出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/29 14:30 UTC 版)
| 『Denim』 | ||||
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| 竹内まりや の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| ジャンル | J-POP | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | ワーナーミュージック・ジャパン | |||
| プロデュース | 山下達郎 竹内まりや |
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| チャート最高順位 | ||||
| ゴールドディスク | ||||
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| 竹内まりや アルバム 年表 | ||||
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| EANコード | ||||
| EAN 4943674071623(初回盤) EAN 4943674071630(通常盤) EAN 4943674380015(アナログ・2024年盤) |
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| 『Denim』収録のシングル | ||||
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『Denim』(デニム)は、2007年5月23日にワーナーミュージック・ジャパンより発売された竹内まりやの通算10枚目のオリジナル・アルバム。
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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2024年12月)
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オリジナルアルバムとしては半ばベスト・アルバムのような印象すらあった『Bon Appetit!』以来の作品であり、その間にもニュース番組などへの楽曲提供はあったものの、山下達郎の作品が中心に制作されていたために、完全なる新規のオリジナルアルバムとしては実に5年半ぶりとなる作品である。当初は2007年5月16日発売とアナウンスされたが、予約の多さや作業の難航から1週間発売が延期された。カヴァーアルバム『Longtime Favorites』を発表した2003年以来音沙汰のなかった竹内まりやが、2006年に入り山下自身から「竹内まりやのアルバムを制作している」というアナウンスと共に発売を待たれていた1作である。また、アルバムの発売に向け、同年の4月11日にNHK総合テレビの音楽番組『SONGS』へ初回ゲストとして出演。彼女にとって26年ぶりのテレビ出演であり、大きな話題を集めた[2]。
初回限定盤には、それまでシングルB面でしか発表されていなかった楽曲を中心に、山下達郎の口からも何度か案が出ていた「竹内まりや版『RARITIES』」とも言える内容のボーナスCD「Vintage Denim」が付属している。これによって竹内のアルバム未収録楽曲は、山下のようにバージョン違いなどに拘らない場合は、RCA/RVC時代のラストシングル「NATALIE」のB面「アップル・パップル・プリンセス」(NHKテレビ『みんなのうた』)のみとなった。また、通常盤の初回プレス分には本作のアナログ盤(2枚組、見開きジャケ仕様)が抽選で当たる応募ハガキが封入されていた。なお、当選者数は100名のため、アナログ盤は非常にレアなアイテムとなっている。
本作はこれだけの仕様の違いがありながら、初回盤でも通常盤でも値段は税込3059円という全く同じ価格で販売され、ラジオ番組での山下曰く「お値段据え置きなので、是非初回の方をお楽しみ下さい」とのことである。しかし、後述のとおり発売週に22万枚もの売り上げを記録したことから、予約の時点でほぼ完売し、店頭でこの初回盤はほとんど見られなかった。なお、この初回盤はDisc2の歌詞カードが別に作られており、それまであまり明かされることの無かった楽曲に関する秘話をセルフライナーノーツとして掲載している。
アルバムの発売に向けて、デニム・ブランド「EDWIN」とのコラボデニム「Me」(まりやの ″M″ とEDWINの ″E″ )がEDWIN SHOP Onlineより期間限定で受注販売された。オリジナル・タグのト音記号刺繍は竹内からの提案である。
山下夫妻はこの年の4月6日に銀婚式を迎え、偶然ではあるものの、結婚25周年記念の年に発売されたという記念碑的な作品にもなった。
2024年4月24日に、2024年最新リマスターが施された180g重量盤での2枚組仕様でアナログ盤が発売された[3]。
| 全作詞・作曲: 竹内まりや(特記以外)。 | |||
| # | タイトル | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 1. | 「君住む街角 (On The Street Where You Live)」(作詞:ALAN JAY LERNER、作曲:FREDERICK LOEWE) | 服部克久 | |
| 2. | 「スロー・ラヴ」 | 山下達郎 | |
| 3. | 「返信」 | 山下達郎 | |
| 4. | 「みんなひとり」 | 山下達郎 | |
| 5. | 「シンクロニシティ (素敵な偶然)」 | 山下達郎 & センチメンタル・シティ・ロマンス | |
| 6. | 「哀しい恋人」 | 山下達郎 | |
| 7. | 「Never Cry Butterfly」(作詞:杉真理、作曲:杉真理 & 伊豆田洋之) | Piccadilly Circus | |
| 8. | 「ラスト・デイト」 | 山下達郎 | |
| 9. | 「クリスマスは一緒に」 | 山下達郎 | |
| 10. | 「終楽章」 | 山下達郎 | |
| 11. | 「明日のない恋」 | 山下達郎(リズム) 服部克久(ストリングス&ホーン) |
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| 12. | 「人生の扉」 | 山下達郎 & センチメンタル・シティ・ロマンス | |
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| 全作詞・作曲: 竹内まりや、全編曲: 山下達郎(特記以外)。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「Hey! Baby」 | |
| 2. | 「夜景」(ストリングス編曲:乾裕樹) | |
| 3. | 「約束」 | |
| 4. | 「ミラクル・ラブ」 | |
| 5. | 「真冬のデイト」 | |
| 6. | 「トライアングル」 | |
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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 (2024年12月)
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| # | 発売日 | レーベル | 規格 | 品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2007年5月23日 | MOON RECORDS | CD | WPCL-10405 | 初回限定盤。 |
| CD | WPCL-10407 | 通常盤。 | |||
| 2 | 2024年4月24日 | CD | WPJL-10198[4] | アナログ盤[5]。 |
(denim から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/17 05:36 UTC 版)
デニム(denim)またはデニム生地(デニムきじ)は、経糸(たていと)に太さ10番手以上の染色した糸を使い、緯糸(よこいと)に晒し糸(さらしいと。染色加工をしていない白っぽい糸)を使い綾織りにした、木綿製の厚地織布。生地の表側から主に見えるタテ糸は通常はインディゴで染めるので表側はインディゴ色になり、生地の裏側は主にヨコ糸が見えるので白っぽくなるのが特徴。ただし一部にはタテ糸を灰色や他の色で染めたもの(カラーデニム)もある。丈夫なので作業着に使われたり、ジーンズ(特にパンツ(ズボン))に使用されるようになった歴史がある布であるが、ジャケットにも使用され、鞄などにも使用される。近年の紡績技術の向上により、木綿のものだけでなく合成繊維のものや、伸縮性のヨコ糸を使いストレッチ性を持たせたもの(ストレッチデニム)など、さまざまなデニム生地が生まれている。
また「デニム」はデニム製のジーンズの通称でもある。これは正式な表現では無いが若者やメディアで使われている。
デニムの語源は、もともとフランス語で「ニーム産の綾織生地」を意味する「セルジュ・ドゥ・ニーム serge de Nîmes」という表現があり、これは1557年から製造されていたものだが、各地の産物というのは極端に有名になるとしばしば産地名だけで何を指しているか理解されるようになり産地名だけで呼ばれるようになるので、その結果その布も「ドゥニーム de Nîmes(ニーム産)」としばしば呼ばれるようになり、それが英語圏に伝わった段階で英語風になまってしまい(フランス語の弱母音のe、つまり弱い「ゥ」のような発音、が英語では強母音の「エ」と発音されるようになってしまい)「denim デニム」となった。
(ちなみにシャンブレーはタテ糸に染め糸、ヨコ糸に未晒し糸を用いた平織物の事。シャンブレーは、ヨコ糸にタテ糸と色の違う染色糸を使う場合もある。)
ヨコ糸に綿以外の素材を用いたデニム生地も多く、麻(リネン、ラミー、ヘンプ)、ウール、シルク等の天然素材は勿論、レーヨン、ポリエステル、ラメ糸、更には金糸、銀糸、プラチナ糸等の衣料ではあまり使用されない糸を用いる場合もある。
紡績技術や染色技術の向上により、タテ糸・ヨコ糸共に麻100%やレーヨン100%、シルク100%のデニムも存在する。
生地の右上から左下に、もしくは左上から右下に流れている線を斜紋線(綾目)という。 タテ糸がヨコ糸の上を2本、ヨコ糸の下を1本、交差させて織る場合を「三つ綾(2/1綾)」といい、 タテ糸がヨコ糸の上を3本、ヨコ糸の下を1本、交差させて織る場合を「四つ綾(3/1綾・カツラギ綾)」という。
2/1綾と3/1綾とでは斜紋線の角度はもちろん、生地の表面に現れるヨコ糸の比率も異なるので、見た目の風合いが全く異なってくる。2/1綾の方がヨコ糸の見える比率が大きい。
タテ糸、ヨコ糸の漢字表記はそれぞれ「経糸(warp)」「緯糸(weft)」である。
一般的には3/1綾のデニムが主流となっている。
一般的にデニムは右綾だが、逆の左綾も有る。右綾の代表格がリーバイスなら、左綾の代表格はリーである。 糸の撚り方向には、左撚り(Z撚り)と右撚り(S撚り)があり、単糸の撚りは特殊用途のものを除き、通常は左撚り(Z撚り)である。 糸の撚り方向と織物の綾目方向の相性により、左撚り(Z撚り)の糸を逆方向の右綾で織ると緩みが生じるが、糸の撚り方向と同じ方向の左綾で織り上げると、糸の撚りが締まって畝(綾目)が立つ。 よって、右綾デニムのざっくり感に対して左綾デニムは表面がフラットになり、光沢感やソフト感が生まれる。 また、アタリが強くなりハッキリとしたタテ落ちになる。
ちなみに、ブロークンツイルデニムを最初に取り入れたメーカーはラングラーである。 綾織物に発生しがちな「ねじれ」を解消するために1971年に開発された。
「オンス (OZ) 」という単位で表され、1平方ヤードの生地の重さを表したもの。一般には「オンス=生地の厚さ」だと思われているが、それは誤りである。
1オンス = 28.3g弱。1平方ヤード = 0.84m2。
ジーンズ(ボトム)には、一般的に14oz前後のデニムが使用されている。 10oz(タテ糸・ヨコ糸10番手)未満のデニムを「ライトオンスデニム」と呼ぶ場合がある。
日本では、第二次世界大戦後、アメリカ合衆国から輸入された中古ジーンズなどによってデニムの普及が始まった。1961年には、東京都のエドウインが、輸入したデニム生地を国内で縫製した、初の国産ジーンズを発売した[1]。
1963年以降、輸入生地を使った国内での縫製は各地に広がり、岡山県児島市(後の倉敷市の一部)でもマルオ被服(後のビッグジョン)が、1965年にキャントン(CANTON)というブランドで国内縫製のジーンズを発売した[2]。さらに、1973年に至り、ビッグジョン[3]は、デニム生地から国産とした純国産第1号のジーンズを完成させた[4]。
以降、国産デニム発祥の地とされた児島市〜倉敷市[2]を中心に、岡山県から福山市など広島県東部に多くの製造拠点、メーカーが成立するようになった。
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