出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 17:00 UTC 版)
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| 「irony」 | |||||||||||||||||||
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| ClariS の シングル | |||||||||||||||||||
| 初出アルバム『BIRTHDAY』 | |||||||||||||||||||
| B面 | ココロの引力 Neo Moon |
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| リリース | |||||||||||||||||||
| 規格 | マキシシングル | ||||||||||||||||||
| ジャンル | J-POP、アニメソング | ||||||||||||||||||
| 時間 | |||||||||||||||||||
| レーベル | SME Records | ||||||||||||||||||
| 作詞・作曲 | kz | ||||||||||||||||||
| ゴールドディスク | |||||||||||||||||||
| チャート最高順位 | |||||||||||||||||||
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| ClariS シングル 年表 | |||||||||||||||||||
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「irony」(アイロニー)は、ClariSの楽曲。kzが作詞・作曲・編曲・プロデュースを手掛け[4]、テレビアニメ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のオープニングテーマとして使用された。ClariSによれば、その歌詞の内容は素直になれずにいる10代の少女の気持ちを描いた内容であるとされる[5]。
ClariSの1枚目のシングルとして2010年10月20日にSME Recordsから発売された。
自身初のリリース作品であり、初回生産限定盤・オレイモ盤(期間生産限定盤)・通常盤の3種リリース。初回限定盤と通常盤には「irony」の「Instrumentalバージョン」が、オレイモ盤には「irony」の「TV Mixバージョン」が4曲目に収録されている。初回限定盤には、「irony」のPV入りDVDとアニメイラストのワイドキャップステッカーが付いている。オレイモ盤のCDジャケットには、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の登場人物である高坂桐乃と、黒猫こと五更瑠璃[注 1]の二人(それぞれ、本曲でのクララとアリスのコスチューム)が描かれている。
カップリングとして収録されている2曲目「ココロの引力」は、アリス曰く「好きな人を思った時に感じる不思議なトキメキをテーマにした曲」になっており、アリスが好きだという太陽が裏テーマになっている[6]。曲調はキラキラしたアップテンポに仕上がっている[6]。
カップリングとして収録されている3曲目「Neo Moon」は、クララによれば、好きな人に自分の胸の内を内を明かせずにいる蟠りや実際には起こり得ない事を信じる「真っ直ぐな女の子の気持ちを描いた曲」であるという。裏テーマはココロの引力とは対照的にクララが好きな月が裏テーマになっている。歌詞は誰かを好きでいるが告白できない人を勇気づける内容となっている[6]。
本曲はデビューシングルながら、発売に先駆けた着うたチャート「アニメロ★うた」の2010年10月5日付週間ランキングでは初登場1位を獲得している[7]。2010年11月1日付のオリコン週間チャートでは7位を獲得。初動売上は、1.4万枚を記録した[3]。また、デイリーチャートでは発売初日の順位は11位であったが2日目以降は5日連続で10位以内をキープしていた。また、この曲は初動売上が1.4万枚だったにもかかわらず、発売17週目で累計売上が5万枚を突破するロングヒットを記録し、2010年10月度のオリコン月間チャートで22位、2010年11月度のオリコン月間チャートでも40位を獲得し、2ヶ月連続で月間チャート入りを果たした。
本曲は、テレビアニメ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のオープニングテーマとして使用された。同アニメは放送前からの注目度が高かった作品であり、中学生の新人を注目作の主題歌に起用するのは異例のこととして報じられた[8]。同作の原作ライトノベルでも、テレビアニメ放送後の2011年に発売された第8巻の文中に、ヒロインの高坂桐乃が「irony」のサビを口ずさむ場面が描かれている[9]。
同曲はゲームソフト『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』のオープニングテーマとしても使用されているほか、同作以外のタイアップとして、電子書籍端末「GALAPAGOS」プロモーション映像[10]にも使用されている。
CDシングル[1]
DVD(初回限定盤のみ)
CDシングル[11]
| チャート(2010年) | 最高位 |
|---|---|
| オリコン週間[3] | 7 |
| オリコンデイリー | 4 |
| オリコン月間 | 22 |
| オリコン年間 | 162 |
| Billboard JAPAN Hot 100[12] | 55 |
| Billboard JAPAN Hot Animation[13] | 9 |
| Billboard JAPAN Hot Singles Sales[14] | 7 |
| サウンドスキャンジャパン[15] | 9 |
| 曲名 | 発売日 | アルバム |
|---|---|---|
| irony | 2012年4月11日 | BIRTHDAY |
| 2015年4月15日 | ClariS 〜SINGLE BEST 1st〜 | |
| irony-TV Mix- | 2011年1月12日 | 俺の妹がこんなに可愛いわけがない オリジナルサウンドトラック |
(irony から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/05 14:02 UTC 版)
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アイロニーもしくはイロニー(英: irony, 独: Ironie)とは、表面的な立ち居振る舞いによって本質を隠すこと、無知の状態を演じること。この言葉の語源は、ギリシア語のエイローネイアー εἰρωνεία「虚偽、仮面」[1]、「よそおわれた無知」[2]である。
日本語では皮肉骨髄という仏教用語になぞらえ、換喩的に皮肉と訳した(皮肉は骨髄に対して表面的であり本質的ではない)。その他、一般には反語、逆説などの意味でも用いられる。
アイロニーは歴史的に様々な用法を持つに至った言葉であるが、大きくは修辞学と哲学の二つの意味がある。
修辞学では、アイロニーとは、本当の考えや意図と違う考えをほのめかすことによって伝えることである。この際には、たとえばほめ殺しのように、誇張法が多く用いられる。その多くの場合は、他人を嘲笑することや諷刺することを目的としている。また、ドラマティック・アイロニーという使われ方がある。これは、観客が知っている真実を喜劇に登場する人物だけが知らず、登場人物たちが右往左往する様子を滑稽として笑うという点で、真実を隠すという意味で「アイロニー」である。
哲学では、ソクラテスが産婆術と称して、自分が知っていることをあたかも知らない振りをして、若者と議論をするという立ち振る舞いを示した。こうしたソクラテスの挙動は道化振りとして批判もできるだろう。しかし、後にシュレーゲルは、これが自我を解放するための手段になるとして注目する。こうした哲学的アイロニーは、ロマンティック・アイロニー(ロマン主義的アイロニー)と呼ばれるものである。シュレーゲルのアイロニーに対しては、後にヘーゲルやキルケゴールなどが、哲学という真理を探究する領域においては相応しい手段ではないとして、批判的な態度を取った。以下では哲学的な意味でのアイロニーについて示す。
ソクラテスのアイロニーとは、彼が有名な「無知の知」の対話において、通常の意味では彼も知っている事柄を知っていないかのように振舞った態度のことである。ソクラテス的対話においては、このようにあえて無知を「装う」ことで、言葉が通常の慣れ親しんだ意味から離れ、哲学的な探求へと進む事になる。
キルケゴールは、学位論文『アイロニーの概念について』で、ヘーゲルの側に立ちながら、ロマン主義的アイロニーについて批判を行った。彼はアイロニーを古典的概念としてのそれと、当時ドイツで肯定的な評価が成されていた実存主義的概念としてのそれの2つに分類し、前者をソクラテスのアイロニー、後者をロマン主義的アイロニーと呼んだ。この二つの向かう方向性は異なる。ソクラテスのアイロニーは真理を探究するものであるのに対し、シュレーゲルのロマン主義的イロニーは審美の領域に限られるというのである。 もっともソクラテスのアイロニーであっても、キルケゴールによれば、宗教という真理にたどり着くにあたって十分な手立てではない。キルケゴールが真理にたどり着く手段として注目したのは、むしろフモール(ユーモア)である。実存を美的/倫理的/宗教的段階の三つに分け、宗教的段階を最上位に置くキルケゴールにとって重要なのは、美的段階に遊ぶ事ではなく、素早く宗教的段階に達する事であった。かくしてキルケゴールは、アイロニー的立場の限界を指摘する。これによって彼は当時ドイツで主流を占めていた哲学思想に対峙し、自身が重視するキリスト者的実存の優位を主張していく[1]。 こうしたキルケゴールの見解は美を解さぬともいえようし、また真と善を結びつけ、美をそれらの下位に置くという意味で、古典主義的であるという事も出来よう。しかしこの初期キルケゴールの仕事は、最終的にキルケゴール自身が自らの仕事の目録に含めなかったのだし、またヘーゲルの影響をあまりにも強く受けておりキルケゴール自身の独自性に乏しいと後世の研究者らに看做されることとなる。
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