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【箸墓古墳】袈裟がけの裂け目【出雲後物部のこん跡?】【アラハバキ解・補遺】

はじめに

日本最初の #前方後円墳古墳時代の始まり)とされる #箸墓古墳奈良県桜井市箸中、AD200年代半ば)。被葬者は不明。レーザー精密測定で作成された赤色立体図に見えるざっくり切られたような袈裟がけの裂け目。気になりますね #アラハバキ

目次

本文

アラハバキ解【第46章】【前期】前方後円墳・考

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novel.daysneo.com

箸墓古墳 袈裟がけの断裂

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箸墓古墳のレーザー測定、赤色立体図。「箸墓・西殿塚古墳赤色立体地図の作成(H24年6月5日報道発表資料」に加筆、橿原考古学研究所アジア航測

レーザー測定による赤色立体図で鮮明に見えますが、墓域・後円部と楔形・前方部の間にある、袈裟がけ状の裂け目が気になっています。

地震や大雨によるがけ崩れなど自然現象の結果ついたものでしょうか?

  • 国土地理院地図(活断層図)で調べましたが、箸墓古墳の周辺に断層はありません

  • 大雨や地震の崩壊でこのように部分的に切れ込んだような断裂ができるとは考えにくいですね(雨や地震だと上層から崩落)

*****

他に何か原因が考えられるでしょうか。

私は、古墳の造営後に人為的につけられたキズではないか考えています。

前期時代(AD250~350ごろ)の前方後円墳の設計概念として、

後円部=アラ(「あの世」の被葬者の魂が御荒れ(みあれ、御生れ)するところ)

前方部=ハバキ(その魂を「この世」に導く再生の道=産道)と考えるならば。。。

断裂は、被葬者の再生を望まない人々(勢力)の仕業 とも考えられるからです。

*****

もちろん、このあたりは、別の「点」を探し、比較考察できれば一番ですが。

「被葬者の魂の再生を望まない人々」とは、この後の古墳時代中期、河内で権勢を拡大した物部氏が筆頭格。

したがって被葬者は、もともとのヤマト王家(出雲系)に関連する重要人物の可能性が高いと考えています。

奈良に行けるようになったら、あらためて箸墓(纏向)周辺を歩き回りたいと思います。

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