
- 手放したくない、でもこのままではいけない ―― 子育てで揺れる気持ち
- 子育てのゴールは、「子どもが自分で決められるようになる」こと
- 子育てを終わりのないものにすると、親子は疲弊していく
- 親が決め続けると、子どもは自分で決められなくなる
- 子育てから、ママの人生が再び動き出すまで
手放したくない、でもこのままではいけない ―― 子育てで揺れる気持ち
「子育ては、この先もずっと続くんだ」と思った瞬間、
どこかで苦しさを感じたことはありませんか。
それは、
手を抜きたいという気持ちではないと思うのです。
一生懸命、
子どもと向き合ってきたからこそ、
ふと立ち止まってしまう瞬間がある。
家族との、
満たされているはずの毎日の中で、
このまま自分を置き去りにして
年を重ねていくのではないかという、
焦りのようなものが、
ふっと胸に浮かぶことがあります。
その焦りの正体は、
「何者でもない自分」になってしまうのではないか、
という不安なのかもしれません。
そして同時に、
まったく逆の感情が湧いてくることもあります。
子育てを、
まだ終えたくない。
手放したくない。
正直に言うと、
わが子は、ただただ、かわいい。
そして、幸せに生きてほしいと願っています。
できることなら、
ずっと一緒にいたい。
子離れなんて、したくない。
でも同時に、
それを続けてしまうと、
子どもが自分で決める力を
奪ってしまうことも、
分かっている。
この気持ちのあいだで、
多くのママは揺れているのだと思います。
ただ、子育てには、はっきりとしたゴールがあると考えています。
子育てのゴールは、「子どもが自分で決められるようになる」こと

子育てのゴールは何か。
私は、ここに行き着きました。
親が決めなくても、
子どもが自分で決められるようになること。
それは、
突き放す、ということではありません。
進路も、選択も、失敗も、
「親の判断」ではなく、
「本人の判断」で引き受けられるようになること。
そこまで来たら、
子育ては一つの役目を終えた、と
言えるのだと思います。
子どもが小さいうちは、
親が決める場面が多くて当然です。
何を着るか。
どこに行くか。
何時に寝るか。
でも、成長とともに、
少しずつ、少しずつ、
決める役割は、子どもに渡していく必要がある。
それをしないまま、
時間だけが過ぎると、
いつまでも
「親が決める子育て」が
終わらなくなってしまいます。
子育てを終わりのないものにすると、親子は疲弊していく

どんなに子どもを愛していても、
自分の時間が持てないことに、
少しずつ息苦しさを感じていくことがあります。
一方で、子どもは、
選択の場面になると、
決断を先延ばしにしたり、
うまくいかなかったことを
無意識に、ひとのせいにしてしまったりする。
そして、
思うようにいかない出来事が起きたとき、
お互いに、
言葉にできない不満を
抱えるようになっていきます。
終わりの見えない子育ては、
「安心」を生むようでいて、
実は、依存に近い関係を
長引かせてしまうことがあります。
それは、
誰かが悪いから起きるのではありません。
親子のあいだで、
ゴールが共有されていないことが、
原因なのだと思います。
発達心理学者の エリク・エリクソン は、
人の成長を、
人生の段階ごとの課題として捉えました。
子どもは、成長の過程で、
- 自分で選ぶ
- 自分で引き受ける
- 自分の人生を生きていく
という課題に、
少しずつ向き合っていきます。
もし、その段階で、
親が「決める役割」を
手放せないままでいると、
子どもは、
「自分は何者なのか」を探す機会を、
十分に持てないまま、
次の段階へ進んでしまう。
それは、
親の愛情が強すぎたから、
ではありません。
手放すタイミングが、
とても見えにくかっただけ
なのだと思います。
親が決め続けると、子どもは自分で決められなくなる

親が決め続ける子育ては、
一見すると、とても合理的です。
迷う時間が減る。
失敗を避けられる。
遠回りをしなくてすむ。
忙しい毎日の中では、
そのほうが、
うまく回っているように見えます。
けれど、
その「うまく回っている感じ」の裏側で、
子どもの中には、
ある感覚が静かに育っていきます。
「自分は、決めなくてもいい」
という感覚です。
選択の場面で、
子どもは、
考えなくなっていく。
「どうしたい?」と聞かれても、
「どっちでもいい」
と答えるようになる。
それは、
意欲がないからでも、
甘えているからでもありません。
これまで、
決めなくても物事が進んできた
という経験を、
積み重ねてきただけなのです。
自分で決められない子になるのは、
意志が弱いからではありません。
多くの場合、
決める経験そのものが、
足りないのです。
親が先に考え、
親が先に決め、
親が先に正解を出してきた結果、
子どもは
「決めなくていい立場」に
慣れてしまう。
私は、その背景に、
忙しい日々の中で、
親が
「効率の良い子育て」を
強いられてきた現実があると
感じています。
時間がない。
失敗させている余裕がない。
遠回りを見守る気力が残っていない。
そんな毎日の中で、
親が先に決めてしまうことは、
怠慢ではなく、
ひとつの適応だったのだと思います。
だから、
ここで誰かを責める必要はありません。
大切なのは、
子どもを変えることではなく、
親が、
「決める役割」を
少しずつ手放していくという視点を
持てるかどうかです。
決める力は、
性格ではなく、
経験で育つ。
親が一歩下がれば、
子どもは、
考え始めるしかなくなる。
親が決めなくなることは、
放任ではありません。
「あなたに、考える番を渡す」
という、
とても能動的な関わり方なのだと、
私は思っています。
子育てから、ママの人生が再び動き出すまで

子育てのゴールを意識する、という話をすると、
「じゃあ、親の役目が終わったら、私は何になるの?」
そんな不安が浮かぶことがあります。
最初に感じていた、
あの感情です。
わが子はかわいい。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
子離れなんて、したくない。
満たされているはずなのに、
どこか息苦しい。
このまま、自分を置き去りにして
年を重ねていくのではないかという焦り。
その相反する気持ちを、
多くのママが、心のどこかで抱えています。
私は思います。
子育てのゴールは、
ママが空っぽになる瞬間ではありません。
むしろ逆で、
ママ自身が、もう一度「自分で決める側」に戻るタイミング
なのだと思います。
子どもに、
決める役割を少しずつ渡していく。
その分、
親が背負っていたものが、
少しずつ軽くなっていく。
時間。
責任。
「全部私が考えなきゃ」という重さ。
それが抜けていくとき、
ふと、空白が生まれます。
その空白は、
喪失ではありません。
これまで後回しにしてきた
「自分の気持ち」
「自分はどうしたいのか」
が、戻ってくるための余白です。
子どもに
「あなたはどう思う?」
と問いを返してきたように、
これからは、
自分自身にも
同じ問いを向けていい。
今、何を大切にしたいのか。
これから、どう生きたいのか。
答えは、急がなくていい。
子育てをやり切ったからこそ、
次の人生を、
自分で選び直す力が、
もうあなたの中にはあります。
それは、
新しい何かを始めることかもしれない。
少し立ち止まることかもしれない。
あるいは、
「まだ今は、子育ての途中」と
もう少し続ける選択かもしれません。
どれを選んでもいい。
子育てのゴールは、
ママが空っぽになる瞬間ではありません。
むしろ、
ママが、もう一度自分の人生を
楽しんでいい場所に戻ってくる合図。
ここまで、よくやってきました。
これからは、
子どもと一緒に、
ママ自身の人生も、少しずつ輝かせていけばいい。
さあ、次はママの番。
無理に頑張らなくていいけど、
前を向いてきましょうね。
はじめまして。
この文章を書いている「ゆみママ」と申します。
「なりたい自分」を探すお手伝いをしています。
子育てのゴールを考えることは、
同時に、親である自分の人生を考え直すことでもありました。
子どもが少しずつ手を離れていく中で感じた、
親としての戸惑いや寂しさについては、こちらにまとめています。