紀元前の弥生時代に繁栄した #三島のクニ(大阪府茨木市~高槻市)について2024年8月に何回か紹介しましたが、1本のyotube動画にまとめました。 よかったらご覧ください。今回はAI音声を挿入しております👍
目次
本文
玉櫛姫と事代主の婚姻(yotube動画)
動画の説明
茨木市文化財資料館は、阪急南茨木駅から東に徒歩5分。 縄文時代から続き、弥生時代に発展した東奈良遺跡の中心にあります。

東奈良遺跡は、複数の環濠と居住域、水田、墓域のほか、銅鐸などの金属精錬(たたら)とガラス製品づくりの工房を持つ、弥生時代の大規模集落でした。
今の茨木市街の様子からは想像することは難しいですが、弥生時代には淀川の活発な土砂堆積で瀬戸内海の沿岸部となり、海上交通の一大拠点と化し、港湾都市三島のクニとして発展しました。



三島溝咋耳(みしまのみぞくいみみ)の時代がクニの最盛期で、娘の玉櫛姫(たまくしひめ)を姫巫女(ひめみこ)に、稲作豊穣とクニの発展を祈る「太陽の祭り」が盛んに行なわれたこん跡が出土品からうかがえます。


活玉依姫(いくたまよりひめ)とも称される玉櫛姫は、出雲の事代主(ことしろぬし)と婚姻し、初代神武天皇の皇后として三輪山祭祀を始めた媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)や、大和葛城の鴨族(賀茂氏)の祖となった天日方奇日方(あまひかたくしひかた)を生みます。


このロイヤルファミリーの血脈は三島溝咋神社 御由緒、日本書紀(神代巻)、そして出雲伝承(斎木雲州氏)においてあらかた一致しています。

これらの話を「神話」ではなく「史実」とするならば、日本の歴史のミッシングリンク、弥生古代史を考えるとき、重要な「カギ」になると考えられます。