以上、それが最終目標であるということを忘れてはいけません。
松田裕之さんは、私と一緒にミナミマグロや植物レッドリストの仕事をすることになったエピソードや、知床世界自然遺産での取り組みなどの紹介を通じて、保全生態学から生態リスク学への展開をわかりやすく説明してくださいました。ミナミマグロの問題について相談を持ちかけたころは、よもや松田さんがここまで現場に関わる研究者として活躍してくださるとは想像していませんでした。松田さんが九大助教授時代にされた仕事は、数理生物学の中でもきわめて基礎的で、いわば「純文学」にたとえられるものでした。しかし、その後の保全生態学者としての活躍では、徹底した現場重視の姿勢を貫かれました。また、「合意形成の科学」を提唱し、社会科学者との連携を育てながら、新しい分野を開拓してこられました。松田さんとの共同研究は、センターの今後のプロジェクトにも引き継がれます。
若手・中堅の発表のあと、約1時間のパネルディスカッションを持ちました。会場から集めた「質問票」への回答が一巡した段階でなお30分以上の時間がありましたが、パネラーに発言を求める前の私の「つなぎ」の発言を少し長めにして、解説を加えながら議論を進めた結果、さほど時間をもてあますことはありませんでした。録画をしたはずなので、せめてパネルディスカッションだけでも動画配信できないかと考えています。
パネルディスカッションは、大学院生に対する私のメッセージでしめさせていただきました。それは、何かひとつの分野でまずしっかりとプロになってほしいということ、それに加えて二足のわらじをはく能力を身につけてほしいということの二点です。まず、プロになることが大事です。私は学際的教育と称して、どの分野についても中途半端な人材を作るべきではないと考えています。しかし、ひとつの専門分野を深く学ぶだけでは、さまざまな現実の課題を解決することはできません。プロになることと、現場の課題への対応力を身につけること、これからの時代の大学院生には、ぜひこの両方をこなしてほしいと願っています。

レセプションでは、安浦寛人理事、荒殿誠理学研究院長、吉村淳一農学研究院長にご挨拶をいただきました。乾杯の前の挨拶は儀礼的な場合が多いのですが、3名のご挨拶はとても面白く、時間がたつのを忘れて、参加者は挨拶に聞き入りました。乾杯となったのは、開会後20分ほど経ってからでした。
安浦先生とは、九州大学総力セミナーという東京で開かれた企画で、一緒に講演をさせていただいたことがあります。そのときのお話がとても印象深かったので、今回ぜひご挨拶をと、お願いしました。九州大学総力セミナーでの安浦先生の講演は、以下のサイトで見ることができます。
http://www.youtube.com/watch?v=WaBgTEiF9XU
この講演の中ほど(15分あたり)から、夜には照明もないバングラデシュの田舎で、インターネットを使うために、10kmも離れたところから利用者が来るという話に始まり、金庫も通信回線もないところで800万人近い会員に銀行業務を展開しているグラミン銀行の取り組みの紹介、それをサポートするための電子通帳システムの紹介があります。発展途上国でのソーシャルビジネスに興味のある方は、ぜひご参照ください。まとめのスライドには、「単なる技術開発だけでなく、その先にある社会の未来像を共有することが大切」「技術は、人類を幸福にするためにある。企業活動や産業的な成功は、そのための手段にすぎない」と書かれています。私は安浦先生のこの主張に心を打たれました。
安浦先生の挨拶は、アジアが生物多様性だけでなく、言語の多様性に富む地域であること、しかも、多文字言語を使っているという指摘から始まりました。とくに日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字を使っており、文字構造が複雑です。このため、まだコンピュータのメモリーも小さく、演算速度がごく限られていた時代に、ワープロが世界に登場したとき、日本語ワープロを作るということは絶望的に困難だと思われました。そこで当時は、ひらがな、カタカナ、漢字をやめてローマ字を使ってはどうかという議論が真剣に交わされたそうです。しかし、技術に文化をあわせるのではなく、文化に技術をあわせることが必要だという発想で、日本語ワープロの開発に取り組み、日本はそれを実現しました。その結果、日本語ワープロの技術を学ぶために、アジア諸国から多くの情報技術者が日本を訪問するようになったとのこと。保全生態学にとっても学ぶところが多い、とても示唆に富んだ話でした。
荒殿先生は、私を見ていると、保全生態学という分野はとても楽しい分野のようだ、忙しい、忙しいといいながら、バックパックをかかえてフィールドに出かけているし、COP10のときにも、名古屋と九大を往復しながらも、とても楽しそうにしていた、センターの活動が今後も楽しく発展していくことを願っている、という趣旨の挨拶をしてくださいました。私は、私の講演(センター紹介)を、「楽しくやりたい」というメッセージで締めくくりました。それを受けてのご挨拶をいただいたおかげで、「楽しい」というキーワードでシンポジウムとレセプションがつながりました。調査に出かけるたびに、森林や湿地、河岸植生が消えていくという現実には厳しいものがありますが、悲観的になってみても物事は何も解決しません。私は大学時代に大学生協の活動に関わる機会がありましたが、そこで学んだことは、楽しい活動をすることが大事だということです。楽しくない活動をしていては、活動の輪はひろがりません。それ以後私は、何事につけ、まず自分自身が楽しいかどうか、次に、周囲も楽しいかどうかを、やるべき課題かどうかの重要な判断材料にしています。自分が楽しめない課題は、周囲も楽しめるはずがない。私が楽しくても、周囲はそうではないということはあります。しかし、その場合には、楽しさを伝える方法がきっとあるのです。
吉村先生からは、センターのスタッフに生きもの好きが多いこと、好きな生きものを追いかけ、生きものを熟知している教員が学内にいるということが、九州大学にとってはとても貴重なことだ、また「アジア保全生態学センター」という名前のセンターができたことで、この名前にひかれて九大に来る学生がきっといるだろう、そういう学生が集まることを期待している、というご挨拶をいただきました。実際に、会場には生きもの好きの新入生もいました。生きもの好きの1年生が「アジア保全生態学センター」設立記念シンポに出席し、レセプションにも顔を出したというところが、九大らしいと思います。このような雰囲気がある大学は、北大・京大と九大だと思いますが、この中で九大は、もっともフィールドに恵まれています。九州には対馬から西表におよぶすばらしい自然環境の勾配がありますし、その先に少し足をのばせば、韓国があり、台湾があります。上海、マニラ、ハノイバンコクなどに福岡空港から直行便があります。そのような九大の地の利を生かしたセンターとして、「アジア保全生態学センター」の活動を発展させていきたいと思います。
最後に、センター設立までにさまざまな局面でご協力を得た多くの方々、シンポジウムの準備や当日の運営にご尽力いただいた学術研究推進部、理学部等事務部など事務スタッフの方々、GCOEスタッフ・RAのみなさん、そして記念シンポジウムにご参加いただいた186約150名の方々に、あらためてお礼をもうしあげます。




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