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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/07 09:12 UTC 版)
| スイス連邦 | |
|---|---|
| Schweizerische Eidgenossenschaft Confédération suisse Confederazione Svizzera Confederaziun svizra Confoederatio Helvetica |
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| 国の標語:Unus pro omnibus, omnes pro uno (ラテン語:一人は皆のために、皆は一人のために) |
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| 国歌:
スイスの賛歌
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| 公用語 | |
| 首都 | ベルン[1] |
| 最大の都市 | チューリッヒ |
| 政府 | |
| 連邦参事会 | |
| 連邦事務総長 | ヴィクトル・ロッシ |
| 全州議会議長 | アンドレア・カローニ |
| 国民議会議長 | マヤ・リニカー |
| 面積 | |
| 統計 | 41,291km2(132位) |
| 水面積率 | 4% |
| 人口 | |
| 統計(2024年) | 905万1,029[2]人(98位) |
| 人口密度 | 219[2]人/km2 |
| GDP(自国通貨表示) | |
| 合計(2024年) | 8,259億8,800万[3]スイス・フラン |
| GDP(MER) | |
| 合計(2024年) | 9,381億5,300万[3]ドル(20位) |
| 1人あたり | 10万4,681[3]ドル |
| GDP(PPP) | |
| 合計(2024年) | 8,527億8,300万[3]ドル(38位) |
| 1人あたり | 9万5,155[3]ドル |
| 建国 | |
| 原初同盟締結 | 1291年8月1日 |
| ヴェストファーレン条約(独立の承認) | 1648年10月24日 |
| 連邦憲法制定 | 1848年9月12日 |
| 通貨 | スイス・フラン(CHF) |
| 時間帯 | UTC+1(DST:+2) |
| ISO 3166-1 | CH / CHE |
| ccTLD | .ch |
| 国際電話番号 | 41 |
スイス連邦(スイスれんぽう、独: Schweizerische Eidgenossenschaft、仏: Confédération suisse、伊: Confederazione Svizzera、ロマンシュ語: Confederaziun svizra、ラテン語: Confoederatio Helvetica)は、中央ヨーロッパ及び広義の西ヨーロッパに位置する連邦共和国。首都[1]はベルンで、最大都市はチューリッヒ。通称はスイス。
スイスは、中央ヨーロッパの内陸国で、高度な自治権を持つ26の州から構成される。人口は9,051,029人[2]で、面積は41,291k㎡[3]である。連邦政府と連邦議会はベルンにあり、このほか主要都市には、チューリッヒやジュネーヴ、バーゼル、連邦裁判所が置かれているローザンヌなどがある。東はオーストリアとリヒテンシュタイン、西はフランス、南はイタリア、北はドイツと国境を接している。国土は東西348km、南北220kmに広がる。地形は、ジュラ山脈、スイス高原(ミッテルラント)、アルプス山脈に分類される。スイス高原は、国土面積の約3割に過ぎないが、人口の2/3以上が居住する経済の中心地である[4]。バーゼルとルガーノを除く人口5万人以上の都市は、全てスイス高原に集中している[5][6]。国全体で4つの言語圏に分かれ、ドイツ語圏スイスではドイツ語、フランス語圏スイスではフランス語、イタリア語圏スイスではイタリア語、ロマンシュ語圏スイスではロマンシュ語が公用語である。いずれの言語も連邦の公用語に定められている[7]。ドイツ語圏スイスでは、標準ドイツ語と語彙が大きく異なるスイスドイツ語が口語として使用される[8]。特定の言語を優遇しないよう、国名コード(ISO 3166-1 alpha-2)はラテン語名「Confoederatio Helvetica」の略称である「CH」が用いられている。
国民は単一の言語や民族性を共有していないにも関わらず、分離独立の動きは見られず、ナショナリズムを強く保ち続けている。近隣諸国のほとんどが言語を軸に国家を形成したのと対照的に、スイスは意志の国家とされる。中央集権に抗い、各共同体の自由を最大限享受しようという国民の共通の意志が、スイスを1つにまとめ上げている。また、永世中立国であることも、単なる外交方針にとどまらず、国民の帰属意識に不可欠な要素となっている。
国家の成立は、1291年にウーリ州、シュヴィーツ州、ウンターヴァルデン州の3州が結んだ原初同盟を起点としている。この連邦憲章は、現存するスイス最古の同盟文書であり、建国の根拠として扱われている。1499年のバーゼル条約により、スイスは神聖ローマ帝国の裁判権から離脱し、実質的に独立した。そして、1648年のウェストファリア条約で国際法上の主権国家として認められた。革命期のフランスの影響下、1798年には中央集権的なヘルヴェティア共和国が樹立された。1803年にヘルヴェティア共和国は崩壊し、同盟は再建されたが、1813年までフランスの強い影響下にあった。1815年のウィーン会議で永世中立国とされ、武装中立の立場が承認された。1847年の分離同盟戦争の結果、1848年には連邦憲法が制定され、現在のスイスにまで至る近代的な連邦国家の枠組みが完成した。
製薬・バイオ産業、金融・保険業、精密機械工業などの高付加価値産業を基幹とする。人間開発指数(HDI)に格差を反映させた不平等調整済み人間開発指数(IHDI)は世界トップクラスであり、人々は機会に恵まれた高い生活水準を享受している。欧州連合(EU)や欧州経済領域(EEA)には加盟していないが、二国間協定によってEU市場へのアクセスを確保している。シェンゲン協定に加盟しており、欧州自由貿易連合(EFTA)の原加盟国である。国連欧州本部、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)、国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)、国際オリンピック委員会(IOC)、国際サッカー連盟(FIFA)など、40以上の国際機関や国際団体の本部がある。
現在の国名は、建国の起源に当たる1291年の原初同盟を構成した三原州の一つであるシュヴィーツ州に由来する。この地名は、972年に神聖ローマ皇帝のオットー2世がザンクト・ガレン修道院で発行した特許状に「Suittes(スウィッテス)」と記されているのが現存する最古の文献である[9]。当時の公文書で使われていたラテン語の書記慣行に従った形とされる。語源については確定的な結論はなく、依然として未解明である[9]。
日本語では「スイス連邦」で、通称は「スイス」である。フランス語の「Suisse(スュイス)」に由来する[10]。漢字による当て字は「瑞西」で、漢字一字では「瑞」と表記する(スウェーデンは瑞典を当て字とし、漢字一字ではスイスと同じ「瑞」だが、両者を区別する時にはスウェーデンを「典」とする)。歴史的な文脈で、ドイツ語の正式名称を直訳して「スイス誓約同盟」と表記されることがある。また、戦前は「ス井ス」[11]や「スヰス」[12]と表記されることがあった。また、英語では、「Swiss Confederation(スウィス・コンフェデレイション)」で、通称は「Switzerland(スウィツァランド)」である。
スイスでは、4つの公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)が憲法で定められているが、硬貨や切手などのように併記する余裕がない場合は、言語的に中立であるラテン語の国名を単独で表記する慣行が存在する[13]。ラテン語名の「Helvetia(ヘルヴェーツィア)」は、現在のスイスからドイツ南部の一帯を指し、紀元前2世紀頃から2世紀頃まで存在したケルト系先住民族ヘルウェティイ族に由来する[14]。
ラテン語は死語であり[15]、現代のスイス人が、「Confoederatio Helvetica」や「Helvetia」をラテン語の音韻で発音することはほとんどない。各言語圏の話者は、母語の音韻規則に従って発音している。ここでは例としてドイツ語の音韻に基づいた発音を記載している。また、定冠詞が存在しないラテン語を除いて、通常は定冠詞が使われる。いずれも女性名詞で、ドイツ語では「die(ディー)」、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語では「la(ラ)」である。
一般的に使用される国名コードのISO 3166-1ではスイスは、ラテン語由来の「CH」または「CHE」である。一方で、国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)が定めるIOCコードはフランス語の「Suisse」に由来する「SUI」である。これは、近代オリンピックの創設者であるピエール・ド・クーベルタンがフランス人で、フランス語がIOCの第一公用語のためである[16]。
| 言語 | 表記 | 発音 |
|---|---|---|
| ドイツ語 | Schweizerische Eidgenossenschaft | シュヴァイツェリッシェ・アイトゲノッセンシャフト[17][18] |
| フランス語 | Confédération suisse | コンフェデラシオン・スュイス[19][20] |
| イタリア語 | Confederazione Svizzera | コンフェデラツィオーネ・ズヴィッツェラ[21][22] |
| ロマンシュ語 | Confederaziun svizra | コンフェデラツィウン・ズヴィーツラ[23][24] |
| ラテン語 | Confoederatio Helvetica | コンフォエデラーツィオ・ヘルヴェーティカ[25] |
| 言語 | 表記 | 発音 |
|---|---|---|
| ドイツ語 | Schweiz | シュヴァイツ[26] |
| フランス語 | Suisse | スュイス[27] |
| イタリア語 | Svizzera | ズヴィッツェラ[28] |
| ロマンシュ語 | Svizra | ズヴィーツラ[29] |
| ラテン語 | Helvetia | ヘルヴェーツィア[30] |
スイスは、リヒテンシュタイン、オーストリア、フランス、イタリア、ドイツと長さ1,935kmの国境線で接する内陸国である。最も近い海岸線は、イタリアのジェノヴァ湾で、キアッソから約160km離れている。国土は東西348km、南北220kmに広がる。面積は41,291k㎡で、九州(本島)より約12%大きい。北緯45.8度から47.8度、東経6.0度から10.5度に位置する。2024年12月末現在の人口は9,051,029人で、そのうち外国籍が27.4%を占める。また、都市人口率は86.3%である。合計特殊出生率(TFR)は1.29で、人口置換水準を大きく下回る。高齢化率は19.5%で、高齢社会に分類される。平均寿命は男性82.4歳、女性85.9歳と世界有数の長寿国である。人口密度は1k㎡当たり219人だが分布は不均一で、人口の2/3以上が、国土面積の31%に過ぎないスイス高原(ミッテルラント)に居住している。一方で、プライメイトシティや市域人口100万人以上の大都市はなく、高原内部では分散が見られる。15歳以上で無宗教を自称する人は36.8%で最大のグループであり、世俗化が見られる。カトリックは30.0%、プロテスタントは18.7%、その他キリスト教派は6.0%、イスラム教は6.0%を占める。第一言語の話者の割合はドイツ語61.4%、フランス語22.6%、イタリア語7.7%、ロマンシュ語0.5%である。[81][82][83][84][85][86]
国土は主に大陸プレート同士の衝突によって形成された。アルプス造山運動として知られるこの運動は、アルプス山脈、スイス高原(ミッテルラント)、ジュラ山脈という3つの主要な地理的地域を形成した。最終氷期には国土の大部分が分厚い氷河に覆われていたため、氷河の侵食・運搬・堆積作用による壮大な氷河地形が数多く見られる。ヴァリス州には長さ23kmでヨーロッパ最長であるアレッチ氷河がある。国内の最高地点は、アルプス山脈のモンテ・ローザ山群の最高峰であるプンタ・デュフールで標高4,634m、最低地点は、イタリアに跨るマッジョーレ湖の湖面で、標高193mである。1,500以上の湖があり、その大半が氷河湖である。また、ライン川、ローヌ川と、ドナウ川の重要な支流であるイン川はスイスのアルプス山脈に源流域がある。「ヨーロッパの給水塔」と呼ばれる豊富な水資源と、高低差のある地形を活かした水力発電が盛んで、国内発電量の59.1%を占める。原子力29.1%、太陽光7.3%、廃棄物2.7%、バイオマス1.3%、LNG火力0.3%、風力0.2%、石油火力0.02%である。周辺国と電力を輸出入しているが、年間差し引きで輸出量が輸入量を上回る電力の純輸出国である。水道水は法的に食品として位置付けられており、飲用可能である。平均標高は、アンドラに次いでヨーロッパで2番目に高く、世界では17位である。アルプス山脈には4,000m級の山が82座あるが、そのうち48座がスイスにある。国内に火山は存在しない。[87][88][89][90]
スイスの気候区分は以下の通りとなっている。
大気汚染や水資源の水質汚染が懸念されている。また、生態系においては生物多様性の喪失に直面している。
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現在のスイスの連邦憲法は1999年に採択され、2000年1月1日に発効した。
スイスは、連邦国家であり連邦議会(独: Bundesversammlung、英: Federal Assembly)を最高機関とする議会統治制、つまり立法府が行政府を兼ねる統治形態をとっている。連邦議会は両院制で、直接選挙(比例代表制)で選ばれる200議席の国民議会(独:Nationalrat、英:National Council)と州代表の46議席の全州議会(独:Ständerat、英:Council of States)から構成される二院制である。
立法府を兼ねる連邦政府(内閣)は、連邦議会から選出される7人の連邦参事(ただし閣僚や大臣とは呼ばない)で形成される合議体である。内閣は、ドイツ語圏の諸国と異なり連邦参事会(独:Bundesrat、英:Federal Council)と呼ばれる。7人の連邦参事(7 Bundesraete)が各省を統括し、その中の1人が連邦参事兼任のまま任期1年の連邦大統領となる。連邦議会の議場と連邦政府の各省庁のオフィスはともにベルンの連邦議会議事堂Bundeshaus(連邦院とも訳される)の中にある。大統領の権限は儀礼的なものに限られる。
また、スイスの連邦参事は議会の獲得議席数に応じて自動的に割り振られる。そのため、政党は一定の議席を得ている限り、また意図的に下野しない限り自動的に連立与党の一員となる(比例代表制であるため、1党による単独過半数は過去に例がない)。マジック・フォーミュラーも参照のこと。
国民の政治参加に関して、国民発議(イニシアティヴ)と国民投票(レファレンダム)という、直接民主制の制度が憲法上で認められているのも大きな特徴である。
2023年10月22日に行われた国民議会議員選挙では、移民排斥を主張しているスイス国民党が62議席を獲得し、第1党を維持した。以下、スイス社会民主党が41議席、中央党が29議席、スイス自由民主党(急進民主党)が28議席、スイス緑の党が23議席、自由緑の党が10議席、その他が7議席となった。
1959年以来の主要4党の獲得議席数は、立法:連邦議会 - スイスの情報を参照。
スイス連邦憲法は、連邦政府に委任すべき事項を規定している。憲法に規定のない事項については州政府が主権をもつ。たとえば参政権の規定は州政府に主権があり、1971年に憲法で婦人参政権が確立したあとも、1990年に至るまでアッペンツェル・アウサーローデン準州では婦人参政権が制限されていた。憲法改正は比較的容易であり、10万人の改正要求があった場合は改正提案に対する国民投票が実施される。憲法改正が多い国で、現行の1999年憲法が施行される前の1874年憲法(旧憲法)は、過去140回以上にもわたる部分改正が行われており、全面改正後の現行憲法(2000年施行)も2003年時点ですでに6回改正されている[91]。
スイスでは連邦政府、州、市町村の3段階の行政組織が課税権を有している[92]。税率は平均20%[92]。それぞれが独自に税率を設定できるため、個人の税率を低く設定して外国の富裕層の取り込みを図る州もある[92]。
法人税についても優遇措置をとっており、外国から本社をスイスへ移転する企業がある[92]。
スイスには、26のカントン(canton)と呼ばれる州が存在する。そのうち、6は準州と呼ばれ、全州議会の議員定数配分が通常の州の2名に対し1名だけとなっている。カントンは全部で2,889の市町村に分かれている。
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2025年、第2次トランプ政権は、貿易赤字を理由に各国に相互関税を課す方針を打ち出した。スイス当局は、アメリカとの間で貿易枠組み協定を取りまとめを進めたが、アメリカは年間400億ドルの対米黒字を記録するスイスに対し、これを解消する措置を要求。最終的には同年8月1日までにEU各国の20%よりも高率の39%の関税が課せられることが決まった[98][99]。その後、貿易合意により、関税は15%に引き下げられた。
スイスにおける国防の基本戦略は、拒否的抑止力である。すなわち敵国にとって、スイスを侵略・占領することによって得られる利益よりも、軍民の抵抗や国際社会からの非難・制裁によって生じる損失の方が大きくなる状況を作り出すことによって、紛争を未然に防ぐ戦略である。2002年の国連加盟後も、この基本戦略は変わっていない。
現代におけるスイスは、国軍として約4,000名の職業軍人と約21万名の予備役から構成されるスイス軍を有し、有事の際は焦土作戦も辞さない毅然とした国家意思を表明しながら、永世中立を堅持してきた、平和・重武装中立国家として知られる。また、スイスは国際連合平和維持活動(PKO)への参加に積極的で、国外に武装したスイス軍部隊を派兵しているが、決して武力行使をせず、人道支援に徹している。
多数の成人男子が、予備役もしくは民間防衛隊(民兵)として有事に備えている。平和国家であるスイスではあるが、スイス傭兵の精強さは、ヨーロッパの歴史上、殊に有名である。現在でも、軍事基地が岩山をくり抜いた地下に建設されるなど、高度に要塞化されており、国境地帯の橋やトンネルといったインフラストラクチャには、有事の際速やかに国境を封鎖する必要が生じた場合に焦土作戦を行うため、破壊用の爆薬を差し込む準備が整っている。
仮に、国境の封鎖に失敗して外国の侵略を受けても、主要な一般道路には戦車の侵入を阻止するための障害物や、トーチカが常設してある。東西冷戦の名残で、2006年までは、家を建てる際には防空壕(核シェルター)の設置が義務づけられていた[100][101]。その数・収容率と強固な構造は、他国の防空壕と比べても群を抜いている。古い防空壕は、地下倉庫や商店などとしても利用されている。
第二次世界大戦中のスイス空軍は、1907年のハーグ陸戦条約で定められた国際法上の「中立義務」を果たすため、領空侵犯する航空機があれば連合国側・枢軸国側を問わず迎撃した。ちなみに、当時のスイス軍の航空機は、一部の国産機を除いてはフランスとドイツの戦闘機を輸入、またはライセンス生産したものだった。
当時、仮に外国の軍隊がスイスを侵略しスイスの存立が絶望的となる最終局面に陥った場合は、外国の軍隊がスイスのインフラを強奪する寸前のところで放火や爆破などの焦土作戦を実施し、侵略者に一切の戦利品を与えないように計画していた。その一方で、当時のスイス政府は柔軟な姿勢で外交と通商を展開した。第二次世界大戦においては、「資源を持たないスイスが、資源を持つ国と通商することは生存権の行使であって、中立義務に違反するものではない」と主張して、国民の生活を守るために必要な資源や武器を枢軸国・連合国双方から輸入し、国益を確保した。
スイスは陸軍と空軍を有するが、他国を攻撃しうる戦力投射能力は有しない。陸軍は船舶部隊(水軍・海軍とも呼ばれる)を有する。船舶部隊は、おもに国境をなすレマン湖(ジュネーヴ湖)、国際河川のライン川、コンスタンス湖(ボーデン湖)に配置されている。特に、フランスとの国境にあるバーゼルは別名スイス港とも呼ばれ、石油などを積んだ排水量3,000トン未満の船が、オランダのアムステルダム港から、ドイツとフランスを経由してライン川を遡行してくる。バーゼルは、内陸国であるスイスが水運を通じて海とつながる唯一の貿易港となっている。20隻の哨戒艇が主力である船舶部隊は、有事の際にはライン川を遡行する商船を臨検、徴用することとなる。
冷戦の一時期、スイスは自立能力を高める為に兵器の国産化に取り組んだ。かつては戦車や航空機も国産していたが、開発費用の高騰と技術的課題のため断念した。エリコンといったスイスを代表するメーカーは、かつては防衛産業を担っていたが、現在では軍事に関与しない企業に生まれ変わっている。一方で、小火器や装甲車は依然として高い国際競争力を持ち、世界中に輸出されている。銃器メーカーであるシグの製品は日本にも輸出され、警察等の法執行機関や自衛隊で採用されており、ピラーニャ装甲車などの兵器は、アメリカ軍の採用を勝ち取ったことで有名である。
スイスでは国民皆兵を国是としており、徴兵制度を採用している。20歳から30歳の男性に兵役義務があり、女性は任意である。スイス人男性の大多数は予備役軍人であるため、各家庭に自動小銃が貸与され、予備役の立場を離れるまで各自で保管している。かつては冷戦下の厳しい国際情勢に即応するため、包装された弾薬と手榴弾が貸与され、悪用防止の封印を施した容器に入れて各自が保管していた時期もあった[102]。
対戦車兵器や迫撃砲など、より大型の武器は、地区単位で設置されている武器庫に収められ、厳重に管理されている。これらの支給火器が犯罪に用いられることはごくまれであったが、2007年9月から予備役に貸与されていた弾薬は回収され、スイス軍が集中管理するようになった。現在、予備役の立場にある国民は、自動小銃は持っていても弾薬は持っていない。有事の際は、動員令を受けた予備役に対して速やかに弾薬が貸与される事になっている。
銃が手軽に手に入る社会であるため、スイスでは自殺にも銃を用いる傾向がある。自殺者の24%から28%が銃を用いており、その割合はアメリカ合衆国に次ぐ世界2位で、ヨーロッパの中では最高である。また男性が銃による自殺を選択する傾向があり、銃による自殺者の95%は男性である[103]。しかし、「世界平和度指数」の軽火器へのアクセスしやすさによると、スイスは5段階評価で2点で、台湾やドイツと同レベルであり、スイスはアメリカのように弾薬が簡単に手に入る社会ではないことがうかがえる[104]。
政府によってスイスの一般家庭に「民間防衛(Defence Civile)」という本が配布されている。他国に占領された場合のゲリラ活動の仕方など事細かく書かれ、有事に備えている[105]。
IMFによると、2024年のスイスの購買力平価ベースの一人当たりGDPは95,155ドルで世界8位、都市国家やミニ国家を除くと5位である[106]。また、名目ベースでは104,681ドルで世界4位である[107]。名目GDPは9,381億5,300万ドルで、世界20位である[108]。時間当たり実質労働生産性は、1992年から2024年までの33年間で46.1%上昇した[109]。平均年間労働時間は1,532時間で、OECDの平均(1,736時間)を下回る[110]。
人間開発指数(HDI)に格差を反映した不平等調整済み人間開発指数(IHDI)は、世界4位である。
一般政府純債務残高はGDP比17.1%[111]と低水準である。ソブリン債の信用格付は、S&P、ムーディーズ、フィッチの三大信用格付機関において、オーストラリア、オランダ、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ルクセンブルクと並んで、最高評価(いずれも見通し安定)を得ている[112][113][114]。
政治的な中立性の高さや財政面での基盤の強固さから、スイス・フランは安全資産として機能している[115]ため、恒常的に通貨高である。そのため、物価水準は世界トップクラスだが、その物価を考慮しても収入は非常に高い。PPPで各国の物価水準の違いを反映した雇用者1人当たり年間雇用者報酬(フルタイム換算)は、OECD加盟国38カ国中、ルクセンブルク、アイスランドに次いで3位である。OECDの平均より43.0%高い。自国通貨建てでは、94,846フランである[116]。また、PPP基準での18~64歳の等価可処分所得の中央値[117]は、ユーロスタット(欧州連合統計局)の統計対象国34カ国中、ルクセンブルク、ノルウェーに次いで3位である。EUの中央値より44.5%高い。世界で最も国際競争力が高い国の1つであり、IMDの「世界競争力年鑑2025」では1位である。ビジネスの生産性と効率性、公的財政の持続可能性、法の支配等の制度的枠組み、教育、技術インフラ、科学インフラにおいて特に高い評価を得ている[118]。また、2024年には工業製品(一部農産加工品を除くHSコード第25~97類)の関税を、原産国を問わず撤廃した[119]。一方で農産品は、食料安全保障の観点から、高関税や補助金で強く保護されている[120]。
金融資産100万ドル以上の富裕層の人口は約112万人と推計されており、世界13位である[121]。総人口に占める富裕層の割合は約12%で、調査国の中で最も高い。また、外国人富裕層の純流入が続いている[122]。
近世に至るまで、スイスのおもな産業のひとつとして存在したのが傭兵であった。スイスはその地形から農業などの産業を発達させにくかったため、戦力を輸出することで産業不足を補っていた。 現在は戦力の輸出は禁止されているものの、バチカンのスイス衛兵は唯一の例外として認められている。スイス企業の産業分野は手広い。金融業(銀行、保険)、電力、観光業、精密機械工業(時計、光学器械)、化学薬品工業が挙げられる。
スイスは「協同組合の国」であり、2018年には協同組合の大手10社だけでGDPの11%以上を占めた[123]。ほとんどのスイス人が協同組合で食料品を購入し、多くが組合銀行に口座を持つ。スイスの2大小売企業ミグロ、コープはいずれも協同組合である。
リャマやアルパカを飼育する農家が乳や毛の生産に使うためスイス国内で増えている[124]。
スイスにおけるエネルギー部門は、その構造と重要性から先進国の典型として現在も世界各国の手本にされている。
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チューリッヒに本部を置くABBグループが世界規模で事業展開しており、同社が1988年に吸収したスウェーデン企業のASEAは地中海を取り巻くスーパーグリッドの敷設に参画している。
スイスの鉱業は、岩塩の採掘のみに頼っている。浅海の堆積物と海水が褶曲、もしくは押しかぶせ断層によって地層中に閉じ込められたことに由来し、採掘量は2002年時点で30万トンである。ただし、岩塩精製ではカリウムが副産物として得られる(ドイツ帝国#経済)。
グレンコアなど海外で採掘事業を行う企業もある。
第一次世界大戦以来、ノバルティスの前身3社であるチバ・サンド・ガイギーがシンジケートを形成していた。1929年4月、この3社とIG・ファルベンインドゥストリーとフランスの染料組合Centrale des Matières Colorantes は国際カルテルを組んだ。このカルテルは世界輸出の5分の4を掌握し、内輪で全染料売上げをスイス19.00%、ドイツ71.67%、フランス9.33%の比率で分配した[125]。1932年2月、ここへインペリアル・ケミカル・インダストリーズが参加して日米がアウトサイダーとなった。
スイスには中世からの金融業の歴史があり、多数の金融機関がある。UBS、チューリッヒ保険など、一部の企業は日本にも進出している。
スイス銀行と言われる個人銀行(いわゆるプライベートバンク)は、顧客の情報の守秘義務に関して国際的に有名で、刑事事件が起こっても、原則として顧客の情報は外部に漏らさない。このことからマネーロンダリングの中継地として、しばしばスイス銀行の口座が使われることがある。この秘密主義の方針は、しばしば世界的な批判の的となっている。
経済協力開発機構は、スイスに対して資産の出所を確かめる義務を履行するよう勧告している。この他、独裁者や犯罪者の隠し財産として利用されることもあるため「独裁者の金庫番」「犯罪者の金庫番」と揶揄され、スイス人のあいだでもスイスの名誉を傷つけているという批判がある。有名なところでは、フィリピンのマルコス元大統領や、コンゴのモブツ元大統領、ハイチのデュヴァリエ元大統領などは、国民の財産を強奪して私物化した資金をスイスの銀行に預けていることが分かっており、スイスの銀行は彼らの略奪行為について共犯性があるという指摘がある[126]。
スイスリークス事件発覚後はスイス政府も、各国の警察および金融当局に対して柔軟な対応をしており、犯罪収益金の没収などの処置を行い当該国に一部返還している[126]。
観光産業はスイス経済にとって重要な分野のひとつであり、総就労人口の約4%が観光産業に従事している[127]。たとえば2015年、スイスの観光産業は3560万人の宿泊客を迎え入れ、その収益は174億フランに達し、国内総生産の約2.8%を占めた[127]。2015年、ヨーロッパからスイスへともっとも多くの宿泊客が来訪した国はドイツであり、約400万人であった[127]。
スイスの主な観光地は、チューリヒ、山岳地域のグラウビュンデン州、ベルン州、ヴァリス州などである[127]。
歴史をふりかえると、スイスは昔から観光客を魅了していた[127]。スイスはヨーロッパの交差点のような場所に位置し、18世紀と19世紀には文学作品の舞台やロマン派絵画の題材となり、世界の人々がスイスの山の世界に熱狂し、そのころに、イギリスの旅行代理店トーマス・クックが初のスイスツアーを企画した[127]。
第二次世界大戦後にはウィンタースポーツがさかんになり、スイスでもウィンタースポーツが楽しめる保養地として人気を集めた[127]。
最近ではスイス政府観光局などスイスの観光関連組織は、インド・ロシア・中国などといった新興国からの観光客を迎えるために努力している[127]。
スイスの鉄道はSBB(スイス連邦鉄道、旧スイス国鉄)が主要幹線を網羅しており、山岳部では、私鉄の登山列車などが運行している。空港のある都市は、チューリッヒ・ジュネーヴ(ジュネーヴ空港)・バーゼル(ユーロエアポート・バーゼル=ミュールーズ空港)・ベルン・サメーダン(エンガディン空港)・ルガノなど。日本からの直行便は、スイス インターナショナル エアラインズのチューリッヒ・東京(成田空港)便とチューリッヒ・大阪(関西国際空港)便がある。チューリッヒ空港では、ドイツ語の案内放送のあと、英語で案内放送がある。
他にも、ドイツやオーストリアのようにアウトバーンと呼ばれる高速道路を持っている。
パラケルススやフェルディナン・ド・ソシュール生誕の地域として知られており、学問的分野ならび科学技術が最も発達している国家の一つに数え上げられる。
スイスでは天然資源と成り得るものが殆ど存在しない為、科学技術は同国経済の発展において重要な役割を果たしている。
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現在のドイツ語圏は5世紀にローマ人が撤退したあと、北からやってきたゲルマン系アレマン人が支配した地域であり[128]、ヘルウェティイ族などのケルト系先住民と混血した。フランス語圏は同時期のゲルマン系ブルグント人の支配地域で[128]ヘルヴェティア共和国以降の19世紀にフランス語化したものであり、イタリア語圏はゲルマン系ランゴバルド人、ロマンシュ語圏はケルト系ラエティア人の地域の名残とも考えられる[128]。その後、現在のスイス全土はゲルマン系のフランク王国や神聖ローマ帝国に支配されたため、ラテン化されたケルト人にゲルマン系が加わった流れはほぼ共通する。いずれにせよ混成民族であることはすべての欧州国家の例にもれない。
外国人の定住者ないし短期労働者は全人口の2割に及び、2007年には145万人に達した。欧州内の移民が多く、もっとも多いのはイタリア29万5,507人、次にドイツ22万4,324人となっているが、特に旧ユーゴスラビア諸国出身者は非常に多く、35万人前後にもなる(セルビア・モンテネグロ19万6,078人、マケドニア6万509人、ボスニア4万1,654人、クロアチア3万8,144人)。また、中東からはトルコ人も7万5,382人と多い。
2004年には、3万5,700人がスイス国籍を取得した。その半数以上が旧ユーゴスラビア諸国出身者である。スイスは世界中から多くの難民を受け入れている。移民は通常、ストレスのために健康を比較的に害するが、2013年の学術誌『PLoS ONE』によると、スイスに住むポルトガル系移民の心血管疾患はポルトガル在住者と変わらない[129]。しかし移民に対する反発は根強くあり、2014年6月には国民党が提案した「大量移民反対イニシアチブ」によって4か月を超えてスイスに滞在する外国人には人数制限を行う方針となった[130]。
2020年に流行した新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、アジア人が差別的言動を受ける例も報告されている[131]。
2022年、スイスはできるだけ迅速かつ効率的に庇護を受け入れるため、庇護申請に対する回答期間を当初の400日から140日に短縮した。その結果、中国などからの亡命希望者は大きな恩恵を受けている。2022年2月の時点で、スイスは他のヨーロッパ諸国よりもはるかに多くの難民を受け入れている。亡命希望者が第三国に住んでいる場合、ダブリンルールによりスイスで庇護を受けることができなくなるため、スイスで直接庇護を求めるべきである[132]。
スイスでは、各地方の地理的・歴史的な理由から使用言語が分かれているためドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つを公用語と定めている。これに合わせ、スイスの公共放送・SRG SSR(スイス放送協会)も、4つの公用語を使用して放送している。
北部と中部ではおもにドイツ語が使われている(全人口の64%、右図の黄色)。その多くはアレマン語系のスイスドイツ語と呼ばれる方言であるが、新聞やテレビ、ラジオのニュース番組ではドイツの標準語である高地ドイツ語が使われる。ただし地方の放送局ではニュース以外の一般番組もほとんどスイスドイツ語で、全国放送でもテレビの天気予報だけはスイスドイツ語である。
西部ではフランス語が(20%、紫色)、南部ではイタリア語が(6%、緑色)使われている。スイス・フランス語は標準フランスとほとんど変わりはないが、数の数え方に若干特徴がある(数字の70、80、90をフランスのsoixante-dix、quatre-vingt、quatre-vingt-dixではなくseptante、huitante、nonanteと言う)。イタリア語はロンバルド語の系統に属する西ロンバルド語が混じる。ティチーノ州で使われるロンバルド語系イタリア語はティチーノ語とも呼ばれる。
ロマンシュ語は、南東部にあるグラウビュンデン州のごく一部の人々の間で使われているだけであり、いまだ絶滅の危機にある(0.5%、赤色 - 面積は広いが人口は少ない)。ドイツ語圏以外のスイスでは、ドイツ語を学習する場合、普通標準ドイツ語を学ぶため、かなり差異のあるスイスドイツ語の理解がスムーズにできないことがある。したがって、ドイツ語圏スイス人と非ドイツ語圏スイス人の間で会話する時、ドイツ語圏のスイス人は標準ドイツ語を理解できるものの、会話の上では障害となることが多く、公用語であるフランス語のほかに英語を用いることも多くなっている。学校教育において英語を必修科目とし、母語以外の公用語を選択科目とする学校が増えていることも、若年層における英語の使用に拍車をかけている。
そのほか、移民の出身地域である旧ユーゴスラビアの国々の言語やトルコ語が使われる。
婚姻時、2013年以前は夫の氏が優先であった。正当な利益があれば、妻の氏を称することもできた(同氏)。自己の氏を前置することもできる[134]とされていたが、2013年以降、婚前に特に手続きしないかぎり原則として婚前の氏を保持すると変更され、完全な選択的夫婦別姓が実現された。配偶者の氏に変更するためにはそのように婚姻前に手続きを行わなければならない[135]。2022年7月1日から同性結婚が可能となった。
スイス国民が信仰する宗教は、カトリックが人口の約43%、プロテスタントが約35%と、この2つでほとんど大部分を占める。ほかにはイスラム教が約4%、正教会が約2%、ヒンドゥー教、仏教、ユダヤ教などが、各1%未満であり、約11%が無宗教となっている。
2009年12月16日、ジュネーヴのイスラム関係者が、モスクの塔(ミナレット)新設禁止に抗議して、欧州人権裁判所に提訴したことが明らかになった。同年11月には、スイス国民投票においてモスク新設は禁止が賛成多数で承認されていた[137]。
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ユニバーサルヘルスケアが達成され、市民は公的または民間保険会社から医療保険を購入する義務があり、保険者は引き受けを拒むことはできない。医療制度はほかの欧州諸国と比べ費用は高いがアウトカムは良好であり、患者の満足度は高く、2017年のEuro Health Consumer Indexでオランダに次いで34か国中総合2位であった[138]。2016年での平均余命は83.3歳(男性が81.2歳、女性が85.2歳)で、日本に次いで世界2位であり、男性は世界一、女性は世界5位となった[139][140]。しかし、保健支出は高く2015年にはGDPの12.1%を占め、これはドイツやフランスの約11%より少し高く、アンドラ並の値である[141]。1990年より医療の高度化、市民の長寿命化を受けて徐々に費用が増加傾向にある[142]。
市民の生活満足度は高く、国連世界幸福度報告では第2位(2016年)、OECDの人生満足度(Life Satisfaction)ではデンマーク、アイスランドに次いで第3位、世界幸福地図では世界178か国で第2位(2006年)であった。
アメリカ誌の「USニュース&ワールド・リポート」が発表した世界最高の国ランキングに、スイスは第1位(2020年)に選ばれた[143]。
スイスでは、国際基準による高水準の動物福祉政策ならび保護政策を行なっている。
スイスでは他者の人権の受け入れ、汚職の少なさ、情報の自由な流れ、良好なビジネス環境、高いレベルの人的資本、資源の公平な配分、十分に機能する政府、および近隣諸国との良好な関係によって決まる2023年の「積極的平和指数」で世界第4位を獲得した[144][145]。
スイスの税関は2018年に、日本の大規模な同人誌即売会であるコミケから戻ってきたファンによって家に送られた漫画を没収した[146]。スイス刑法第197条により、図面や仮想描写などの純粋に架空の形式の非実在児童ポルノはスイスでは違法である。この法律には、コミック(マンガ)やその他の仮想バージョンでの児童ポルノの描写も罰せられる。刑法第197条は、「未成年者との非実際的な性行為」の描写も罰せられると明確に述べている。この背後にある考え方は、児童ポルノの消費が模倣行為につながる可能性があるため、未成年者が「本物」であるか「唯一」の仮想であるかは関係ない[147]。しかし、スイスは多くの欧米諸国と比較して、非実在児童ポルノに対してそれほど厳しくはない。カナダとイギリスはどちらも、未成年のキャラクターが登場する非実在児童ポルノを所持している人々を刑務所に入れている[146]。一方、フィンランド[148]、ドイツ[149]、オランダ[150]、スウェーデン[151]、デンマーク[152]などの欧州諸国では、実写風でない非実在児童ポルノは合法とされている。
スイスの治安は比較的良好であるといわれているが、スイスの犯罪統計によれば、2019年の犯罪件数(麻薬法・入国管理法違反を除く)は43万2,000件(前年比±0%)(多い順に、チューリッヒ州:91,174件、ベルン州:53,942件、ジュネーブ州:47,499件、ヴォー州:45,805件)となっている。内訳は、財産犯罪(窃盗・車両盗難・強盗・詐欺・恐喝など)が286,207件で約66%を占めるほか、殺人:46件、傷害:8,347件、脅迫:10,834件、性犯罪:8,189件などが挙げられる。また麻薬法違反:75,757件(-0.7%)、入国管理法違反:37,024件(-3.6%)とされている。
観光が盛んなことから観光客を狙った犯罪が多い。特にチューリッヒ、ルツェルン、バーゼル、ジュネーブ及びベルンといった都市部において、ホテルのロビー及びレストランでの置き引き、公共交通機関内でのスリ、空港でのクレジットカード詐欺被害が報告されている[153]。
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スイス連邦政府は一般的な法執行機関を持っておらず、国内の法執行機関の調整は州の警察司令部の委員会によって行なわれている。
2023年現在、26の州警察機関と多数の地方警察機関が、同国の法執行機関を支えている。
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スイスには 124の拘留施設が存在し、施設の全てが州によって運営されている。収容人数は最大 6,736人。
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4つの公用語と文化的多様性により、スイスのマスメディアは長らくヨーロッパで最も発展し、完璧なものであった[154][155]。
しかしスイスは国土が狭いため、国境を接する大きな国家に強い影響を受ける。国外のジャーナルやラジオやテレビは国中で人気である[156]。 報道部門はスイス放送協会の管轄であり、連邦政府の補助金も受け取っているが[157][158]、出版物に関して政府は関与していない。
スイスは2021年に国境なき記者団による世界報道自由度ランキングで10位にランクインした[159][160]。
アルザス料理も含むドイツ料理、フランス料理、イタリア料理といった周辺の国や地域の影響を受けながらも、スイス特有の多くの料理を有する。
スイスは歴史的な農業国であり、伝統的なスイス料理は素朴で、ジャガイモとチーズのような質素な食材で作る傾向がある。
古くはドイツ文学が優勢であったが、18世紀になるとフランス語話者の流入などから、ベルンなどでフランス語が流行した[161]。スイス出身の作家として、イェレミアス・ゴットヘルフ(1797年 - 1854年)やゴットフリート・ケラー(1819年 - 1890年)、近現代ではマックス・フリッシュ(1911年 - 1991年)やフリードリヒ・デュレンマット(1921年 - 1990年)などが挙げられる。デュレンマットの『約束』は、2001年にジャック・ニコルソン主演でハリウッド映画化された[162]。
フランス文学では、ジャン=ジャック・ルソー(1712年 - 1778年)やスタール夫人(1766年 - 1817年)が有名である。シャルル=フェルディナン・ラミュ(1878年 - 1947年)は、過酷な環境に身を置く小作農や山地の住民の人生を描いた。イタリア語やロマンシュ語を母語とする作家も、スイス文学の多様性に貢献している。
おそらく最も有名なスイス文学である『アルプスの少女ハイジ』は、アルプス山中に祖父と暮らす孤児の少女を描いたもので、児童文学の名作としてスイスの象徴にもなっている。作者のヨハンナ・シュピリ(1827年 - 1901年)は、同様の主題の作品を数多く著わした[162]。
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バーゼルを拠点に、異文化交流を目的とした『カルチャスケープス』と呼ばれる学際的な芸術祭が毎年秋に開催されている。
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国内における言語の違いと文化的多様性が、スイスにおける映画史を形づくっている。ドキュメンタリー映画、アートフィルムや実験映画、そして大衆的な商業映画が存在し、作品群についても作家たちについても、情報源の多様さより以上の多様性が存在している。
スイスには700を超える様々な伝統衣装が存在する。特に女性の衣装は、地域毎に異なることがよくあるといわれている[注釈 1]。
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国民を啓発する目的から考案された「連邦祭」やワイン生産者の祭典「フェット・デ・ヴィニュロン」が開催されている。
スイス国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が7件、自然遺産が3件存在する。
法定祝祭日は以下の通りとなっている。
| 日付 | 日本語表記 | 独語表記 | 仏語表記 | 英語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Neujahrstag | Jour de l'An | New Year's Day | |
| 聖金曜日 | Karfreitag | Vendredi Saint | Good Friday | 移動祝祭日。復活祭の前々日。 | |
| 復活祭 | Ostern | Pâques | Easter | 移動祝祭日。春分後の最初の満月の次の日曜。 | |
| 復活祭月曜日 | Osternmontag | Lundi de Pâques | Easter Monday | 移動祝祭日。 | |
| キリスト昇天祭 | Auffahrt | Ascension | Ascension | 移動祝祭日。復活祭から数えて40日目。 | |
| 聖霊降臨祭・五旬節 | Pfingsten | Pentecôte | Whit Suntide | 移動祝祭日。復活祭から数えて50日目。 | |
| 聖霊降臨祭月曜日 | Pfingstmontag | Lundi de Pentecôte | Whit Monday | 移動祝祭日。 | |
| 8月1日 | 建国記念日 | Bundesfeier | Fête de la Confédération | Confederation Day | ロマンシュ語の一種であるルマンチュ・グリシュンにおける名称は「Bundesfeiertag」(「連邦の休日」の意)である。 |
| 12月25日 | クリスマス | Weihnachtstag | Noël | Christmas Day | |
| 12月26日 | ボクシング・デー | Stephanstag | Saint-Étienne | St. Stephen's Day |
このほか、地域ごとの祝日がある。
スイス国内ではサッカーが最も人気のスポーツとなっており、今から120年以上前の1897年にプロサッカーリーグの「スーパーリーグ」が創設された。スイスサッカー協会によって編成されるサッカースイス代表は、FIFAワールドカップには12度の出場歴があり1954年大会は自国開催された。
UEFA欧州選手権には6度出場しており、UEFA EURO 2008を隣国のオーストリアと共同開催している。スイス人の著名な選手としては、ジェルダン・シャチリ、グラニト・ジャカ、リカルド・ロドリゲス、ステファン・リヒトシュタイナー、ヤン・ゾマー、マヌエル・アカンジなどが存在する。
1954年から2016年まで、スイス国内でモータースポーツの開催が認められていない時期があった[163]。しかしながら、スイスを拠点に国外で活躍する有力なレーシングチームやレーシングドライバーはこの期間中も存在していた[注釈 2]。ただし、時計を通じて争うタイムアタックだけのレースは認可されていたため、ラリーやヒルクライムのイベントは開催されていた。
スイスではテニスも盛んであり、有名な選手としてはロジャー・フェデラーが挙げられる。またウィンタースポーツも盛んで、スキージャンプ、アルペンスキー、スノーボード、カーリングといった競技も行われている。サンモリッツでは1928年冬季オリンピックと1948年冬季オリンピックの2回の冬季オリンピックと、2020年ローザンヌ冬季ユースオリンピックが開催された。
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