
「砂の女」
開催概要
| 開催期間 | 東京公演:2026年3月19日~4月5日(全21公演) 仙台公演:2026年4月8日(1公演) 青森公演:2026年4月11日(1公演) 大阪公演:2026年4月18日〜4月20日(全4公演) |
|---|---|
| 場所 | 東京公演:紀伊国屋ホール 仙台公演:電力ホール 青森公演:SG GROUPホールはちのへ(八戸市公会堂) 大阪公演:森ノ宮ピロティホール |
| チケット(東京公演) | 11000円 |
| 原作 | 安部公房 |
| 脚本・演出 | 山西竜矢 |
| 出演者 (敬称略) | 森田剛 藤間爽子 大石将弘 東野良平 永島敬三 福田転球 |
インタビュー
今年に入ってから、様々な媒体で「砂の女」関連のインタビュー記事が掲載された。
会場・座席について

東京公演の会場は、紀伊国屋書店4階にある紀伊国屋ホール。
席はU列(最後列の1つ前)だが最後列は空列だったため、実質最後列での鑑賞となった。
冒頭と最後、文章がスクリーンに映し出されていたので、オペラグラスを持ってきててよかったと思った。
「砂の女」(3月20日夜公演)の感想
原作未読、公式サイトのあらすじを読んで鑑賞。
※ここからネタバレ注意!
本を一気読みしたような感覚
休憩なし2時間だったが、グイグイと惹き込まれあっという間だった。
女と男以外の役は4人が全て演じていたのだが、特に砂の化身のような者たち(パンフによると役名は「人影」らしい)が現れ、迷い込む男の周りをぐるぐる歩きながら語りはじめる冒頭の演出がよかった。なんとなく本の地の文だったり、男のモノローグだったりするんだろうなと思いながら、迷い込んでしまった男を見つめていた。
舞台という空間の中で砂の穴をどう表現するのかと思っていたが、舞台の手前と奥で穴の上と中を描いていたり、男が砂に埋もれそうになるところは紗幕を使っていたりして面白かった。
緩やかに飼い慣らされる恐怖
話の感想を一言で言うなら不気味。とにかく不気味である。
降り注ぐ砂の穴の中で暮らす人々というありえない世界ではあるが、そこで砂掻きし続ける穴の住人たちと、彼らを監視し労働の対価を配る村人たちという部落の支配構造が歪であり、しかし妙なリアルも感じさせる。
東京から昆虫採集に来た教師の男は、村人たちに嵌められ女の家に監禁状態になってしまう。初めこそ怒りを顕にしあらゆる手で脱出を試みようとするのだが、もがけばもがくほど上手くいかずに村人たちに嘲り笑われる。
やがて月日が経ち、女との関係性や砂掻きに対する価値観も変わっていった男は、ひょんなことから訪れた脱出のチャンスにすら目もくれなくなってしまった…というのが大枠のストーリー。いわゆる「学習性無力感」に陥った男の顛末である。
男のように家庭を持ち社会的地位を持つ人間であれば誰もが異常だと感じる砂の穴の中で緩やかに飼いならされ、世間的には「失踪者」として書類1枚の存在になってしまう、このオチはとても衝撃的だった。
壊れていく心
有休を取ってここに来た男は当初、1泊だけしてすぐ帰るつもりでいた。それなのに縄梯子を外され帰路を絶たれ、女もどうやらグルだと知り憤慨した。女の手足を縛り砂掻きをできなくすれば村人達だって困るだろうと踏んだものの、その作戦もあっさりとかわされ、逆に配給停止により根負けする形になってしまう。
錆鋏を使って自力で脱出したときも結局、逃走の途中で砂に飲まれ、村人たちに引き上げられるも結局穴に強制送還されてしまう。逃げれたと思った先に待ち受けていたのは終わりのない蟻地獄。
男を初めて見たとき「調査か?」とやたら警戒していた村人たちが、そうでないとわかるなりこの仕打ち。違法だと認識はしていながらも、過去にもこうして来訪者を嵌めてきたというからなんとも気味が悪い。
村人たちは一応話を聞くフリをするが全く取り合わない。「監視付でいいから気晴らしに海が見たい」という男のささやかな要求にすら、「ならばここで2人で交われ」という外道な交換条件を突きつけてくる。序盤で社会的地位を盾に論破しようとしていた男は、もうこのときには冷静に判断することすらできず、この意味不明な交換条件に応じようとしてしまうのだ。女の抵抗で未遂に終わるものの、その様子を見て笑う村人たちの気持ち悪さにゾッとしてしまった。
穴の中でみつけたのは希望なのか
じわじわと心が壊れていく男だが、そもそも東京にいたときはどうだったのか。
話が進むうちに職場環境や妻の存在などが明かされていくが、あまり順風満帆ではなかったことがうかがえる。ハンミョウの新種をみつけて自分の名前をつけたいという目的はあれど、それは別なところで認められたい、どこか現実逃避に近いところもあったのだろうか。
女との関係も次第に変わっていき、共に砂掻きをして関係を深めていく。ずっと「お客さん」と呼んでいた女もいつのまにか「あんた」と呼んでいたりする。そんな折に男は偶然、砂から水を得る装置を発明した。上手くいけば村人たちの配給に頼らなくてよくなると思った男は、この装置開発に生きがいを見出してしまう。
これが決定打となり、目の前に縄梯子が垂れ下がっていることに気づきながらも脱出せず、穴の中に居続けることを選んでしまった。この装置の発明は男にとって希望だったかもしれないが、この穴から出る意欲を完全になくさせたという意味では希望とは言い難い。
ところでこの縄梯子回収忘れのきっかけである女の子宮外妊娠だが…その後どうなったのだろうか。あんなにあっさりと穴から引き出されたものの、女の絶望的な叫びが不穏過ぎて…村人たちのこれまでを踏まえると、適切な医療に繋げてもらえる気がしない。。むしろ労働力として使い物にならないからと切り捨てられた可能性もあるよな…とゾッとした。そして男はといえば装置のことに夢中であまり気にしていなそうで、それもまた不気味なラストであった。
まとめ
砂の穴というありえない設定の話ではあるが、逃れられない管理システムの中で何度も失敗するとやる気を失う、という点は現実世界にも通ずることである。毎日仕事に忙殺されている自分にも思い当たるところは多い。
度重なる挫折で反発心を失い、肩書も忘れ、穴の住人として暮らし続ける…それは果たして幸せなのだろうか?
しかしあのとき外に出れたとて、あの状態の男は幸せを掴めるのだろうか?
そんなことをぐるぐると考えてしまう鑑賞後だった。