【概要】 本来の薬効がない偽の薬。偽薬対照試験とは、ある薬剤の効果を調べるために、偽薬と本物の薬を患者にわからないように割り付けて調べる方法。なかには偽薬でも副作用や、逆に良い効果が経験されることがあり、これを偽薬効果という。偽薬と比べて統計的に意味のある差があるとき、効果があったと判定する。
【詳しく】 抗HIV薬はすでに有効な薬があるので、まったくの偽薬を使うことは許されない。このため比較試験を行う場合は、すでに確立したレジメンと、新しいレジメンの比較を行う。すべての臨床試験には倫理委員会の承認を必要とする時代になった。臨床試験としての認知が得られないし、専門論文としても採用されない。
(placebo から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/17 05:21 UTC 版)
| プラシーボ Placebo |
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2009年11月のライブより。
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| 基本情報 | |
| 別名 | Ashtray Heart |
| 出身地 | |
| ジャンル | オルタナティヴ・ロック グラムロック ゴシック・ロック ポストパンク・リバイバル |
| 活動期間 | 1994年 - |
| レーベル | ユニバーサルミュージック |
| 公式サイト | placeboworld |
| メンバー | ブライアン・モルコ ステファン・オルスダル |
| 旧メンバー | ロバート・シュルツベルグ スティーヴ・ヒューイット スティーヴ・フォレスト |
プラシーボ(Placebo)は、イギリスのバンドである。1994年にロンドンで結成。
ブリットポップ期のデビューながら、ブリットポップとは完全に趣を異にするグラムロックやゴシック・ロック色の強い音楽性は、当時のシーンにおいて異彩を放っていた。その後は徐々にニューウェイヴ色を強めている。
フロントマンのブライアン・モルコは、アイシャドウに口紅といった女性的なヴィジュアル・メイクを施すことでも知られる。
以前、ルクセンブルクでアメリカン・スクールに通っていたブライアン・モルコとステファン・オルスダルが1994年に地下鉄の駅で再会したのをきっかけに結成。
結成当初、ドラマー不在だったため、スティーヴ・ヒューイットとロバート・シュルツベルグが交代でドラムをたたいていた。その後、ロバートが正式にプラシーボのドラマーとなったがブライアンとの折があわず1996年に脱退、スティーヴが正式に加入した[1]。
最初の2枚のシングルはそれぞれフィアース・パンダ・レコード (Fierce Panda Records) とディセプティヴ・レコード (Deceptive Records) よりリリースされた。その後、バンドはヴァージン・レコード傘下のインディー・レーベルであるハット・レコーディングス (Hut Recordings) と契約し、1996年にデビュー・アルバム『プラシーボ』をリリース。1997年の「Nancy Boy」(アルバム『プラシーボ』からシングルカット)、1998年の「Pure Morning」(セカンド・アルバム『ウィズアウト・ユー・アイム・ナッシング』からシングルカット)はイギリスで大ヒットし、大きな成功を収める。また、英語なまりの流暢なフランス語でフランスのファンを魅了し、欧州での絶大な人気を誇るようになる[2]。
アルバム『ブラック・マーケット・ミュージック』(2000年リリース)ではあまり大胆な変化は見られなかったが、2003年にリリースしたアルバム『スリーピング・ウィズ・ゴースツ』ではダンス・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックの影響を受け、より大胆なアルバムに仕上がっている。
デヴィッド・ボウイの50歳の誕生パーティーがマディソン・スクエア・ガーデンで行われた際には、「20th Century Boy」を演奏、その後、デヴィッド・ボウイとプラシーボは「Without You I'm Nothing」のデュエット・シングルをリリースする。
なお、『ブラック・マーケット・ミュージック』からのシングルカット「Special K」のリリースに英音楽業界では難色を示したため(ドラッグ使用を容認したような内容が含まれるので)、最初にオーストラリアでリリースされた。
2004年秋に、シングル・コレクション『ワンス・モア・ウィズ・フィーリング〜シングルズ1996-2004』をリリース、またウェンブリー・アリーナで一晩だけのコンサートを行った。
2006年3月にアルバム『メッズ』がリリースされたが、1月にインターネット上にリークされるという事件が起きている。アルバムからは「Because I Want You」および「Infra-Red」がシングルカットされた。
2006年10月、「10周年記念コレクターズ・エディション」という名目で、デビュー・アルバム『プラシーボ』がデジタル・リマスターを施し再リリースされた。このボックスセットにはDVDも入っており、ミュージックビデオやコンサート、テレビ出演がおさめられている。
2007年4月、2003年にカバーしたケイト・ブッシュのヒット曲「Running Up That Hill」のプロモーション・ビデオ撮影のためファンを動員すること[3]を発表した。
2007年10月1日に、スティーヴ・ヒューイットは音楽的性の違いを理由に再び脱退。2008年にスティーヴ・フォレストが新加入した[4]。
2009年6月8日に、オリジナル・スタジオ・アルバムとしては6枚目の『バトル・フォー・ザ・サン』をヨーロッパではPIASより、アメリカではヴェイグラント・レコードよりリリース。日本盤はソリタリーマンレコーズより、ボーナストラック1曲、およびメンバーからの日本ファンへのコメント映像付きで6月3日に世界先行発売された。
2013年9月16日に、7枚目のアルバム『ラウド・ライク・ラヴ』をリリース。
2015年2月2日に、スティーヴ・フォレストの脱退を発表した。同年6月には、デビュー・アルバム発売20周年を迎えるにあたり、1stアルバムから5thアルバムまでの5枚を、カラー・レコードで再発することを発表した。
2016年3月、デビュー20周年記念ツアー『A Place for Us to Dream – 20 Years of Placebo』を行うと発表した。同年8月には、コンピレーションアルバム『ア・プレイス・フォー・アス・トゥ・ドリーム』をリリース。
2017年8月に上海で開催されるサマーソニックの、2日目ヘッドライナーとしていったん発表されたものの、出演キャンセルとなった[5]。
2021年11月4日に、8枚目のアルバム『ネヴァー・レット・ミー・ゴー』を、2022年3月25日にリリースすることを発表した[6]。それに先立ち、9月13日に先行シングル「Beautiful James」がリリースされた。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 22:45 UTC 版)
24区に住むフリーライター、モリシマトキオは幼少時の記憶を持たない。郊外のマンションでペットの亀と共に自堕落な生活を送っていたが、ある日かつての職場の上司から伝説の犯罪者ウエハラカムイについて調査するよう依頼される。時を同じくし、カムイが収容中の病院から脱走。公安特殊部隊の隊員数人を殺害、市街地に潜伏する。
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