出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/15 01:03 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動|
この記事の主題はウィキペディアにおける独立記事作成の目安を満たしていないおそれがあります。(2010年4月)
|
| 『symmetry』 | |
|---|---|
| the Canadian Club の スタジオ・アルバム | |
| リリース | |
| 録音 | 2008年8月 - 10月 |
| ジャンル | J-POP、ロック |
| 時間 | |
| レーベル | CLOUD RECORDS |
| プロデュース | 横井泰彦 |
| チャート最高順位 | |
| 14位 (タワーレコード J-Indies) | |
『symmetry』(シンメトリー)は、風神やMORNING GLORY等が輩出したCLOUD RECORDSより、2008年11月12日に全国リリースされたthe Canadian Clubの1stフルアルバムである。
2008年5月にCLOUD RECORDSよりCDを全国リリースすることが決定し、翌月から数ヶ月間に渡りデモ制作及びプリプロ制作に入った。同年8月には音楽プロデューサーの横井泰彦とレーベルのエグゼクティブ・プロデューサーの榊原雄一を中心に協議し、収録曲を決定。バンド側とプロデューサーによるアレンジ作業を進め、翌月より制作に入り、約1ヶ月半に渡るレコーディング作業の末、10月初旬に完成、発表となった。
アルバムの制作にあたって、プロデューサーらと幾度に渡るミーティングを重ね、コンセプトと方向性を築き上げていった。特にこれまでの英語詞中心による創作とは異なり、日本人として、日本語詞による創作に努めた。
アルバムのカバーフォトにはセルビア人カメラマン、Uros Petrovic氏を起用。また、音楽プロデューサー自らも撮影に全面協力。ジャケット内に使われた写真の大部分を担う。見開きやバックインレイに使用された広大なスケールの写真は、彼らの地元である岐阜県中津川にある椛の湖キャンプ場内の山中で、真夏の炎天下にてロケーションを敢行。町の大半が自然に恵まれた山岳地帯に覆われており、そこで育った彼らならではという、彼らの意向を最も反映した結果となった。その他にも多くの写真が使われているが、撮影については、彼らが本拠地とする名古屋市内のライブハウス「名古屋ミュージックファーム」の近辺やプロデューサーの自宅近辺などでも行われた。
レコーディング作業も終盤に差し掛かった頃に、プロデューサーの横井がメンバーである志津に"symmetry"というタイトルを提唱する。"シンメトリー"とは、ある変換に関して不変である性質のことを言い、今回CDデビューを果たすにあたり、バンドがより上を目指し進化を遂げようとしているが、バンドが培ってきた音楽性だったり人間性を決して変化させることなく、あくまで昇華させる、といった意味合いを強調すべく考えられたバンドのコンセプトとでも言うべきタイトルである。また、このタイトルには、彼らの持ち味の1つでもある志津と桂川の2人のリードボーカリストとしての対称性、また、創作の中心人物でもある彼らの楽曲の性質上による対称性、それまでの英語詞中心の楽曲と日本語詞中心の楽曲との対称性など、様々な意味を持ち合わせている。
「懐かしくもあり、新しくもある。まさに21世紀の懐メロ!! 全ての人の忘れかけていた記憶が今、蘇る・・・」
このCDの帯にも記されているコピーの通り、一過性のインディ系ロックに留まらず、常に初心に還り、純粋に多くの人の心に響く印象深いメロディとサウンドを直向に作ろう、といった彼らの意気込みと人間性をそのまま表しており、「ロックミュージック」を一部の若者達だけで共有するのではなく、老若男女、幅広い世代間で共有していきたいという現れでもある。
COO RECORDING STUDIO (名古屋)
(symmetry から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/21 14:17 UTC 版)
|
|
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2024年3月)
|
| ザ・カナディアン・クラブ | |
|---|---|
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP ロック ポップ・パンク |
| 活動期間 | 2003年 - |
| レーベル | CLOUD RECORDS |
| 事務所 | 名古屋ミュージックファーム |
| 共同作業者 | 榊原雄一 |
| 公式サイト | [1] |
| メンバー | 志津利弘 (ボーカル、ギター) 桂川知也 (ボーカル、ドラムス、ピアノ) |
| 旧メンバー | 柘勝樹 (ベース) ryo-hey (ベース) YU-SAKU (ギター、コーラス) SHOJI (ベース) ヒデオ (ベース) |
the Canadian Club(ザ・カナディアン・クラブ)は日本のメロディック・ロック・バンド。2003年、岐阜県中津川市にてギターボーカルの志津利弘とドラムボーカルの桂川知也を中心に結成し、地元や名古屋、岐阜を中心に活動中。
2002年8月、地元の自動車学校で当時別のバンドでギタリストとして活動していた志津とドラマーの桂川が出会い、音楽の趣味も似ていたことから意気投合、後にバンド結成のきっかけとなる。
2003年12月、志津のバンドが解散し、桂川に新たなバンド結成の話を持ちかけ、志津のバンドでベースを担当していたヒデオを迎え3ピースバンドとして「CANADIAN SNATCH」を結成、創作活動を開始。
2004年4月12日に地元・中津川BREATHにて初ライブ。京都の浴衣バンド鴨川のオープニングアクトを務める。同年7月より活動拠点を名古屋にも広げ、精力的にライブ活動を行うが、2005年4月にバンドは一時活動休止することになる。
2006年5月、新たに4人目のメンバーとしてYU-SAKU(ギター)が加入し4人編成となるが、同時にヒデオ(ベース)が脱退。サポートベーシストとしてSHOJIを迎え、初の音源制作を行う。翌月より名古屋・栄の野外イベント出演(後に定期的に出演)、3曲入の1stデモCDを発表。同年9月、tricolore entertainment主催のスノーボードDVD「enbition」に楽曲参加。サポートのSHOJIが脱退し、翌月に柘勝樹(ベース)が加入。同年12月、JSA-Recordsによるオムニバスアルバム「MUSIC RAMBLE」に参加。YU-SAKU(ギター)が脱退し、ベーシストである柘勝樹がギタリストに転向。代わりにベーシストとしてryo-heyが加入。バンド名を「the Canadian Club」に改名。バンド名の正しい表記は、頭文字の"t"が小文字で"C"だけが大文字である。
2007年6月、柘勝樹が脱退し、3人編成として活動再開。各方面のライブハウスや関係者から、そのメロディックで叙情的な楽曲が認められ、kidd、MIMITTO、LACCO TOWER、URCHINFARM、ARU、EASYGRIP、MUSHA×KUSHA、FROG PILOT、chickenraceなど、インディーズからメジャーに至るまで、幅広いバンドとの競演を次々に果たし、着実に観客動員を増大させる。同年9月、ライブ会場限定音源として、3曲入りの2ndデモCDを発表。初回限定150枚が即完売。同年12月、ryo-heyが脱退。
2008年1月、サポートとして牧野(ベース)を迎え活動再開(後に正式加入)。同年3月、岐阜BRAVOにてkidd主催-LONGEST LINE-に参加、BIGMAMAと共演を果たす。同年4月、名古屋ミュージックファーム企画のオムニバスCD「メロっとけコアっとけ」の第二弾に参加。これが音楽プロデューサーの横井泰彦やロックバンド・風神のベーシストでありCLOUD RECORDS主宰者である榊原雄一の目に留まり、本格的に全国展開を目指すと同時に1stアルバムの制作に入る。同年10月、1stフルアルバム「symmetry」を発表。リリース前にもかかわらず各CDショップに予約が殺到し、地元・中津川のCDショップでは発売から数週間足らずで数百枚を売り上げ、また、無名の新人バンドとしては異例のタワーレコード予約チャート上位にランクインを果たし、巷で話題となる[1][2]。同年11月12日、1stアルバム発売により全国CDデビュー。タワーレコードのJ-Indiesチャートでは14位(最高位)を記録。また、これに伴う自身初となる全国ツアーを発表。ツアー初日である地元・中津川公演では初の自主企画と銘打ち、チケットはソールドアウト。地元情報誌の取材やFMラジオへの出演等を果たす。
2009年2月には名古屋ミュージックファームにて自身としては2度目となる自主企画イベント「ヨアケマエ」の開催を発表。2度目となる全国ツアーも発表。
2014年 大地利典脱退。
2013〜2018年 長野マラソンの公式テーマソングを担当し、毎年スタート地点と32km地点で応援生演奏を行なった。
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 2012年4月25日 | Firmament | MFCR-024 |
|
CLOUD RECORDS |
| タイトル | 収録曲 |
|---|---|
| symmetry+ |
|
| moonlight |
|
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 2008年11月12日 | symmetry | MFCR-005 |
|
CLOUD RECORDS |
| 2nd | 2011年6月8日 | cocoon | MFCR-019 |
|
CLOUD RECORDS |
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年12月7日 | MUSIC RUMBLE | JSAR-1K15 | DISC1
DISC2
|
JSA-Records |
| 2008年6月20日 | メロっとけコアっとけ vol.2 | MFCR-004 |
|
CLOUD RECORDS |
| 2012年10月17日 | D.N.A 1 どえりゃー名古屋が熱いがやー! | DNAR-001 |
|
D.N.A RECORDINGS |
| 2013年3月13日 | D.N.A.2 どえりゃー名古屋熱いがやー! | DNAR-002 |
|
D.N.A RECORDINGS |
| 監督 | 曲名 |
| 不明 | 「アンタイトル」「Firmament」 |
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/28 09:49 UTC 版)
「シークエント・コンピュータ」の記事における「Symmetry」の解説
次のシリーズは1987年にリリースされたi386ベースのSymmetryシリーズである。様々なモデルにより最大30個のプロセッサまでの規模で新しいコピーバック・キャッシュを使い、64ビットバスを使っていた。1991年のSymmetry 2000ではSCSIディスクドライブを導入し、6個までのi486プロセッサを搭載した。翌年、彼らはVMEバスベースでさらに高速なCPUを使ったSymmetry 2000/x50シリーズを追加した。 1980年代終盤から1990年代初頭にかけてシークエントはソフトウェアの面で変化を迎えた。DYNIXはDYNIX/ptxで置き換えられた。これはAT&TベースのUNIXである。また、同時期にシークエントはハイエンド市場で成功を勝ち取った。これはオラクルと連携したことによる。1993年リリースしたSymmetry 2000/x90ではptx/Clusterソフトウェアが動作した。これは高信頼性機能を持ち、Oracle Parallel Server向けにチューニングしたものだった。 1994年シークエントはSymmetry 5000シリーズ(モデル名はSE20、SE60、SE90)を投入した。66MHzのPentiumプロセッサを2 - 30個搭載していた。翌年、さらにSE30/70/100というモデル(100MHz Pentium使用)を投入、1996年にはSE40/80/120(120MHz Pentium使用)を投入した。さらにVGAカードを追加して、Winserver NTソフトウェアを追加し、5000シリーズでWindows NTを動作できるようにした。
※この「Symmetry」の解説は、「シークエント・コンピュータ」の解説の一部です。
「Symmetry」を含む「シークエント・コンピュータ」の記事については、「シークエント・コンピュータ」の概要を参照ください。