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【ホケノ山古墳展】感激!幻の太陽紋鏡(内行花文鏡)に出逢う〜その1

三連休最終日、15日まで開催中の #橿原考古学研究所付属博物館 #ホケノ山古墳 展を見学。出展史料に #大神神社 所蔵の #内行花文鏡(#太陽紋鏡)の破片も。私には #ヤマト創世記 の古代妄想を繫ぐ「幻の」銅鏡です

目次

本文

ホケノ山古墳〜ヤマト王権の成立へ 展示

奈良県橿原考古学研究所附属博物館で明日15日まで開催中の ホケノ山古墳 の副葬品の展示を見学してきました。

奈良県桜井市の纏向エリア中心である箸墓古墳の東、約250メートルに位置し、箸墓古墳にやや先行する3世紀中ごろに築造された日本最古級の古墳(纒向型前方後円墳*1)のひとつ。

ホケノ山古墳と現地案内板

日本最初の巨大で「ヒミコの墓説」もある箸墓古墳との関連性も含めて、弥生から古墳時代に向けて、ヤマト王権が成立した当時を考えるのに忘れてはならない重要な古墳のひとつです。

下の写真は「箸墓古墳の周濠を歩く2023」の配布資料に、ホケノ山古墳との関連性を考えるためにラインなどを私が加筆したものです

箸墓古墳、ホケノ山古墳、堂ノ後古墳(ラインと墳丘中心◯、築造時期は開物が追記)

宮内庁管理の箸墓古墳と違って、四回の発掘調査が行われ、出土した多数の副葬品一式*2がこの度、国の重要文化財に指定されることを記念しての展示会です。

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幻の内行花文鏡(太陽紋鏡)

画文帯同向式神獣鏡(がもんたいどうこうしきしんじゅうきょう)が展示の目玉ですが、

画文帯同向式神獣鏡(ホケノ山古墳)

私が是非とも見たかったのが 内行花文鏡

ホームページに特に記載がなかったので、展示されているかどうか不安でしたが、ありました!

内行花文鏡 破片(ホケノ山古墳)

三種の神器のうちの 八咫鏡(やたのかがみ)のデザインも内行花文鏡と考えられます。

平原遺跡(福岡県糸島市)から出土した超大型の太陽紋鏡が、そう考える理由。

平原遺跡(福岡県糸島市、原田大六さんが弥生古墳と命名)、出土した超大型の内行花文鏡(レプリカ、伊都国歴史博物館)

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内行花文鏡は大陸由来ですが、右写真に◯印を付けた部分は、水の流れと水紋 を表し、こういう紋様は(私が確認する限り)大陸の銅鏡にはなく、日本オリジナルのデザインと考えられます。

あらためてホケノ山古墳から出土した鏡の破片を詳しく見てみると、平原遺跡と超大型鏡と同じ「水流」と「水紋」が見られますね。

これは、当ブログで紹介してきたヤマト創世記(太陽と水の祭祀の東遷)の古代妄想を繫ぐ大発見です。

平原の大型鏡と同じ「水紋」が見られるホケノ山古墳の内行花文鏡

次回に続きます。

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*1:後円部の直径が2に対し前方部の長さが1、つまり後円部が大きく前方部が短い最初期型の前方後円墳で纏向エリアに特徴的に見られる。寺沢薫氏が提唱

*2:現地案内板より)副葬品には、画文帯同向式神獣鏡(がもんたいどうこうしきしんじゅうきょう)の完形になるものと破片が一面ずつと、破片化した同一個体の内行花文鏡(ないこうかもんきょう)*2が複数片、素環頭太刀(すかんとうたち)一口を含む鉄製刀剣類、鉄製農工具、多量の銅鏃(どうぞく)・鉄鏃(てつぞく)などがあり、他にも出土状況から石囲い木槨の蓋上にあったと推測される加飾二重口縁壺や小型丸底鉢が確認されました。埋葬施設の構造やこれらの副葬品などから、古墳の築造の時期は3世紀中頃と考えられています




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